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雑誌『郷土風景』は忘れられた交流の場なのか?

 以前、以下の記事で紹介した論文「近代日本民俗学史の構築について/覚書 (日本における民俗研究の形成と発展に関する基礎研究) 」佐藤健二(『国立歴史民俗博物館研究報告 165』, 2011年)では、初期の民俗学や地域の研究にとって雑誌が、研究者や同好者の交流の広場の役割を果たしており、書き手と読み手のネットワークを構成していたことが指摘されている。雑誌のこの役割は、雑誌の大小を問わず初期の民俗学では広く共通したものであったように思われる。このような書き手と読み手のネットワークの重層的な重なりを紐解いていくことが民俗学史を検討する上で重要であると私は理解している。

先日、以下の記事で紹介した『郷土風景』という雑誌に投稿していた人物の多くがよく分からないということを紹介したが、同じ指摘が神保町のオタさんのブログ「神保町系オタオタ日記」でもなされているのを見つけた。

上述したようにこの時代の民俗学や地域史関連の雑誌が研究者と同好者の交流の場であったことを考慮すると、投稿者の多くがよく分からない=あまり知られていない交流の場や人的なネットワークがあったのではないかと推測してしまう。このことを調べたいと考えていたところ、「日本の古書店」で『郷土風景』のある程度巻数のまとまっているものが出品されているのを見つけたので購入した。(今年のゴールデンウィークも各地の古本即売会が相次いで中止になったので、その代わりにということで...)この雑誌に関しては、拙noteでも継続的に紹介していきたいと考えている。

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