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『原発のない女川へ』と気候危機と「不公正」(エシカル100考、68/100)

母校・開成で行われた、諸先輩方による『原発のない女川へ-地域循環型の町づくり』出版記念講演会を聞きに。

いわゆる「原子力ムラ」にも多くの人材を送っている学校でこういう会を催すのも、自らに皮肉をつくりだすようで、開成らしさを感じました。

京都大学原子炉研究所にいらした小出裕章さんのお話しで、科学的なことはもちろんながら、まずは地方に危険を押し付けて都市が恩恵にあずかることの「不公正」を説くのも、開成らしいと思いました。

・・・開成らしさの論理的な定義なぞできないけど、自省についてと、ある種の公正の精神は学校で教わった気がするので。。

都市と地方の「不公正」については、気候危機が叫ばれる現在、ますます考えないといけないテーマかもしれません。

自然災害(人為的な環境破壊により苛烈になった災害なので、自然災害と呼ぶべきかわからないけど)からどう人を守るかで、この「不公正」はより露わになってくるはずで、2019年はその実際が見られた年でもあったと思います。

台風のとき、都心部はなんとか保たれて周辺郊外が出水して水没したり、千葉が棄民化したり。

さらに地球規模で言えば、気候危機の影響を厳しく受けて住む場所や暮らしや生命を奪われるのはいわゆる開発途上国とよばれるエリアに住む方々であろうわけで、「不公正」は不可逆的に広まってしまうおそれもありそうと危惧します。

2020年は、気候難民がいったい何万人でてしまう年になるのか。

日本の東京という都市のなかの都市で生きる身から、「不公正」に晒されている側への想像力を持ち続けて、行動を習慣化させて社会の仕組み化にしていけるか、来年はさまざまなチャレンジが求められると思います。

講演の終盤に、「原子力安全神話」が崩れた後に「被曝安全神話」がつくられつつあるとの話しがありましたか、これは気候危機についてはどうだろう。

「+2度上昇安全神話」とかあるのかな、、、?

余談ながら、ひさびさに母校の食堂のメニューを見て時代が止まっていてなんとも言えなかった。。

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