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100の回路#14 日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 森さんに聞く、福祉とアートを結ぶ現場で求められること

こんにちは、THEATRE for ALL LAB 研究員の藤です。第14回目の「100の回路」は、日本財団 DIVERSITY IN THE ARTSの森真理子さん。パフォーミングアーツを通じて、障害や性、世代、言語、国籍など、個性豊かな人たちと一緒に楽しむ芸術祭「True Colors Festival -超ダイバーシティ芸術祭-」のフェスティバル・プロデューサーです。日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS職員として以外も、フリーランスや、ご自身が代表を務める一般社団法人の立場で、福祉とアートの分野で多くのプロジェクトに携わる森さんに、今回お話をうかがいました。

ヘッダー画像(2019年9月10日「True Colors Festival 超ダイバーシティ芸術祭」の初回イベント「True Colors DANCE」の出演者の集合写真。総勢35名程度の障害のあるダンサーやヒップホップダンサー、司会者、手話通訳者らが、それぞれのポーズをとって笑顔を向けている。後ろには大型ビジョンに「True Colors Festival」のロゴと、写真を撮るときのかけ声が「みんな入ってくださいね」と字幕で映し出されている。)
提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS

「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。

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(森さんのポートレート写真です。ボブヘアで黒髪の森さんが、こちらを見て微笑んでいる写真です。)

森 真理子(もり・まりこ)
アートディレクター・プロデューサー。愛知県生まれ。日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS勤務。一般財団法人torindo代表理事。2007年から演劇カンパニー「マレビトの会」プロデューサー、2009年京都府舞鶴市アートプロジェクト「まいづるRB」ディレクターなど、アートや舞台の企画制作に携わる。主なプロデュース作品に日比野克彦「種は船プロジェクト」(2009-2013)、砂連尾理「とつとつダンス」(2010-)など。「六本木アートナイト2014」や「さいたまトリエンナーレ2016」プログラム・ディレクター。


True Colors Festival_アフタートークの様子(左から2番目:森)_提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 撮影:西野正将

(2020年2月16日「True Colors Festival」のアフタートークイベントにて、観客の前で話す森さんの様子。最前列には車椅子の観客。舞台左側にテレビモニターがあり、字幕が表示されている。舞台には、森さんを含めて5名の登壇者がいる。左から手話通訳者、森さん、True Colors Festivalアンバサダーの乙武洋匡さん、True Colors MUSICAL出演者の東野寛子さん、True Colors MUSICAL出演者の鹿子澤拳さん。)
提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 撮影:西野正将

”現象”としては違って見えても、共通点がある。そういうものに、若い頃からずっと興味があった

森さんの活動の原点は学生時代にさかのぼります。大学時代、強くしなやかに生きるマレーシアのイスラム女性の姿に関心を持ち、専攻していた文化人類学のフィールドワークを通じて、頻繁にマレーシアを訪れます。


「ホームステイのような形で現地家庭に滞在して、マレー系女性のライフヒストリーを描きたくてフィールドワークをしていました。ゼミの先生が西アフリカのイスラム研究者だったこともあって、イスラム教に興味を持ったんですけど、アフリカは遠いなと思って、調査地をアジアでイスラム教が根付いているマレーシアにしました(笑)。その方は、マレーシアの小さな町に住む女性のイスラム教徒の方だったんですが、今から20年以上前の当時、女性で起業していたんですね。マレー系の人々にとって、結婚式はコミュニティ全体で祝う重要なイベントなんですが、彼女は結婚式のメイクと衣装に関する仕事をやっていました。起業というと大げさかもしれませんが、手に職をもって、新しいアイデアも取り入れながら、地域の人と渡り合っていた。彼女の生き方は、私が日本で考えていた一般的なムスリム女性のイメージとあまりに違ったので、それがとても興味深くて刺激的でした。」


人の営みが形成する価値観や文化を多面的に比較・考察し、相違点や共通点を探る。そして内在する問題を提議したり、関係性の構築を考える学問を文化人類学とするならば、それは芸術の領域にも近しい点があるのではないか。そういった根源的な繋がりを感じるそうです。


