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どこよりもはやいカンヌライオンズ2024 PR部門受賞作品レビュー!「PRの6ルール」で解説します

2024年もやります!
(おそらく)どこよりもはやい、カンヌライオンズ「PR 部門」のレビュー。

2024年6月17~21日、世界最高峰のクリエイティブの祭典、「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下、カンヌライオンズ)」が開催された。

2024年は、92カ国から2万6753点が応募、そのうちPR部門にエントリーされたのは1,528エントリーで、最終的に50の受賞が決まった。

この記事では昨年に引き続き、カンヌライオンズ 2024 PR部門の中から特に僕が面白いと感じた作品を、PRの6つのルールに沿ってレビューしよう。


戦略PR 6つの法則とは

その前にPRの6ルールについて簡単に説明する。
毎年恒例なので、ご存じの方は読み飛ばしても構わない。

6ルールとは、拙著『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)で解説した戦略PRの6つの要素のこと。
多くのPRの国際的アワードにおいては、エントリー作品の評価基準は「ビヘイビアチェンジ(行動変容)が起こったか?」。6ルールは、ビヘイビアチェンジを起こさせるためのフレームワークというわけだ。

1 おおやけ——「社会性」の担保::世の中のニーズや社会課題と自社や商品を結びつける視点。「ソーシャルグッド」。

2 ばったり——「偶然性」の演出:情報洪水の中で偶然に出会う(出会ったと思える)情報。コンテンツが演出する偶発的な「セレンディピティ」。

3 おすみつき——「信頼性」の確保:インフルエンサーなどの「第三者発信」によって得られる信頼性。

4 そもそも——「普遍性」の視座:「よくぞ言ってくれた」を引き出す本質的な価値転換。

5 しみじみ——「当事者性」の醸成:「自分ゴト化」させ感情に訴えるストーリーテリング。

6 かけてとく——「機智性」の発揮:PRクリエイティビティの真髄は「とんち」。機智とリアルタイム性に富んだコミュニケーション。

では順番に受賞作品をレビューしていこう。

【おおやけ】
The Misheard Version

PR Lion 2024 Grand Prix / Silver​
実施国:イギリス
実施主体:SPECSAVERS(英眼鏡小売チェーン)​

往年のヒット曲で空耳アワー!?​
聴力検査への抵抗感を払拭して、予約が目標を1220%向上

まずは今年のグランプリを受賞したキャンペーンから。イギリスの眼鏡チェーン店「スペックセイバー」が、聴覚検査サービスの認知向上を目指して斬新なキャンペーンを展開した事例を紹介しよう。

イギリスでは、難聴は老いや喪失と結びつくため抵抗感があり、聴力検査の受診を躊躇する傾向がある。イギリスのヘルスケアでは難聴の早期発見が課題だった。

補聴器も扱っているスペックセイバーは眼鏡販売のイメージが強く、店舗で提供している聴力検査サービスの認知度が低いという課題を抱えていた。そこでスペックセイバーは、「難聴」ではなく「聞き間違い」という切り口でターゲット層である40〜60代の年齢層の関心を引くことを試みた。いわば「空耳」効果を狙ったのだ。

キャンペーンの中心となったのは、往年の有名歌手リック・アストリーと彼の楽曲「Never Gonna Give You Up」。1987年発売のこの懐メロは、世界的に聞き間違いしやすいコンテンツとして知られている。58歳になったリック・アストリー本人に「The Misheard Version(聞き間違いバージョン)」として再レコーディングを依頼。説明もブランド名も伏せた状態でSNSやラジオで発表した。

キャンペーンはSNSで大きな話題を呼び、多数の投稿や共有を獲得。オーガニック・ソーシャルでは8時間で2000万回以上も再生され、ニュースやワイドショーでも取り上げられ、幅広い層に認知が広がった。最終的にスペックセイバーの聴力検査予約は目標の1220%という驚異的な増加を記録したのだ。

