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『直現藝術論』平澤哲雄の新聞広告と下出書店

 国会図書館デジタルコレクションでも閲覧できる平澤哲雄『直現藝術論』(下出書店, 1922年)は、現代では私以外ほとんど読んでいないと思われるほど忘れられた本であるが、出版された当時の期待は高かったようで『東京朝日新聞』1922年6月26日朝刊に下出書店の新刊として広告が出されていた。以下にその広告の内容を引用してみたい。

序 文学博士 西田幾多郎
跋 一燈園 西田天香

菊判五〇〇項、装幀麻布背羊皮貼込、定価三円八十銭 送料二十銭 嘗て詩聖タゴール来朝の折、翁は此稿を一読して世界的権威と永遠性とを保有すると推賞し、又東洋哲学研究の権威仏人ポールリシヤールをして、世界は真の霊的哲人として我に印度聖哲アラビンド・ゴーシュ博士と此著者を与へたりと激賞せしめたり。この若き天才的哲人の峻烈なる現実的苦悩の裡に生れたる深奥にして明快なる創作、この芸術論は絶対境の体験者の心霊が現代相の上に流出せる生々したる哲学書であり清新なる経典であり西田博士をして著者と共鳴すと云はしめたる新芸術論の世界的提唱である。(一部筆者により現代仮名遣いに改めた。)

今となってはかなり大げさな売り文句として読めるが、広告なので仕方がないかもしれない。ところで、ここで私が改めて気になったのは、平澤の著書を出版した下出書店という出版社のことである。ウェブで調べてみると以下の論文を見つけた。この論文によると、下出書店はまだ不明な部分が多いものの大正時代に営業して出版社で社会科学系の本の出版、古本の販売、貸本業を行っており、「当時日本の学界で、研究を欲する人があっても営業的になりたたないために出版すべくして出来なかった書籍を、全く採算を度外視して出版した」ようだ。平澤の本が下出書店から出版されたのも、あまり販売できる見込みはないが、平澤の熱意がすごかったという理由からであろうか。出版経緯が気になってくる。また、下出書店に関しては、まだ不明な部分が多いとのことなので今後のさらなる解明に期待したい。

 本題とは関係ないが、上記の論文は現在入手できる資料に基づいて推測を行っていき、下出書店の輪郭を手さぐりながらも推理していくという過程が論文中によく表れており非常に参考になった。下出書店やその関係者に関する情報も非常に興味深いが、語弊があるかもしれないが、その検討していく過程も推理小説を読んでいるようで非常におもしろかった。はるかに道のりは遠いが、このように推理を行いその過程をおもしろいと感じてもらえるような文章を書けるようになりたいものだ。

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