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【連載小説】透明な彼女 vol.8「バイト」

バイト先は意外に早く見つかった。

近所のしティモールの食堂だ。

料理ができない俺を、それでもいいと言ってくれた親切な店長さんの元で働くことになる。

制服も貸与ありだ。

時給750円。これもまあまあだ。


バイトは学校が終了したあと六時から九時半までの三時間半だ。

土日は丸1日。


ユイが不満を言うんじゃないかと思って、当日まで秘密にしていた。

「じゃあ、俺バイトに行ってくるから」

そう言い残して家を出る。

「卒業制作大丈夫なの?」

結局ユイはついてきた。

俺の職場を確認しておきたいらしい。


俺はまずお好み焼き担当になった。

先輩から仕事を教わる。

キャベツにタネを混ぜ、先に焼いた豚肉の上に乗せて焼くだけだ。

楽勝、と思いきや、ひっくり返すという至難の技が必要だ。

この、ひっくり返す、が何度やっても綺麗にできない。

先輩はすぐに慣れるよ、と言う。

ユイは我慢できなくなったのか、ひっくり返す俺の手をとって教えてきた。

あれ?できるじゃん。

一回出来るようになると次から次へとできるようになる。


先輩が、

「なんだ、コツを掴むのが早いな」

と、笑いながら言ってくれる。


その日は三時間半勤務なので休憩は本来ないのだけれど、先輩の好意で15分間休憩をもらった。

俺は休憩所にいくと、タバコに火をつけた。


するとユイがすかさず

「タバコなんて、いつ吸い始めたの?」

と、多少お怒り気味に聞いてきた。

そういや、ユイが来てから家でタバコを吸ったことはなかったな……

「お前が死んでからしばらくしてからだよ」

と言う。

「タバコは身体に害だから、だめ!」

めっ、としてくるユイ。

「タバコくらいいいだろ?酒を飲むわけでもなし」

それでもユイは聞かない。

「ダメと言ったらダメなんですッ」

「俺はやめる気はねーからな」

そこまで話すと、他のバイトが入ってくる。

ヤバい、聞かれたかな?

表情を見ると、聞かれていたことがわかる。

俺は携帯を握りしめ、いかにも携帯で話してたよ的な方向へ持っていく。

バイト生もあーね、という感じでタバコに火をつけた。


俺はそっと片隅から出口へ向かって歩いた。


そうか、携帯で話してるふりをすれば周りにはわからないんだ!

一つ学習したぜ……

俺の変な汗も吹き飛んだ。

「おぅ、新入り、休憩所わかったか?」

先輩が尋ねる。

「はい、すぐにわかりました」

「嘘つき、迷った癖に」

俺はユイの腕をつまんでねじった。

「痛い、痛い、いたたたた……」

ユイには痛覚もあるらしい。

ご飯を食べないこと以外は全く普通の女の子だ。


ユイはバイトが終わるまで、ウィンドウショッピングを堪能したようで、

「欲しい服があった」

とねだってくる。

「給料が入ったらな」

「給料まで待ってたらなくなっちゃう」

帰宅途中の自転車の後ろで膨れっ面しているのがわかる。

「だってお前、幽霊は着替えられないじゃん」

「そんなことはないんだよ。お炊きあげすれば着れるんだもん」

「だけど、お前ちゃんと自分のサイズに合うの見つけたの?」

「そっ、それは……」

これはサイズを見ずに選んできたに違いない、と俺は確信する。

「なんでも欲しがるのはいいけど、サイズくらい考えろ。お前今、小学生くらいしかないんだから」

「……はい」

「それから、うちには経済的余裕はないからな、しっかり覚えとけ」

「……はい」

あれ?ちょっと強く言い過ぎたかな……?

「私もバイトしてもいい?」

「バイトぉ?」

「イラスト描くからそれを売って欲しい。そしたら好きな服も買えるんでしょ?」

「まあ、そりゃそうだが、お前のイラストが売れるかどうか……」

「売れるかどうかはやってみなきゃわからないでしょ?」

まあ、せっかくカンバスも買ったし、自由にさせてもいいかな……

俺はそう思った。

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