六花

いろいろもろもろときどき気まぐれに書きます

六花

いろいろもろもろときどき気まぐれに書きます

最近の記事

ワゴンセールで楽園を販売していたのできまぐれに買ってみた。380円。箱入り楽園はReasonableだ。蓋を開けると湿った布の匂いが上がってくる。箱には小さなこぢんまりした部屋が丸ごと入っていた。白いシーツのベッドが1つだけ、他に家具はない。楽園と地獄は親戚のようなものである

    • 良い三日月が穫れたので夕飯はこれにする。銀の高坏にのせた月は静かに輝いている。一人の食事は寂しいので、テーブルの向かいに煙女を召喚することにした。煙女は目鼻のない、なんとなく人の形をしたただの白い霞だが会話はできる。月を切り分けながら、人を殺したの、と言うと、煙女はふわふわ笑った

      • 拷問の歴史は人類の英知の結晶でもある。血腥い野蛮な時代は過ぎ去ったけれど、今も拷問は形を変えて残っている。私は白い部屋の中で椅子に座っている。天井からさらさらと白い粉末が間断なく落ちてくる。「諦め」を特殊な製法で粉末にしたものだ。諦めが降り積もる中で私は絶望しながら死を迎える

        • 網織師の仕事についた。空の底に張っている網を修理するのだが、なにせ空は広大だ。穴を探すところから始まって、見つけ次第すみやかに七つ道具を広げて塞ぎにかかる。日中は暑いし暮れ方からは寒いしで、背中の羽根もぱさぱさになる。裁縫は得意な方だが複雑怪奇な糸の軌跡を操るのは至難の業だ

        ワゴンセールで楽園を販売していたのできまぐれに買ってみた。380円。箱入り楽園はReasonableだ。蓋を開けると湿った布の匂いが上がってくる。箱には小さなこぢんまりした部屋が丸ごと入っていた。白いシーツのベッドが1つだけ、他に家具はない。楽園と地獄は親戚のようなものである

        • 良い三日月が穫れたので夕飯はこれにする。銀の高坏にのせた月は静かに輝いている。一人の食事は寂しいので、テーブルの向かいに煙女を召喚することにした。煙女は目鼻のない、なんとなく人の形をしたただの白い霞だが会話はできる。月を切り分けながら、人を殺したの、と言うと、煙女はふわふわ笑った

        • 拷問の歴史は人類の英知の結晶でもある。血腥い野蛮な時代は過ぎ去ったけれど、今も拷問は形を変えて残っている。私は白い部屋の中で椅子に座っている。天井からさらさらと白い粉末が間断なく落ちてくる。「諦め」を特殊な製法で粉末にしたものだ。諦めが降り積もる中で私は絶望しながら死を迎える

        • 網織師の仕事についた。空の底に張っている網を修理するのだが、なにせ空は広大だ。穴を探すところから始まって、見つけ次第すみやかに七つ道具を広げて塞ぎにかかる。日中は暑いし暮れ方からは寒いしで、背中の羽根もぱさぱさになる。裁縫は得意な方だが複雑怪奇な糸の軌跡を操るのは至難の業だ

          家にはたくさんの本がある。本棚から溢れ出して床のいたるところに積み上がっては山脈をなしている。不思議なことに、それらは本屋で買ってきた数より明らかに多い。ある夜、バサバサいう音に目覚めると、ミステリ小説とファンタジー小説とが枕元で交尾をしていた。本たちは自力で繁殖していたのである

          家にはたくさんの本がある。本棚から溢れ出して床のいたるところに積み上がっては山脈をなしている。不思議なことに、それらは本屋で買ってきた数より明らかに多い。ある夜、バサバサいう音に目覚めると、ミステリ小説とファンタジー小説とが枕元で交尾をしていた。本たちは自力で繁殖していたのである

          その洋館の1階には洒落た出窓があった。開いているのを見たことはないが無人ではない。時々郵便配達員のバイクが停まっているし、ガラスの内側からぺたりと白い手のひらが貼り付けられることもある。闇吸いが住んでいるのよと母は言う。ガラス越しに手のひらを合わせたりしては決していけないそうだ

