RHEA/リア

ヒーラー、エネルギースペース(場)。幾度のイニシエーションと覚醒体験を経て、大いなる宇…

RHEA/リア

ヒーラー、エネルギースペース(場)。幾度のイニシエーションと覚醒体験を経て、大いなる宇宙意識に目覚める。オーストラリア在住。https://www.theuniverself.com/

最近の記事

今朝みた夢の話

全てが崩壊している 建物や街 すべてが見る影もなくペシャンコに倒壊している そこに、動いているもの 数少ない生存者を殺している いわば、戦いや災害の後の混沌に乗じて、強奪したり、あわよくばその地を乗っ取ろうとする略奪者や侵略者のようだった テレビの中継画面を見るように、そういう存在たちがいることも認識できた 「私たちから離れないように」 ふと気がつくと、わたしは別の存在たちとともにいた 彼らは、一つの星や種族ではなく、さまざまな種族や存在たちからなるアライア

    • 生きやすさのヒント

      今朝、愛犬と散歩をしていたら霜が降りていた 私の住むオーストラリアでは、日に日に寒さが増している 蒸し暑さがます日本では、そろそろ梅雨の時期のようですね 暑さ極まれば、寒さ極まり 日が昇るところがあれば、どこかでは日が沈んでいる 森羅万象は常に変化し 陰陽の掛け合わせがそれを構成している 視点をマルチに持つこと それは人生をとてもいきやすくしてくれる 視点を一つに固定せず 別の視点に切り替えることで、状況が俯瞰しやすくなる 最近の車は賢くて、360度モニターという

      • ブログ再開しました

        前回の記事から、気がつけばだいぶ月日が経っていました 前回の投稿から今までの間、 日本に行ったり、引っ越しを2回したり、ヴィパッサナーに2回行き、それ以外にも、私にとって、それはそれはたくさんの出来事がありました シフトって、よく言われるけれど、いざ大きな「それ」を実際に体験してみると、到底口で言うほど簡単なものではなく、 どれもこれも、記事にしたら余裕で10本以上書いても書き切れないほどの濃い(要は、めちゃくちゃ大変な 笑)体験の連続でした にも関わらず、 過ぎ去って

        • 陰陽をおさめる

          日本が秋へ向かう頃、こちら南半球では一気に春めいている つい先週まで朝晩は5度を下回るぐらい寒かったのに、今日はすでに34度 桜はあわてて咲き始め、私は厚手のセーターやフリースから一気に夏物へと衣替えし、 我が家のわんこも、ここ数日毛の抜ける量が半端ない 笑 ずっと日本に住んでいたら、特に気にしていなかったかもしれないけれど、 こうして南半球に住みながら、日本に住んでいる方々と日々関わらせていただいていると、 地球はいつだって、夏だけでもなければ冬だけでもなく

        今朝みた夢の話

        マガジン

        • ふとした時にもう一度読み返したい記事コレクション
          6本

        記事

          ぜんぶ、愛だった

          思い出すと、さっと心に影がさす ふとした時に感じる、いつまでも抜けない棘のような そんな出来事や人、記憶 きっと誰にでもあるのではないだろうか 私も例外ではなくて 私の尊厳(と思っていたもの)がズタズタに傷つき、とても悲しい思いをしたことがあった 当然、怒りだって半端なくて ショックで、悔しかった 時間が経つにつれて、思い出すこともほとんどなくなった 悲しみや怒りは薄れ、表立って主張することはなくなっても、 心の中にそれはずっと存在し続けた その傷を感じ

          ぜんぶ、愛だった

          シフトアップ

          日本に一時帰国していたため、かなりお久しぶりのブログ更新となりました 今後も気の向くままランダムな更新となりますが、お付き合いいただけたら嬉しいです 今日8月8日はライオンズ・ゲートのピーク 宇宙のポータルが地球に向けて大きく開いている それはまるでプールの排水溝が開いたようで 人によっては、結構しんどいのではないかな・・? 大きくエネルギーがうねる時、 飲み込まれないように、 流されないように 私たちは思わず力を入れ、踏ん張ろうとする けれど、到底それに

          シフトアップ

          奥深き瞑想の世界

          先日友達から、瞑想についてリアの言葉で聞いてみたいからブログを書いてというリクエストをいただいた(リクエストをもらうって嬉しい♪) 瞑想の専門家ではないし、知識も乏しく、正直よくわからないことだらけだけれど、あくまで私が日々瞑想する中で感じる、個人的な感想を書いてみたいと思う 瞑想ってスピリチュアルの分野でもちょっと特殊な位置付けではないだろうか 修行のイメージが強く、古臭い、時代遅れ、ストイック、そんなイメージもあると思う 特に、ワクワクを大事にする昨今ではなおさら

          奥深き瞑想の世界

          スピリチュアル、マインドフルネス、宗教??

          家族や友人、職場の人に、 私はスピリチュアルに興味があります と言いにくいと感じる人は少なくないと思う そこには、怪しい、胡散臭いみたいに思われるのが嫌という心理が働いているのではないかと思う 先日クライアントさんの旦那様が、つい最近までヨガや瞑想=宗教(怪しい)と思っていらしたというお話を聞いて、 そうか、なるほどと、軽く目から鱗が落ちた 欧米では、ヨガはもとより瞑想は、マインドフルネスという言葉が出てきてから、かなり一般的になった 運動や食事、睡眠などと同じ

          スピリチュアル、マインドフルネス、宗教??