58歳のリック・アストリー自身がターゲット世代というだけでなく、若者にも彼の人気が再燃していた。このキャンペーンは、聴力低下という「おおやけ」の社会課題に対し、エンターテイメント性を持たせながら自然な形で受診を促す仕掛けとして成功を収めた。健康問題に対する斬新なアプローチと、既存のポピュラーコンテンツを巧みに活用した点が高く評価されたといえる。

【ばったり】
IN TRANSIT

PR Lion 2024 Gold
実施国:アメリカ
実施主体:CALLEN-LORDE, MTA, NYC LGBT HISTORIC SITES PRO​

NY地下鉄アナウンスのあの人が!​
あなたの身近な人もLGBTかもしれないという話

3月31日は「トランスジェンダー・ビジビリティー(可視化)の日」。
この日を含む1週間、NYの地下鉄MTAのアナウンスの声が男性から女性へと“TRANSIT(移行)”した。これだけなら「ふーん。で?」と思うだろう。しかし、ことはそれほど単純ではない。

多様性の街ニューヨークであっても、残念ながら​トランスジェンダーへのヘイトは存在する。そこでMTAは、最近自身がトランスジェンダーであることをカミングアウトした車内アナウンス担当のバーニー・ワゲンブラストさんを起用。斬新なキャンペーンを仕掛けた。

仕掛けはこうだ。まず、普段どおりの男性の声でアナウンスが流れる。そして突然、「実は私はカミングアウトしました」という宣言とともに、同じバーニーさんの声が女性の声に切り替わるのだ。

ニューヨーカーにとって馴染み深い地下鉄の「声」が変わる。この驚きは、約320万人の利用者の間で大きな話題となり、SNSでの拡散も相まって、キャンペーンの影響は地下鉄の外にも広がっていった。さらに、ポッドキャストシリーズの制作など多面的な展開も行われ、様々な媒体で話題を呼んだ。

このキャンペーンは、「個人的な知人に当事者がいる人は、トランスジェンダーを受け入れ、支援する傾向が強い」という調査結果に着目。日常的に耳にする声の変化を通じて、トランスジェンダーの存在を自然なかたちで伝えることに成功したのだ。視覚的なアプローチが多いLGBTQキャンペーンの中で、音声のみを使用した斬新さも評価のポイントとなった。地下鉄という日常的な動線で出会う、まさに「ばったり」効果が発揮されたわけだ。

なお、キャンペーン名の「IN TRANSIT」には、電車の乗り換えとトランスジェンダーの性別移行という二重の意味が込められている。

【おすみつき】
HEINZ KETCHUP & SEEMINGLY RANCH​

PR Lion 2024 Bronze x2​
実施国:カナダ
実施主体:ハインツ(KEAFT社のケチャップブランド)

そんなのありなの!?​
ハインツの“不”人気商品を変えた​、テイラー・スイフトへの乗っかり力

ハインツが2019年に発売した、ケチャップとランチドレッシングをブレンドした商品「クランチ」。人気商品2つをブレンドした自信作だったが、売り上げは低迷していた。

ところが2023年、状況を一変させる出来事が起こる。NFLの人気選手トラビス・ケルシーとの熱愛が注目されていたテイラー・スウィフトが試合観戦中、ケチャップと(おそらく)ランチドレッシングをつけてチキンを食べているとSNSで大きな話題となったのだ。

ハインツはこの偶然の出来事を見逃さなかった。驚くべきことに24時間以内に、商品名を「クランチ」から「HEINZ KETCHUP & SEEMINGLY RANCH​(ハインツ-ケチャップと(見たところおそらく)ランチ)」に変更。48時間以内にタイムズスクエアで広告を展開、2週間で全国発売に踏み切った。

この迅速な対応が功を奏し、キャンペーン開始からわずか2週間で、通常のケチャップの5倍もの売り上げを記録。失敗作が一転して大ヒット商品となったのだ。

このキャンペーンの成功は、セレブリティの影響力を巧みに活用し、話題性を商品に直結させた点にある。これが一般の人では成立しない。まさにテイラー・スイフトというインフルエンサーの「おすみつき」を即座に活かした、フットワークの軽いハインツの面目躍如といえるだろう。

