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Jクラブを生んだ温泉街で黎明期の原風景に出会う〜フットボールの白地図【第40回】群馬県

<群馬県>
・総面積
 約6362平方km
・総人口 約192万人
・都道府県庁所在地 前橋市
・隣接する都道府県 埼玉県、新潟県、長野県、栃木県、福島県
・主なサッカークラブ ザスパクサツ群馬、ザスパ草津チャレンジャーズ、tonan前橋
・主な出身サッカー選手 藤口光紀、小島伸幸、山口素弘、鳥居塚伸人、松田直樹、茂原岳人、青木剛、石原直樹、細貝萌、高橋秀人、青木拓矢

「47都道府県のフットボールのある風景」の写真集(タイトル未定)のエスキース版として始まった当プロジェクト。前回は、JリーグとJFLでダービーを見ることができる、大阪府を取り上げた。今回は関東リーグ2部での同県対決はあるけれど、これを「ダービー」と呼ぶにはいささか異論もありそうな、群馬県にフォーカスすることにしたい。

 群馬県のフットボールといえば、まず思い浮かぶのが、J2所属のザスパクサツ群馬。そして高校サッカーでは、前橋育英と前橋商業。群馬のサッカーは、県庁所在地の前橋市ばかりに注目が集まるが、県内最大の人口を誇る高崎市には、かつてJFLで活動していたアルテ高崎というクラブがあった。残念ながら2011年に解散してしまったが、もしも前橋と高崎にJクラブが共存していたら、県内のサッカーは違った発展を遂げていたかもしれない。

 そんな群馬県、なぜか個人的には縁の薄い県であった。取材で訪れたのは、2006年の天皇杯、そして14年の新春ドリームマッチ群馬(故・松田直樹さんの追悼試合)の2回のみ。スマートフォンのアルバムで「群馬県」を検索しても、3件しかヒットしなかった。そんなわけで今年、観光と取材を兼ねて訪れてみたのだが、なかなかどうして、群馬は実に魅力に溢れた県であった。

 まずは県内の観光スポットをハシゴすることにしよう。起点となるのは、上越新幹線と北陸新幹線が分岐する高崎駅。ここから世界遺産の富岡製糸場に向かうには、群馬が誇るローカル線「上信電鉄」を利用する。上野(こうずけ)鉄道の名で開業したのは1897年(明治30年)。現存する日本の私鉄路線では3番目、東日本では最古の歴史を誇る。なお高崎駅では、上州富岡駅までの往復と富岡製糸場の入場料がセットになったチケットを、2140円で購入できる。

「富岡製糸場」が、日本初の本格的な器械製糸工場として開業したのは、1872年(明治5年)のこと。維新からわずか5年というタイミングから、発足間もない明治政府の並々ならぬ期待感が窺えよう。この歴史的遺構は、第二次世界大戦での空爆被害を受けることなく戦後も命脈を保ち、昭和末期の1987年まで操業を続けた。廃業後、一般公開されるようになったのは2005年から。すぐさま県内を代表する観光資源となり、14年には世界遺産に認定された。

 高崎まで戻って、今度はJR信越本線で群馬八幡駅へ。そこから徒歩20分ほどで、高崎名物の縁起だるまで有名な「少林山達磨寺」に到着する。ご覧のとおり、ここに奉納されているだるまは、祈願成就で両目の入ったものばかり。これだけの数が密集していると、何とも名状し難い迫力がある。当地のだるま作りは、250年ほどの歴史があるが、生産量が一気に高まったのは江戸時代末期。貴重な赤の顔料が、海外から輸入されるようになってからだそうだ。

 高崎から前橋に移動。ここからフットボールの話題に移ることにしたい。tonan前橋は現在、関東2部に所属。設立は1982年で、前橋商業のOBチームとしてスタートした。2010年から7シーズンにわたり関東1部で活動。その間にJリーグ百年構想クラブの承認を受けていたが、関東2部時代の19年に脱退を申請。その理由は「アマチュアクラブとして地域貢献・地域密着を目指し、子供たちから大人までに愛されるスポーツクラブを目指す」というものであった。

 前橋市には、ザスパクサツがホームゲームで使用している「正田醤油スタジアム群馬」がある。試合がない夕暮れ時に訪れると、ちょうど桜が満開だった。群馬にJクラブが誕生したのは2005年のこと。当初は「ザスパ草津」という名称だったが、12年に「広く群馬県に愛されるチームを明確にしたい」という理由で、現在のクラブ名となった。クラブ発祥の地を前面には出さず、さりとて消し去りたくもない。そんな葛藤が「ザスパクサツ群馬」の8文字から読み取れる。

 最後に、クラブ発祥の地である草津温泉を訪れてみた。1995年創設の東日本サッカーアカデミーの所属選手で結成された「リエゾン草津」が前身で、2002年に「SPA(温泉)」にちなんで、ザスパ草津となる。発足時から、所属選手は温泉街で働きながらサッカーを続けるシステムが確立されており、地域のリゾート産業とサッカーを結び付けた、先進的な事例であった。とはいえ、人口6000人の草津町でJクラブを成立させるのに、かなり無理があったのもまた事実。

 結果として、トップチームの拠点は前橋市に移転したが、そのセカンドチームを草津に残したのは英断と言える。「ザスパ草津チャレンジャーズ」は、現在関東2部に所属しており、草津温泉にほど近い本白根第3グランドでホームゲームを行っている。雄大な草津白根山を背景にした、人工芝のピッチと牧歌的なスタンドは、最新鋭のスタジアムとは対極をなす魅力に溢れている。関東2部にしては、観客やボランティアの数も多い。まさに、ザスパ草津の原風景を見る思いがした。

 群馬の鉄道旅で欠かせないのが釜飯。そのオリジナルが、横川駅にある「おぎのや」という駅弁屋である。「温かいご飯とおかずが食べたい」という客の要望に応えるべく、益子焼の土釜を容器に使った「峠の釜飯」を発売したのが1958年。これが全国区のヒット商品となり、今ではご当地グルメとしての揺るぎない地位を確立している。なお、空になった駅弁の土釜は、美味しくご飯が炊けるとのこと。お土産に持ち帰った方は、ぜひお試しあれ。

<第41回につづく>

宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
写真家・ノンフィクションライター。
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追い続ける取材活動を展開中。FIFAワールドカップ取材は98年フランス大会から、全国地域リーグ決勝大会(現地域CL)取材は2005年大会から継続中。
2016年7月より『宇都宮徹壱ウェブマガジン』の配信を開始。
著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999‐2009』で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』でサッカー本大賞2017を受賞。近著『フットボール風土記 Jクラブが「ある土地」と「ない土地」の物語』。
2021年2月より、Jリーグ以外の第1種クラブの当事者のためのコミュニティ『ハフコミ(ハーフウェイオンラインコミュニティ)』を開設。


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