コーヒーに出会い、世界が変わった。カフェ店長・内川裕斗の選択
彼はコーヒーを淹れ、笑顔で迎え入れてくれた。エチオピア産のコーヒーは透き通ったオレンジ色をしていて、グレープとハチミツのような甘酸っぱい香りがした。まるで紅茶のようだった。
「お店を営業して、お客さんと話して、お店を閉める。そんな日常が一番ありがたくて嬉しいです」。そう話すのは、下北沢のほうじ茶専門店「ほうじ茶と焼き菓子」で店長を務める内川裕斗さん。
鎌倉にある「ほうじ茶STAND」のスタッフも兼任し、こだわりのあるほうじ茶を使ったドリンクやスイーツ、そしてコーヒーを提供している。
内川さんは大学を卒業して3ヶ月後に店長を任されている。カフェ業界を目指した経緯やその思いを聞いた。
コーヒーに目覚める
10代の頃は、それほどコーヒーに興味があったわけではなかったという内川さん。きっかけとなったのは、大学時代に友達が、エチオピア産のシングルオリジンコーヒーを目の前で振る舞ってくれたことだという。
市販の苦いコーヒーとは違い、花のような香りがするコーヒーだった。その味と香りに衝撃を受け、内川さんはコーヒーの世界に興味を持ち始める。
「コーヒーを振る舞ってくれた友達は熱意のある人で、『学校で小さい団体を立ち上げて一緒に活動しようよ』と誘ってくれました。学園祭の出店や学生カフェの活動をやっていくうちに、気づいたらコーヒーが大好きになっていましたね」
オーナーとの出会い
大学2年生の時に「ほうじ茶STAND」現オーナーの鈴木雄大さんに出会い、さらに世界が広がった。出会った当時の鈴木さんは大学4年生。キャンパスこそ離れていたが、内川さんとは同じ大学だった。
お互いコーヒーの団体を立ち上げて活動していた共通点もあり、一緒に学生カフェを行うなかで仲良くなった。
「雄大さんは自分のお店をやりたいという夢があったので、大学卒業後にほうじ茶STANDのオーナーになりました。その時に『このお店、一緒にやらない?』と誘われて、一緒にやることになりました。その日から雄大さんと歩み続けてきました」
経営を受け継いだ後は『ほうじ茶STAND』としてのスタイルは守りつつ、自分たちが大好きなコーヒーも取り入れた。
また、お客さんにより質の高いものを提供するためにメニューやレシピを完全にリニューアルした。そうした努力も実り、日本テレビ『ヒルナンデス!』でお店が紹介されると、さらに人気店となった。
「お客さんにおいしいって飲んでもらえるのが一番嬉しいので、そのためにこだわりを持ちながら試行錯誤しています」
悩んだ末に覚悟を決める
内川さんは周囲にいるカフェのオーナーやコーヒーを愛する人たちの熱意やこだわりに間近でふれていくにつれ、さらにコーヒーが好きになっていったという。その一方で、このままカフェ業界に進んでいくのか、安定を選んで就職するのかで悩んだ時期もあった。
「一旦就職して、資金を貯めてから好きなことをやる選択肢も考えました。でも就活に全く身が入らなかった。面接も全然通らなくて。『自分はこっちの道じゃないんだな』と思って就活は辞めました。唯一内定を貰った会社もそのまま辞退しました。
目の前に環境が揃っているのに、それを手放して就職したら『もう帰ってこれないな』と思ったんです。覚悟を決めて今やるべきだなって」
内川さんは大学4年生の夏限りで就活を辞め、引き続きほうじ茶STANDで働き続けた。
過去に諦めた夢
この覚悟の背景には、一度は諦めてしまった夢のことがあるという。
「小さい頃はご飯を食べている一家団欒の時間が幸せだったので、そういう時間や空間を作りたくて料理人になりたいと思っていました。中学生くらいまでは本気でその夢を持っていたんですけど、徐々に気持ちが薄れていき、自然と料理の道から離れていました。
大学受験のときは調理系の専門学校と4年制大学とで迷って、4年制大学に行けば選択肢が増えると思ってそちらに進んでしまったんです。それが心残りになっていて、ずっと引きずっていました。自分は芯があるタイプじゃなくて、意外と流されちゃうというか。
でも、コーヒーが目の前に現れたとき、巡り合わせなんじゃないかなって思いました。カフェなら小さい頃に抱いていた夢を実現できるから、『行け!』って言われてる気がしました。
就活を辞めたときは父親とも言い合いになりましたが、今は『頑張れよ』って応援してもらえています」
そして、大学を卒業してすぐのことだった。オーナーの鈴木さんは、さらにほうじ茶STANDを広めるためには都内に拠点を持つ必要性があると考え、2022年6月10日に2店舗目である『ほうじ茶と焼き菓子』をオープン。めまぐるしいスピードで立ち上がったという。
「物件を見つけてから2ヶ月でオープンしたので、自分の気持ちが全然追いついていなかったです。物件をおさえて不動産屋から鍵をもらって、そこでようやく『本当に2店舗目が始まるんだな......』と実感が湧いて、気持ちが入れ替わりましたね」
2店舗目は内川さんが店長として引っ張っていくことになった。
同時に、パティシエの星きらりさんが、ほうじ茶STANDのスタッフに加わった。現在は3人で2店舗を回し、ときには1人でお店に立つ日もあるそうだ。
普通にお店を営業できる日常が一番の幸せ
ほうじ茶STANDは都内商業施設での出店やイベントにも参加している。内川さんはそのなかで刺激のある時間を過ごすのも楽しいが、いつも通りお店を開けられること自体がありがたいと話した。
「都内で催事出店しているときは、人手不足で鎌倉のお店を閉めていたんです。イベントなどで出店できるのはとても嬉しいことですが、お店に行きたいお客さんもいるので本当は閉めたくなくて、悔しい気持ちもありました」
少人数ゆえに多忙を極める面もあるが、お客さんや日々交流している近所の方々やコーヒー好きの方々との繋がりが内川さんの頑張る糧になっている。
「ただこうやってお店を営業している日常が一番幸せだと思うんです。普通の日常を大事にしていきたい」
自分のお店を一から作りたい
内川さんは日常の団欒のひとときを過ごしてもらえるカフェを一から作るために、20代後半のうちに自分のお店を持ちたいと目標を語った。
ほうじ茶STANDでは店舗運営から商品開発まで間近で学べ、「自分のお店をやることの喜びや難しさ」をたくさん経験している。
「雄大さんにも将来独立したいことは伝えてあって、それを踏まえて色々仕事を振ってくれていると思うんですよね。幅広く経験させてもらえて本当に感謝しています。たとえ失敗してもいいから、一度は独立に挑戦して、自分の手でお店を作ってみたいです」
コーヒーに出会ってから心のままに生きてきた内川さん。これからの彼の物語が楽しみだ。
【ほうじ茶と焼き菓子 基本情報】
(撮影・執筆:タオ)
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