【そもそも】
SHT

PR Lion 2024 Silver
実施国:カナダ
実施主体:IKEA

中古品への消費税は「そもそも」二重課税では?​
シットな問題をクールに解決した驚きのプロモーション

カナダでは1997年より、HST(Harmonized Sales Tax)と呼ばれる13%の連邦税(いわゆる消費税)がすべての販売取引に適用されている。そしてHSTが、中古品にも適用される二重課税問題が存在している。その額7およそ億2000万ドル。

中古品の流通を促進するIKEAは、中古品の売買にもHSTがかかることを疑問視。エコな中古品流通を妨げるこの問いかけには、消費者から大きな共感が集まっていた。

そこでIKEAは斬新なアプローチを考案した。なんと、SHT(Second-Hand Tax)という架空の税金を創出したのだ。これは実際には13%の割引を意味する。つまり、国の課す13%のHSTとIKEAの-13%のSHTが相殺され、消費者は実質的に税金を払わずに済むという仕組みだ。

さらに、「SHT」という略語が放送禁止用語に聞こえることを逆手に取り、消費者の不満を巧みに代弁するような形で展開された。

環境月間が始まる4月2日に新聞での公開書簡を通じて、この新しい税制を公開したところ、中古品の購入意向が81%上昇、実際の販売も192%増加した。さらに、税制改革を求める署名には3万2000人もの支持が集まった。

このプロモーションは単なる値引き以上の意味を持っている。モヤモヤする消費者の気持ちを代弁しつつ、環境への配慮や経済的メリットも訴求。最終的には政府にも働きかけを行い、実際の税制改革には至っていないものの、大きな社会的インパクトを与えた。

IKEAの「SHT」キャンペーンは、「そもそもおかしいではないか」という消費者の声をかたちにした取り組みといえる。

【しみじみ】
TRANSLATORS

PR Lion 2024 Gold / Silver​
実施国:アメリカ
実施主体:U.S. BANK

家族のために病院や銀行などで重要文書の翻訳作業を迫られる
​ヒスパニック系の子ども達の物語

U.S.BANKは2023年に他銀を買収、 40%がヒスパニック系を占めるカリフォルニア州に進出した。同時に非英語圏の人々の利用を促進するためAI言語アシスタントを導入したのだが、このサービスを単にPRするのではなく、より深い社会的なナラティブ(物語)に焦点を当てることにした。

そこで生まれたのが「TRANSLATORS」というドキュメンタリーフィルムだ。このフィルムは、英語を話せない移民の親のために通訳をする子どもたちの物語を描いている。現地で教育を受けた子どもたちは英語が堪能で、家族の中で最も言語に長けていることが多い。遊びたい盛りの年頃にもかかわらず、親のために翻訳の役割を担う子どもたちの姿が描かれている。

このドキュメンタリーは、単なる銀行サービスの宣伝を超えて、移民家族が直面する言語の壁や、それを乗り越えようとする子どもたちの努力を感動的に描き出している。その結果、国際映画祭で上映されるほどの評価を得て、メディアでも大きく取り上げられた。さらにメディアによって広がり、167億を超えるインプレッションと共感を集めたそうだ。

U.S. Bankは、このフィルムを通じて自社の言語サービスの必要性を訴えつつ、より大きな社会問題に光を当てることに成功した。視聴者の中には感動で涙する人もいたという。過去に当事者経験を持つ人々の声も大きな後押しとなった。「しみじみ」効果が最大限に発揮された施策だ。

【かけてとく】
DOORDASH-ALL-THE-ADS

PR Lion 2024 Silver
実施国:グローバル
実施主体:DOORDASH(デリバリーサービス)

スーパーボウルの視聴者を翻弄した​、
なが〜いなが〜〜いプロモーションコード

昨年、「SELF LOVE BOUQUET」という攻めたキャンペーンでPR Lion 2023 Grand Prixを獲得したフードデリバリーサービスのDOORDASH。今年は料理以外の配達サービス「Your Door to More」の認知度向上を目指し、スーパーボウルの広告枠を活用した斬新なキャンペーンを展開した。