          その洋館の1階には洒落た出窓があった。開いているのを見たことはないが無人ではない。時々郵便配達員のバイクが停まっているし、ガラスの内側からぺたりと白い手のひらが貼り付けられることもある。闇吸いが住んでいるのよと母は言う。ガラス越しに手のひらを合わせたりしては決していけないそうだ

          だいたい、命の素を楕円や真円に縮めた果実というものがまともな代物であるはずがない。青果店でプラムを求め、その瑞々しい薄皮に噛りつきながらそんなことを改めて思った。下町の商店街は茜色に暮れなずみ、生臭い空気が淀んでいる。生首はいらんかえ、と首売の屋台がラッパを鳴らして行き過ぎていく

          だいたい、命の素を楕円や真円に縮めた果実というものがまともな代物であるはずがない。青果店でプラムを求め、その瑞々しい薄皮に噛りつきながらそんなことを改めて思った。下町の商店街は茜色に暮れなずみ、生臭い空気が淀んでいる。生首はいらんかえ、と首売の屋台がラッパを鳴らして行き過ぎていく

          朝起きたらくしゃくしゃの布団の上にバスケットボール大の卵が転がっていた。なんとなく股が痛いから寝てる間に自分が産んだらしい。殻は空を薄めたような淡い青で、すでに中からコトコトちいさな音がしている。隣の布団に寝ている夫はまだ深い眠りの中にいる。夫の朝ごはんは卵焼きにしようと決めた

          朝起きたらくしゃくしゃの布団の上にバスケットボール大の卵が転がっていた。なんとなく股が痛いから寝てる間に自分が産んだらしい。殻は空を薄めたような淡い青で、すでに中からコトコトちいさな音がしている。隣の布団に寝ている夫はまだ深い眠りの中にいる。夫の朝ごはんは卵焼きにしようと決めた

          「ここで洗顔して下さい」と案内されたのは小さな洗面台だ。古風な窓の下に昔ながらのタイルを埋め込んだ流しと、水受けの銀盆がある。窓には素人臭い手業で木蓮のステンドグラスが施されている。蛇口をひねってゴシゴシと顔を擦ると、朝貼ったばかりの眼、鼻、口がみんな剥がれて排水口に流れていった

          「ここで洗顔して下さい」と案内されたのは小さな洗面台だ。古風な窓の下に昔ながらのタイルを埋め込んだ流しと、水受けの銀盆がある。窓には素人臭い手業で木蓮のステンドグラスが施されている。蛇口をひねってゴシゴシと顔を擦ると、朝貼ったばかりの眼、鼻、口がみんな剥がれて排水口に流れていった

          緑の麦穂が風にざわざわと揺れる。真円の太陽が美しい軌跡で天空を静かに横切っていく。空は沁みるような青だ。私はこの麦畑で生まれ育った。私の背丈のちょうと斜め上の空間に、赤い枠に切り取られた窓がある。青空に浮かんだ窓。外の人間によればここは栽培部屋なのだそうだが、私には全世界である。

          緑の麦穂が風にざわざわと揺れる。真円の太陽が美しい軌跡で天空を静かに横切っていく。空は沁みるような青だ。私はこの麦畑で生まれ育った。私の背丈のちょうと斜め上の空間に、赤い枠に切り取られた窓がある。青空に浮かんだ窓。外の人間によればここは栽培部屋なのだそうだが、私には全世界である。

          未舗装の細道を抜けると、深山の青々とした匂いに、古くさい香の匂いが混じった。ちょろちょろと生ぬるい小川の上に場違いな太鼓橋がかかっていて、その向こうに獰猛な緑葉に半ば埋もれるように朱色の屋根瓦が覗いている。これは渡ればもう帰れない類の橋だ。足裏に、息を殺した橋の脈拍が伝わってくる

