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【連載小説】透明な彼女 vol.9「カンバス」

https://note.com/tibihime/n/ndc12979b9c6c

翌日からユイは朝早くからカンバスの前に座っていた。


幽霊だから夜は寝なくて平気らしいのだが、俺が寝るために、ゲームとイヤホンを貸しておいた。

どうやらゲームを一晩中していて飽きたらしい。


今日は油絵の専攻もないので、絵の具を残して学校へ出る。

今日はついてこないみたいだ。

やはり絵を描く環境があれば、ユイは絵を描くことに集中するらしい。


学校に着いてすぐに鈴木が現れる。

「薬の様子はどうよ?効きそう?」

「まだ全然。っていうか、効かない気がする。眠気はひどいけどな」

「そうか……もっと強い薬じゃないといけないのかもな」

「いや、これ以上強い薬が出たら、俺学校にこれなくなるから」

「そんなもんかねぇ」

一緒に教室へ向かう。


今日も塑像の実習だ。

俺が作っているのは、ユイだ。

元気だったユイを思い出して俺は肉付けしていく。

鈴木にはそれがユイだとわかっているようだ。


より精密に、俺は作っていく。

そこまで精密に作る必要はないんだが、これは俺の問題。

出来るだけリアルな描写をしたい。

それが油絵だろうと、塑像だろうと。


ユイの絵はいつもどこか抽象的で、ダイナミックな絵だ。

リアルで細々した俺の絵とは真逆の方向だ。

でも、俺はいつでもユイのその才能に憧れる。

ダイナミックに描こうとしたことはある。

だが、まるでどこかの落書きみたいになる俺の絵は、ユイの様には描けないようだ。

ならば、細々リアルな絵でユイを越えるしかない。

いつだって目標はユイ、ライバルはユイだ。


学校を終えて家に帰りつく。

油絵の具の独特な香りが鼻をつく。


今の今まで描いていたらしく、絵の具が散乱している。


ユイは忙しそうに夕飯の支度をしている。

今日はバイトもない。


ゆったりと座って夕飯を待つ。


カンバスに目をやると、リアルでダイナミックなライオンが描かれている。

「あ、それ、まだ途中なの」

と、お玉を片手にユイが言う。

これで途中なら、一体どんな絵が完成するというのだろう。

しかもリアル、俺路線だ。


「でも、なんでライオン?」

「昨日ゲームの途中に見たテレビにライオンが出てたの、ちらっとだけどね。それで、その絵ってわけ」

「これ、チラ見で描いたの?」

「うん、だから多分要所要所違うと思うんだ」

「全然違わないよ、すげー才能だな」

えへへ、とユイは得意気に笑うとご飯を食卓に並べた。


「こういう生活っていいね」

とユイが言う。

「同棲生活。絵を描いて、一緒にいて、それで」

「あぁ、幸せだな」

しばらく俺たちは幸せに浸っていた。


ご飯を食べ終えるとユイがまたカンバスに向かう。

ボーッとそれを見つめる俺。

「コウヘイは、卒業制作何を描くの?」

と、ユイが聞いてくる。

「俺はユイを描いてる」

「そ、そうなんだ……」

なぜか気まずそうにするユイ。

その理由はすでに自分は存在しないことになっていて、俺がそのために描き始めたことがわかっているからだ。


ユイはいない。

いないはずなんだ。

こんなに美味しいご飯を作ってくれるのに。

そばにいたら触れられるのに。


俺は最初、これは夢なんだと思っていた。

長い長い、覚めることのない夢。

でも、夢なのにこんなに心が痛い。

触れるユイの手の冷たさも。

全てが夢ではないことがわかっていた。


じゃあ、覚めない夢のような現実には、いつか終止符がうたれるの?

俺にはわからない。

けど、それがとても辛いことだとはわかっている。


もし、病気がこの状態を産んでいるとするなら、なおのことだ。


嫌だ。ユイをもう失いたくはない。


もう二度と、失いたくはない。


俺の心は痛みでちぎれそうになる。

ユイも同じ気持ちかな……


同じ痛みなら、少しは和らげられるのかな……


俺の心は晴れないばかりだった。

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