スーパーボウルの広告枠といえば、毎年、有名企業が巨額の予算を投入して表現のしのぎを削る、広告業界の晴れ舞台ともいえる。

DOORDASHはスーパーボウルの3週間前から、高額商品のプレゼントキャンペーンをティーザーとして開始。車や旅行、1年分のお菓子など、豪華賞品の懸賞を次々と発表し、スーパーボウル当日にプロモーションコードを公開すると告知した。

これにより、多くの人々が心待ちにスーパーボウルを迎えることとなった。そして当日。発表されたプロモーションコードは、なんと1813文字という途方もない長さだったのだ。この予想外の展開により、SNSは「なんじゃこりゃ!」という反応で溢れることに。視聴者はコードをメモしようと必死になり、肝心の試合を見逃す人も出るほどだった。

結果として、DOORDASHは他社の高額広告を凌駕し、スーパーボウル自体の注目度さえも奪うことに成功。「とんち」の効いたこのアイデアは、圧倒的な露出とインプレッションを獲得したのだ。

【番外編】
The X-Tinction Timeline

PR Lion 2024 Bronze​
実施国:グローバル
実施主体:WWF(世界自然保護基金)​

イーロン・マスクに喧嘩を売ったWWFの鮮やかなポスト
種の絶滅を憂う、たった1つの投げかけとは?

The X-tinction timelineキャンペーンの投稿例

2024年のカンヌの目玉セッションでは、イーロン・マスクが登壇。 “go f**k yourself.”という広告界へのメッセージを撤回したことで話題を集めた。イーロンはTwitterをXに改名した後、広告業界との関係に問題が生じていたため、この登壇は一種の名誉挽回の狙いがあったとされる。

さて、Xを巡る状況を巧みに利用したのが、WWF(世界自然保護基金)だ。TwitterがXに変更されると発表された直後、WWFは「The X-tinction Timeline」というキャンペーンを展開した。

仕掛けはシンプルだ。TwitterのロゴであるBlue Bird(青い鳥)が消えゆく様子を、絶滅危惧種の運命に重ね合わせたのだ。「Protect our wildlife, before it’s too late.(手遅れになる前に鳥を救おう)」というメッセージと共に、5つの赤い文字で「X」を表現。これは絶滅危惧種のカテゴリーを示す「レッドリスト」を連想させる。

WWFは常日頃から生物多様性の保護や絶滅危惧種の保護活動を行っており、このタイミングを逃さず巧みなメッセージを発信した。単純な投稿だけでありながら、青い鳥の「進化と消滅」という皮肉な状況を的確に捉え、世界中の注目を集めることに成功した。

このキャンペーンは、時事的な出来事を環境保護のメッセージに巧みに結びつけた点で高く評価され、カンヌライオンズのPR部門でブロンズを獲得した。​

・・・

「パブリシティは歯磨きをするのと一緒」。

これは2011年のカンヌPR部門の審査員長をつとめた、フライシュマン・ヒラードCEO(当時)のデイブ・セネイが記者会見後に記者の質問に答えた言葉だ。

ニュースをつくることはPRパーソンにとって歯磨きのように当たり前のこと。重要なのは、そのパブリシティで何を起こすか。そこで生み出されたのが「PRのピラミッド」であり、これがカンヌにおける正式な評価基準だ。

PRのピラミッドの図
PRのピラミッド

「ビヘイビアチェンジが起こったか?」=「人の行動を変えることができたのか?」が重要で、今回のカンヌの受賞作品のどれもが、鮮やかな発想とクリエイティブジャンプで、ビヘイビアチェンジを起こしている事例ばかりだ。ぜひみなさんも受賞作品を鑑賞してほしい。

今回紹介したPRの6つのルールについて詳しく知りたい人は、拙著『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』をぜひ読んでみてほしい。

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