          人生はエモいモーメント作り

          スピリチュアルでは、私たちは体験を通して学び、成長するという そして、それと同じく私が最近思うのは、 人生、特にこの地球での人生や体験とは、 スピリットの思い出深いエピソード作りなのではないかということ 宇宙という視点から見ると、体験を通じて学び、気づき(学ばない、気づかないを含めて)、宇宙という巨大なデータベースが拡大するというシステムが確かにあるように思う 個々の魂(スピリット)という視点から見た場合、確かに体験を通じて学び、気づくというのはもちろんあるけれど、

          人生はエモいモーメント作り

          変わらないのは変わること

          もうだいぶ、色々なものを手放してきたように思っていたけれど このところ、さらなるエネルギーの断捨離祭りが起こっている 長い時間を共にしてきた人間関係や 仕事との関わり方だったり そうか、そこまで手放すのか と自分で驚き、笑う けれど、面白いほどに痛みがない かつて「手放す」ことは、 私にとって大きな痛みを伴うことが多かったけれど こんなにも捉え方が変わったことに自分で驚く 手放したくないという思い つまり執着がないと 手放すことは、こんなにもあっさりと

          変わらないのは変わること

          感じたままに表現していますか?

          感じたことを、感じたままアウトプットする それは一見シンプルでありながら、勇気のいることだ 喜びや感謝などのいわゆるポジティブな感情は表現しやすいけれど 怒りや納得いかない気持ちをストレートに出している人はどれだけいるだろうか 発作的にではなく、意識的に ポジティブであろうとネガティブであろうと、どれも等しく、純粋な感情であるにも関わらず 私たちは、あらゆる感情や思考が発現するやいなや こんなことを言ったら、なんて思われるだろう 傷つけるんじゃないだろうか

          感じたままに表現していますか?

          エゴを拡大する

          拡大とは、自分の意識が拡大すること 自分の意識とは、つまり自意識 自意識過剰という言葉に使われる、あの自意識だ 自意識 自我 アイデンティティ それぞれに微妙な違いはあるのだろうが、 要は「私は◯◯である」という自己認識だ 目覚めていくとエゴがなくなると思いがちだけれど、 目覚めとはエゴが拡大することだとも言える ただ、エゴが拡大すると言っても、エゴが肥大化するわけではない 自意識の「自」 つまり「おのれ」の枠が拡大すること それが目覚めなのだと思う

          エゴを拡大する

          今ここにあるわたしの力

          前回の記事より もし本当に、過去も記憶も実態がなく、幻だとしたら、 過去生やインナーチャイルドの癒しは意味がないの??と思われた方もいるかもしれない 映画であれアニメであれ、その原画や原作を見ると、いたってシンプルだ フリル(装飾)やトッピングがないぶん、作品のエッセンスやメッセージが浮き彫りになっている そのストーリーが最も伝えたいテーマや本質の部分がはっきりと見てとれる この「原画」や「原作」に当たるのが、物事の起因、きっかけとなった出来事や記憶 ルートコー

          今ここにあるわたしの力

          時間と記憶のトリック

          粒子(エネルギー)を内側でじっと観察していて気づいた プラネタリウムの星空のようにずっと同じように思われたが、 微細に振動している 揺らいでいる そして少しずつ移り変わっている それは連続しているようで、実は超高速で点滅を繰り返していた 全ては一瞬ごとに生まれては消え、生まれては消えている そしてそのたびごとに一新され、新たなものが出来上がる 無限の生成と消滅 以前と全く同じ状態は一つもない どんなに同じようで変わり映えしていないようでも、微細に変化してい

          時間と記憶のトリック

          ヴィパッサナー瞑想③〜気づき

          2020年に参加したヴィパッサナー7日目の就寝前の瞑想中だった いつもと同じように全身の感覚を観察していた時、突如として怒涛のようなものが私の中から湧き起こった それは無数の光の粒だった 膨大な数の粒子が、内奥から津波のように噴き出し、一瞬で私を飲み込んだ 言葉では表すことのできない突き上げる感覚の渦の中で、号泣した 今思い返すと、この粒子体験に限らず、その前後1ヶ月ぐらい本当にいろいろな体験をした そのどれもが、雷を打たれるぐらい強烈で圧倒だった そして気がつ

          ヴィパッサナー瞑想③〜気づき

          ヴィパッサナー瞑想② 〜感覚と観察

          ヴィパッサナー瞑想では、全身の感覚をありのまま観察する 頭のてっぺんから足の爪先まで、残すところなく感覚を感じ、観察する 極めてシンプルだ ところが、これが非常に奥深い さあ、全身の感覚を感じようと思ってもそう簡単ではない 痛みや痒みなど、わかりやすいものは簡単にピックアップしやすい けれど、いざ始めてみると、服が肌に触れている感覚すらも感じとれない 髪の毛が首に触れている感覚 脈打つ感覚 熱を帯びてうっすら汗ばんでいる感覚 その他ごまんとある、言葉で表現

          ヴィパッサナー瞑想② 〜感覚と観察