【連載小説】透明な彼女 vol.17「ユイとの時間」
筆を休めたまま今度はゴールデンウィークに突入する。
筆休めと言っても、生活するための絵は描いている。
だから二人はいつも油まみれだった。
ゴールデンウィークに入るとどこもカップルや家族連れでいっぱいだ。
近所のシティモールもいつもの三倍以上はあるかという人出だ。
俺たちは菊池渓谷という渓谷に涼みがてら行く。
こちらもすごい人出だ。
駐車場は臨時の駐車場で、シャトルバスに乗ることになる。
俺は自然とユイの席を空けて座っていた。
もちろんユイは隣に座る。
ところが、ある家族連れが、
「ここ、座っていいですか?」
と尋ねてきた。
もちろん断る理由はない。
ユイは座席を譲ると、その横に立った。
こんなところで、ユイが本来存在してはいけないと思い知らされるなんて……
渓谷は楽しかった。
ユイが足を滑らせないかとひやひやしながら進んだが、幽霊には関係ないことだったんだね。
俺はまた何枚も写真を撮る。
その度にポーズを決めるユイ。
少し笑ってしまった。
お土産屋の近くでやまめの塩焼きが売っている。
俺は2つ頼むと、一つを頬張った。
う、うまい!!
こりゃうまい、と、ユイが食べた後の一匹も簡単に平らげてしまう。
土産屋も覗く。
めぼしいものはなさそうだ……
と思ったら、ユイがしいたけ茶を欲しがって、買うことにする。
「しいたけ茶って、きっとおいしいはず!」
と言いきるユイ。
おいおい、そこまでギラギラした瞳をされて、まずかったらどうすんだ。
俺の心配をよそに、シャトルバスでまた駐車場へ戻る。
帰りの車で温泉に行きたいという話になり、そのまま山鹿へと足を伸ばす。
八千代座などで有名になり、今は知る人も多い街だ。
さすがに銭湯に一緒に入るのは憚られたので、家族湯にする。
家族湯に一人で入る人はやはり少ないらしく、部屋に入るまで凝視される。
タオルは途中のコンビニで調達した。
石鹸などは家族湯の受付に売っていた。
服を脱ぎながら、鏡を見ると、やはりユイは写っていなかった。
俺はほんの少し悲しい気持ちになり、それでも前を向いた。
前を……
って、ごちそうさまでした!と言わんばかりの裸体がそこにはある。
タオルで隠しているから、余計エロチックさをかきたてる。
俺は息子さんがおとなしくなるようになだめることで精一杯だ。
「背中流してあげるね」
とユイが言ったときはMAXキテいた。
俺と俺の息子さんとの闘いは困難を極めた。
「ふぅ……やっぱり気持ちいい」
とユイが言ったときには、かろうじて勝利した俺も正面側に浸かっていた。
家族湯を後にする。
次はどこに行きたい?と聞くと、
「いろいろ来ちゃったから、もうわからないよ」
とユイが返事をする。
俺は悩んだ末、山鹿からすぐの日輪寺に行こう、と言う。
日輪寺は今、ツツジで満開のはずだ。
案の定ツツジは満開で、人もすごかった。
俺は順番待ちをして駐車場に誘導される。
もうすぐ夕暮れだというのに、人の数がやたらすごい。
なんとか隙間を見つけつつ写真を撮る。
ツツジなんかより、ユイの方が絶対に綺麗だった。
帰宅後、すぐにユイが食事の準備をしようとし始めたので、それを静止してレストランに行こう、と言う。
実はさっき予約をいれておいた。
ビストロ魚座。
俺がいつかはカップルで行きたいと思っていた店だ。
「いいの?こんな高そうなところ……」
ユイは恐縮して縮こまっている。
「大丈夫。一度二人で来てみたかったんだ」
「予約の坂本です」
「坂本様、二名様、ご案内いたします」
二名って……とユイが言いかけたが、俺はそれも静止する。
席につく。椅子を押してもらい、なんだか貴族の食事の様な感じ。
「お飲み物はいかがいたしますか?」
「俺には、このジンジャーレモングラスを。彼女にはオレンジジュースで」
「ちょ、ちょっと、私の分も頼むの?!」
「オレンジジュースは嫌いだったか?確か好きだったと思うが……」
「そういう問題じゃない!」
「今日は亡くなった彼女と二人でと予約してある」
「それじゃ、食べ物も二人ぶんずつくるの?」
「当然だろ」
前菜が届き、俺たちはしばし無言になる。
う、う、うまーい!!
この世にこんなうまいものがあったんですね、お母さん!
ユイを見ると同じ反応。
今夜のディナーは特別なものだった。
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