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【短編小説】コーヒーの揺れる時間に(8100文字)

カラン。
思ったよりも高く、澄んだ音が店内を満たした。

最近懇意にし始めたカフェなのだが、どうも今日は客が少ない。
今日は店内が静かだ。
たまたま今日が木曜日だから客足が遠のいているだけなのか、はたまた雨がそうさせているのか。
カフェは少しざわめいているくらいが好きだ。
普段は話し声のこだまが心地よく、薄っすらと聞こえるジャズが夕暮れのこのひとときを彩る。
今日は一人だな――
カウンター越しに見えるマスターの姿も、今日はこころなしか小さく見える。

「ホットをひとつ」
いつものように注文し、ふと顔を上げた。
見慣れない。新人か?
「かしこまりました。お砂糖とミルクはお付けしますか?」
いつものウェイトレスなら何も聞かずにブラックを持ってきただろう。
微かに彼女の声が上ずっているのを感じる。
緊張しているのだろう。
伝票を書き込む手がおぼつかない。
俺はふっと笑みをこぼした。
「初めてなの?」
彼女は顔を赤くすると、消え入りそうな声で
「はい……」
とだけ答え、カウンターへ入っていった。

コーヒーの良い香りが漂ってくる。
毎週木曜日は定例会議がある。
会議の後は議事録を作るためにこのカフェを利用するようになった。
サラリーマンや学生も混じるこのカフェの雑踏は心地よく、イヤホンを通じてもその空気を楽しむことができる。
俺は手慣れた手つきでパソコンを立ち上げ、イヤホンを耳に当てた。
ト、という音と共にコーヒーが少し奥に置かれる。
きっと作業の邪魔にならないように意識したのだろう。
伏し目がちなままカウンターに戻っていく彼女を、思わず視線が追った。
俺と10も歳は違わないだろう。
だが、どこかにあどけなさが残る。
そんな彼女の後ろ姿を目の端に捉えながら、おれは作業を進めていった。

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