「 同じに見える”現象”にも相違点があり、”現象”として違って見えても共通点がある。そういうことに、若い頃からずっと興味があったんです。それと同時に、アートにも惹かれていました。京都造形芸術大学舞台芸術センターに勤めていた頃、クリエーションに関わる人と仕事で触れ合った時に、その人たちの活動も一緒だなと感じたことがあって。ある社会的な現象に対して何か違和感を感じて、それについて考察したい、伝えたい、異論をとなえたい、といったことを演劇や映像、インスタレーション、絵画などで表現しているんだなと感じたんです。その時に、アートと文化人類学の親和性を感じました」

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(2018年3月23日、シンガポールで開催された「True Colors Festival」の集合写真。6才くらいから高校生くらいの35名くらいのシンガポールの子供たちが大きな舞台上で白い服を着てにこやかに笑っている。その後ろの少し高くなった段には60名くらいのステージ衣装を着た出演者や主催者などが「True Colours Festival」のロゴが大きく表示されたスクリーンの前に並んでこちらを見ている。)
提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS

その現場で、我々に求められていることは何だろうか?と考えてチームで動かしていく

プロジェクトの予算や人員を確保し、チーム運営を采配するプロデューサーやディレクターという仕事。醍醐味を「今の世の中で、何が求められているかを嗅ぎ取りながら、アーティストやチームと一緒に動かしていく」ことと、森さんは言います。そして、その”求められているもの”は、森さんの描く理想ではなく、社会や組織にもたらされる効果を起点として考えていくそうです。


「”社会をこうしたい”という道筋があって、そこへ向かって自分の仕事や業務が向かっているというよりは、その場、その場で私たちが求められていることは何だろう、といつも考えています。例えば”日本財団のミッションって何だろう。ではそのミッションに沿うプログラムは何だろう”という流れだったり、京都造形芸術大学舞台芸術研究センターにいた時は、”太田省吾さん(当時のセンターのトップ)が描きたい絵は何だろう”と。舞鶴市のプロジェクトでは”市の税金を使って地域に貢献するって、どういうことだろう”などの視点でよく考えていました。または、アーティストから端を発して”アーティストが実現したいことは何だろう”という順番から始まっていくこともあります」


また「予算を見て全体を把握することの重要性を感じる」と話題は運営資源へ。作り手側が渾身の思いを込めて作品を完成させたとしても、見せる場所や、見る人、作品への対価を払う人や団体を集めなければ、芸術活動は成り立たない。これは全ての表現者を取り巻く現実的で避けて通れない課題でもあります。


「そのコミュニティにとって、どういう効果があるかを大事にした時に、プロフェッショナルにやればやるほど、予算がないと色々なものを動かせない。その予算はなぜ出ているのかも考えるようになりました」

回路56  主催者、表現者、参加者、出資者、それぞれの立場を考えながら、自由な表現機会を創出する

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(True Colors Festival 超ダイバーシティ芸術祭」の演目「True Colors MUSICAL」の劇場内の車椅子席の様子。1階席から数段階段を上がる手前のエリアのスペースに電動車椅子が数台並んでいる。)
提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 撮影:西野正将

席を選ぶことは、当然の権利。好きな席が選べるように、色々な方が参加しやすいように。

「True Colors Festival -超ダイバーシティ芸術祭-」の会場には、車椅子の方や補助犬を連れている方など、色々な方が参加しやすいような様々な工夫がなされています。(2021年3月時点ではオンライン開催)


「劇場が用意している車椅子席は、置ける台数が限られていたり、劇場の後ろの方に作られていることが多いんですね。だけれども、前の方で見たい人もいますし、それは当然の権利なので、なるべく選びたい席を選べるようにと工夫をしています。例えば、前の方の座席を取り外せる会場は、取り外して車椅子席に変えたり、階段を使わずアクセスできる空間を車椅子席にしたこともあります。実は、劇場の最前列や前の方の座席で取り外せるところは結構多いんですよ」