          未舗装の細道を抜けると、深山の青々とした匂いに、古くさい香の匂いが混じった。ちょろちょろと生ぬるい小川の上に場違いな太鼓橋がかかっていて、その向こうに獰猛な緑葉に半ば埋もれるように朱色の屋根瓦が覗いている。これは渡ればもう帰れない類の橋だ。足裏に、息を殺した橋の脈拍が伝わってくる

          夜の地面を切り取って食べてみた。湿った土の匂いと月光のスパイスがほんのり効いている。後味は少し薄荷の気配。スースーする。少し歩くと空き地に出た。紺色の屋根の建物が1軒ぽつんと立っていて、入口には「夜屋」と書かれた看板がぶら下がっている。扉の隙間から爛々と光る金色の目が覗いている

          夜の地面を切り取って食べてみた。湿った土の匂いと月光のスパイスがほんのり効いている。後味は少し薄荷の気配。スースーする。少し歩くと空き地に出た。紺色の屋根の建物が1軒ぽつんと立っていて、入口には「夜屋」と書かれた看板がぶら下がっている。扉の隙間から爛々と光る金色の目が覗いている

          仕事中にLINEに連絡があった。また月が逃げ出したという。やれやれと定時で退勤し、近所の里山に登った。古い祠の扉を開けると、とたんにキャタキャタ笑いながら元気のいい月達が跳び出してくる。数えると確かに一匹減っていた。十六夜の月がいない。どうやらまた始末書を書かねばならないようだ

          仕事中にLINEに連絡があった。また月が逃げ出したという。やれやれと定時で退勤し、近所の里山に登った。古い祠の扉を開けると、とたんにキャタキャタ笑いながら元気のいい月達が跳び出してくる。数えると確かに一匹減っていた。十六夜の月がいない。どうやらまた始末書を書かねばならないようだ

          昔愛した人は、今は雲をつくような崖に姿を変えてしまった。よく見れば人の形をしているが、大部分は風化した岩石そのものだ。おヘソのあたりに胸から落ちてきた心臓の化石が詰まってて、そこだけはかすかに体温が残っているし、ごくたまに鼓動を打ったりもする。私は今日も崖のふもとで丸くなって眠る

          昔愛した人は、今は雲をつくような崖に姿を変えてしまった。よく見れば人の形をしているが、大部分は風化した岩石そのものだ。おヘソのあたりに胸から落ちてきた心臓の化石が詰まってて、そこだけはかすかに体温が残っているし、ごくたまに鼓動を打ったりもする。私は今日も崖のふもとで丸くなって眠る

          昔、私がいた処では狐様が一番だった。人間なんて下の下である。それでも御屋敷で下女として飼われていた私は食う寝るところに困らず恵まれていたと思う。大変なのは狐様の娘御の嫁入りである。太陽と雨の乱舞に溺れ死ぬ者も少なくない。うまく世界の狭間を抜け、こっちに逃げてこられて幸いだった

          昔、私がいた処では狐様が一番だった。人間なんて下の下である。それでも御屋敷で下女として飼われていた私は食う寝るところに困らず恵まれていたと思う。大変なのは狐様の娘御の嫁入りである。太陽と雨の乱舞に溺れ死ぬ者も少なくない。うまく世界の狭間を抜け、こっちに逃げてこられて幸いだった

          月の明るい晩は川に気をつけな、と婆ちゃんはよく口にした。向こう岸の木が縮むほどの大きぃ川はあかん、家ん籠もって布団さかぶれ。そんなことを、ふと思い出した。もう遅い。腐った板壁の隙間から青光りする鱗の大群が過ぎていく。ひどく生臭い。ひょうひょうひょう、とソレが鳴いた。ああもう戸が…

          月の明るい晩は川に気をつけな、と婆ちゃんはよく口にした。向こう岸の木が縮むほどの大きぃ川はあかん、家ん籠もって布団さかぶれ。そんなことを、ふと思い出した。もう遅い。腐った板壁の隙間から青光りする鱗の大群が過ぎていく。ひどく生臭い。ひょうひょうひょう、とソレが鳴いた。ああもう戸が…