【小説de短歌】『少年』川端康成

言の葉のふしぶし痛き恋ごころ叶はぬがゆゑ忘られぬかな

 私もお別れしてから、もうこれから一人で行かねばならんと思えば気が遠くなるような気がします。しかしいつまでもあなたを頼りにすることは出来ません。もう一年だけでも一緒にいて頼らせて下さったらと思ってやみません。しかしあなたもこれからは立派な人間になられるのにいつまでも一緒にいてほしいと言ったって、時節がゆるして下さいませんもの。新しい室長が出来ましても、旧室長の方を深く思ってなりません。そうするとなお寂しいような気がして、夢もこのごろは度々見ます。あなたの本を私が火の中に落として泣いた夢など度々見ます。……
 ……私も力のかぎり手紙で、あなたの悲しくないよう、寂しくないようお慰めいたしましょう。お心が傷つきになった時は、心の底からあたため申しましょう。私は決して旧恩は決して決して忘れません。
『少年』「一五(清野の手紙より)」川端康成
(新潮文庫)

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