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「僕」を使う私

はじめまして。ただの大学生です。

一人称についての以下のニュースから、日本語における一人称について考えてみたいと思います。

引用記事について

引用した記事では、「僕」という一人称を使いたがる女性の体験談が、マンガで紹介されています。

女性に想定される一人称ではないため、なにか奇妙にみられる。
でも、友人に話すと、「英語では全部"I"だし、ぶっちゃけなんでもよくね?」と言われ、すっきりした、というオチです。

つまり、一人称についてうだうだ悩んだり、文句をつけたりすること自体、日本語ローカルな問題だし、ナンセンス、というメッセージでしょうか。

でも、私はあえてそのナンセンスをやってみたいと思います。

理由は、「僕」を使いたいこの女性にとても共感したから。
私は外向きに「僕」を使用しませんが、頭の中で「僕」を名乗っています。

  • 男性になりたいという意思表示ではない(自認している性が体の性とずれているわけではない)

  • 「僕っ娘(ぼくっこ)」と言われると「違います」と言いたくなる

このような人が「僕」を使いたくなるのはなぜでしょう?

私が「僕」に憧れる理由

このマンガの作者の「僕」に込められた意図は結局わからないので、あくまで作者と共通項を持つ私の話になってしまいます。

私が「僕」を頭の中で使う、たまに口にも出したくなる理由。
それは、「僕」に何か憧れを持っているからです。

  • 「私」のイメージ
    女性らしさ、公的な印象→なにか役割を背負って話している感じ(普段使用している際にそこまで考えているか、と言われると微妙)

  • 「僕」のイメージ
    少年らしさ、主観的で個人的な印象→むっとしたとき、いいなと思ったとき、素直な気持ちを感じている自分は「僕」を使っている

常に「僕」を使う成人男性を子供っぽいと思っているわけではないし、「私」を使う女性を性アピールしていると思っているわけでもないです。

私のなかでは、私が「私は嫌」「私は好き」と表明するよりも、「僕は嫌」「僕は好き」と表明したほうがとてもピュアで自然な感覚がするのです。

自分の中にいるもう一人の自分、の感覚でしょうか。

なんとなく好きな一人称たち

「僕」「私」のほかにも、日本語には実に豊富な一人称が存在します。

終わりに、私がなぜか惹かれる一人称にまつわるシーンを紹介します。

  • 貫禄のある人が「わし」を使う

  • 落語家が噺以外の場面で「あたし」を使う

  • 私たちを「俺ら」と言う

などなど。
人称って本当に不思議

人称は日本語話者だけのとっておきの楽しみでは

もちろん、海を越えれば全く理解されない議論です(英語以外にも、日本語ほど多様な人称を所持する言語はないらしい)。

だから自分をなんと名乗ろうと実はどうでもいい。
そこに意味とか主義主張を見出すことなど、海の向こうではできないのです。
この島の上でだけ、女性が「僕」を使うとへんな顔をされるのです。

本質的にどうでもいいからこそ、考えると楽しくなってきます。

この人称はこの人にしては意外だ。この人称はとてもこの人らしい。
なんとなくぼんやり感じてしまうこの不思議。

他人の人称を否定するのではなく、否定的な感情を抱く自分を面白がるのが、日本語話者だけのとびきりの楽しみではないでしょうか。


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