また2018年3月に日本財団とユネスコの共催でシンガポールで開催された「True Colors Festival -アジア太平洋障害者芸術祭-」では、珍しい車椅子席の配置を目撃したそうです。


「アリーナ席がある大きな会場で、一番下の客席はフラットで自由に客席が作れるようになっていました。席数をつくる場合には、通常そこは固定された席を並べますが、それを全部取っ払い、車椅子エリアにしてありました。車椅子の隣にパイプ椅子を置いて、介助者もその横に一緒に座れます。車椅子の種類は、電動やリクライニングが倒れるもの、ほとんど寝転んだ角度の車椅子もあり、形状が様々ですよね。この方法だと形状を問わずフレキシブルにレイアウトできていました。私もああいう光景は初めて見たのですが、あの時は確か、車椅子が50~60台以上はそのエリアにあったと思います」

回路57  好きな席が選べるよう、既存の座席レイアウトを取り払って新しい方法を考えてみること

True Colors Festival_アクセシビリティインフォ2_提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 撮影:冨田良平

(「True Colors Festival」会場の様子。ミュージカル鑑賞のための貸出用の機器がテーブルに並んでいる。テーブル横にサポート内容が書かれた掲示パネルがある。掲示パネルに「かんたん日本語字幕タブレット」「英語字幕タブレット English Subtitles」「日本語字幕吹替 受信機」「日本語字幕吹替 プラス 音声字幕 受信機」「ヒアリングループ ※補聴器をご利用の方」と記載されている。)
提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 撮影:西野正将


現在「True Colors Festival -超ダイバーシティ芸術祭-」はオンライン開催ですが、手話通訳と日本語の字幕をほとんど全てに付けて公開しています。演目により、音声ガイドも付いています。


オンラインの場合は自宅鑑賞が可能ですが、劇場で開催の場合は、会場まで来てもらう必要があるため、アクセス方法の案内を用意するそうです。車椅子の方へは段差を避けるルート、視聴覚障害の方は危険が少ないルートといったように、障害の種類別に用意したり、そのほかにも、簡単な日本語や点字も用いた広報物を作成することもあるとのことでした。

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(「True Colors Festival 」で行われたワークショップのチラシ2つ。内容は同じだが言語がタイ語版と中国語簡体字版。このほかも中国語繁体字や英語など色々な言語に翻訳されたチラシがある。)
提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS

福祉現場に関わる以上、現場の声を聞くことは間違いなく大切だと思っている

「さいたまトリエンナーレ2016」の中で、知的障害者施設で行ったダンサーとの「アーティスト・オン・サイト」では、福祉の現場へ与える影響について考えさせられたといいます。


「アーティスト・オン・サイト」とは、福祉施設や医療、教育、企業などの現場にアーティストが一定期間滞在し、現場との対話を重ねながら作品制作や発表を行うもので、「さいたまトリエンナーレ2016」では、多くの市民とアーティストが「共につくる、参加する」芸術祭を目指し行われました。


約3ヶ月、福祉施設へアーティストが通いワークショップ等の要素を繋ぎ合わせて舞台化・映像化し、障害者がアーティストと一緒に楽しみながら思い思いの自由な身体表現を行う様子をとらえた作品です。その中に車椅子利用者の方にアーティストと施設職員が飛び乗ってハグをする身体表現があります。


「ハグに関しては、同性介助の原則や適度な距離感を持つことを、その施設では基本的なスタンスとされていて、また、車椅子に飛び乗ることは怖いし、虐待にならないか、という懸念もおっしゃっていました。一方、アーティストにとっては、その身体表現が魅力的であり、車椅子の方との間で生まれた表現を大事にしたいという思いがあり、そこにギャップがありました。我々は期間が終わればいなくなりますが、職員さんは、それからも毎日が続くわけです。これまで大事にしてきたルールの日常に戻るわけです。それを考えたときに、我々がしたことって何なのだろうと、消化しきれない気持ちが、あの時は生まれました」


