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#育児
安心安全な場所でありたい
https://diamond.jp/articles/-/206677?page=4
幡野さんの記事を読んだ。
文中に「親子の縁を切る」はせいぜい親からしか言えない言葉だった、というのがあるけれど、わたしはどちらかというと、親はそれを言ってはいけなくて子どもこそそれを言っていいのではないか、と思っていることに気が付いた。どっちも、なんか違う気もするんだけど。
安心安全な場所、であることを大
与える者と、与えられる者のハナシ
自分の欲しいものを自分の欲しい形に知らぬ間にmodifyしてもらってずっと提供される、ということは、結局選択肢を与えられていないのと同じで欲しいものを手に入れる過程を学ばない、のではないか。
欲しいものを「どのように手に入れるか」「何を諦めて何を得るのか」を、日々学ぶことがプロセスの学習なのではないか。
ありのままでいい、ということと、ありのままのあなたで学べる方法を提供される、ということは、
「才能ではなく努力を褒めろ」の研究は再現性がないという事実
才能ではなく努力を褒めると子どもは伸びる。「Growth Mindset(グロースマインドセット)」と呼ばれる成長のための心理的枠組みの構築について、それを子どもの教育に活かそうという論調が日本の子育て社会を席巻している(と思う)。
努力を褒める。日本人にとても聞こえのいいスローガンだと思うし、実際、そうしてあげたいなと強く思う。
けれども、その根拠となった20年前の研究はその再現性において問
2歳児のテレビ視聴のやめ方
子が2歳半のころ、機関車トーマスが大好きで、放っておけばいくらでも静かに見続けていた。集中力すごいなと思って1日1時間くらい、朝晩のご飯の準備の間に見せていたのだけど、ある日保育士にこう言われた。
「なにしてるときもトーマスのこと考えちゃうみたい。自然の中でも歩いているときも、水遊びでもトーマスのこと話そうとしてる。」
わー。と思った。
いま4歳半になって、やっと、なにがリアルでなにが非リア
わたしたちは子どもを箱にいれて育てたいのか
保育園のお散歩中に、車が、信号待ちの歩道の園児の列に突っ込んだ。
世の中には、こういう事故を防ぐために、散歩をしなくなった園もあるらしい。
わたしが子どもを連れて歩いていても、車に突っ込んでこられたらどうしようもない。
だからと言ってわたしは子どもを外へ一歩も出さずに育てるなんてことはしない。
保育園に預けるということは、自分が負うべき責任を保育士に負ってもらうという行為だ。
子どもの生
本当は全部やりたかった、けどできない、ので、できることだけやることにした
わたしのまわりにはびっくりするような素敵なお母さんになった友達が何人もいる。かわいくて、料理も美味しくて、お出かけするときはオシャレで、子どもの話を聞き、夫との関係も良好で、趣味もあり、楽しそう。もちろん仕事もしている。
子どもが生まれて愕然としたのは、わたしには余裕がないなあということだった。
もともと真夜中のひとりの時間が好きで、友人と集まったり、仕事したり勉強したり、なんというかとっても