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【連載小説】公民館職員 vol.32「奇跡なんです!」

こういうことは早めがいいだろうと、日付調節を早めにしようということになる。

次に土日で休みの日……成人の日は休みだ。


その旨を進藤さんにメールして知らせる。

『ばっちりです!その日で!』

なんというか、喜びに満ち満ちたメールだ。わかりやすい。


私は久しぶりの恋の予感が予感で終わったことに大きくため息をつく。

ほんとに今回は期待したのだ。それも大きく。

まだ、お客様以外として出会ったばかりなのは幸いだった。痛手が小さくて済んだ。これが何回かデートした後だったらと想像すると寒気が走る。


朝からため息をつきっぱなしの私に井手さんが、

「佐藤さん、元気ないみたいだけど、大丈夫?風邪とかなら早退したほうがいいんじゃ……?」

と心配してくれる。

「いえ、ちょっと落ち込むことがあっただけなので大丈夫です」

とはいえ、元気は出てこない。

昼休みに植田さんのところへ行って一部始終を話して聞かせる。植田さんは大ウケして、涙が出るまで爆笑した。

「あんたもほんっとに男運がないねぇ」

「そんなこと言わなくてもー」

ホントに男運が悪い。

「まあ、でも、そいつのために一肌脱ぐんだろ?いつか自分に返ってくるさね」

「そんなものかなぁ?」

「うんうん、人様のためになることは自分にいつか必ず返ってくるから」

私は植田さんのその言葉を信じてみようと思った。


公民館は今、第二回目の運営審議会の準備中だ。

コーヒーの手配やコピー、することはたくさんあった。それに救われた。

仕事をしていると何も考えなくて済むから、仕事に没頭した。

来館者の数字を叩き出す。多館の数字も叩き出す。もう手慣れた作業だった。私は私のやる部分をいち早く終わらせて、社会教育主事の先生の仕事を手伝った。

甲斐くんはしっかりもので、必ず館の共有フォルダに資料を残してくれる。感謝している。

ちずるはいつもと変わらず、マイペースに仕事をしていた。


私は仕事にマンネリ化していた。毎日同じ作業、同じ日程、同じように過ぎていく日々に少し退屈していた。


正月も明けて、講座も始まる。館は徐々に忙しくなっていった。



成人の日。

私は朝からばっちりメイクすると、ブラウスにスカート、カーディガンに少しだけヒールのある靴を身に纏い、準備万端だ。

少しすると、進藤さんが迎えに来てくれた。当然といえば当然だが。

車の中でご両親の話になる。

「僕は両親が年をとってからの子供なんだ。だからびっくりするかもしれない」

「びっくりって?」

「両親ともかなり高齢なんだ。」

「そうなんですね……そりゃ恋人の一人もいなきゃ、心配しますよね」

「あはは、そういうこと。ところで、呼び名なんだけど……僕はリョウマというんです」

「リョウマ……」

「佐藤先生の下のお名前教えていただけますか?」

「あ、はい、ユキ、です」

「じゃあ今日から僕のことはリョウマと呼んでください。僕もユキって呼び捨てにするので」

あぁ、恋人同士なのに、「進藤さん」「佐藤さん」は確かにおかしいか。

リョウマね、リョウマ……

ぶつぶつ言っていると、進藤さんが

「大丈夫ですか?少し休憩してから行きますか?」

と言ってくれたので、少し休憩してから行くことにした。

近所のスバタックスに寄ってラテを飲む。少し気持ちも落ち着いてきた。

「リョウマ……」

すんなり言えた!

「ん?なぁに?」

「私でホントに大丈夫でしょうか……?」

「その敬語がなければぜんっぜんOKだよ」

「あ、敬語!」

「そうそう。敬語はやめてね。ユキで大丈夫さぁ。瞬がいなかったら、多分僕はユキに惚れてたと思う」

「瞬って、長沢さん?」

「そ。元々僕らはノンケだったんだ。でも、出会ってしまった。不運だよね、恋した相手が同性だったなんてね」

「不運じゃないです!」

「え?」

「だから、不運じゃないです!だって、今だって彼のためにこうしてリョウマが努力してる。そういう相手に出会える確率なんて、微々たるものなんです。出会ったこと自体が奇跡なんです!」

「……弱ったな」

「え?」

「瞬がいなかったら、マジで僕はユキを好きになっていたと思う。ありがとう」

進藤さんの目にはうっすら涙が浮かんでいた。

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