また「福祉や障害に関わる以上、皆が分かっていることではありますが、施設側やそこにいる障害者の声を聞くのは、まず間違いなくとても大事だと思っています。アーティスト側の作品を作りたいという都合だけでは、いずれ作品は作れなくなっていきますから、どこかで、皆がそういうものと向き合っていると思います」


 福祉の文脈では”してはいけないこと”だけど、アートの文脈では”してもいいこと”になる。みんながそれぞれの文脈で物事を見ている。


もしかして、いつもは施設でできないことができた本人は、とても楽しかったかもしれない。したくてもできないことができた喜びを感じていたかもしれない。そして、自分の身体表現を見てアーティストが喜ぶ反応を見て、さらに嬉しかったかもしれない。私には、もう一つの文脈として、そんな情景が頭に浮かびました。

回路58  それがいいとか、悪いとかではなく、一つの現象も、置かれている立場によって捉え方が変わってくる。

新しいテクノロジーと協働してアクセシビリティの幅を広げられる可能性を感じている

今後、森さんが関心のある分野としては、大きく2つあるそうです。

一つは、音声ガイドや字幕、手話の選択肢を広げること。「やり方によっては面白い世界」であり、今までにない表現方法や革新的なテクノロジーによって新しい選択肢が生まれるかもしれない。そして、それによって、色々な人が自然に取り入れられるような環境に変わっていく可能性を感じるそうです。特にコロナにより新しいコミュニケーションツールが日々増えている中で、今はまさに過渡期なのではないか、とのことでした。


もう一つは、障害のあるアーティストの活躍の場をもっと広げること。「できるだけ海外と比べてという話をしたくないのですが」と前置きをした上で、欧米圏に目を向けると、障害者による劇団の層が厚く、それに伴い質の高さも感じるそうです。また作品の中にアクセシビリティを当たり前に取り入れている事例もあり、日本でも今後、同様のケースが増えていくといいな、と考えているそう。ただ例えばアメリカでは、寄付文化が根付いているため、民間から寄付を受けて劇団運営ができるという、そもそもの土壌の違いが大きく左右しているそうです。


この点については、私個人としては、日本でもクラウドファンディングによる寄付が広まりつつあり、新しい機運を感じています。将来的にはこの土壌が少しずつ変わっていくといいなと期待を込めて、以上、森さんのインタビューを締めくくりたいと思います。

森さんが携わっている活動のウェブサイトです。ぜひチェックしてみてください。(下にリンクがあります)

日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS https://www.diversity-in-the-arts.jp/
True Colors Festival -超ダイバーシティ芸術祭-  https://truecolorsfestival.com/jp/
文化芸術振興・アートによるコミュニティづくりを目的とした活動を行う団体 一般財団法人torindo http://torindo.net/


★THEATRE for ALL 最新情報は、下記のウェブサイト・SNSからもご覧いただけます。ぜひチェックしてみてください。

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また、noteと同じ記事をアメーバブログでも掲載しています。視覚障害をお持ちのパートナーさんから、アメブロが読みやすいと教えていただいたためです。もし、アメブロの方が読みやすい方がいらっしゃれば合わせてご覧くださいね。(下にリンクがあります)

https://ameblo.jp/theatre-for-all

また、こんな風にしてくれたら読みやすいのに!というご意見あればできる限り改善したいと思っております。いただいたお声についても記事で皆さんに共有していきたいと思いますので、どうぞ教えてくださいませ。

執筆者

藤奈津子(とう・なつこ)
京都生まれ。THEATRE for ALL LABでは異文化理解や教育、子育てなどを主に担当。雑誌編集者ととして出版社に勤務後、カナダ・トロントへ渡航して現地留学会社勤務。帰国後は私立大学の国際交流センター勤務を経て、Connect Study海外留学センターを設立。父は、画家で染色アーティストの藤直晴。制作活動が身近にある環境で育ち、アーティストが紡ぎ出す作品を世に広めることに一役買いたいと思っている。カナダ人ハーフの子供を育てる一児の母でもある。https://www.jiss-japan.com/

(取材日:2021年3月5日)

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