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創発するスイミー 

 小さな魚の群れが組織的に連動し、チームとして機能したとき、巨大な魚をも圧倒する力を発揮する。スイミーはそんな物語です。ストーリーの面白さだけでなく、レオ・レオニのイラストの美しさと、谷川俊太郎の軽快な日本語訳とが合わさり、作品の魅力をいっそう高めています。個の力が集まって、個の能力の総和以上の力を発揮するという点において、『スイミー』は創発が生まれる物語だということができます。

 さて、この物語を読む上で、次の二つの疑問が浮かびます。
1 なぜスイミーだけが、リーダーになれたのか。
2 なぜスイミーは、兄弟たちが組織的に泳げるようになった後で、「ぼくが、目になろう。」と言ったのか。
 今回はこの二つの疑問を中心に、『スイミー』の物語を読んでいきます。

 まず、最初の疑問について考えてみましょう。
 スイミーには、他の兄弟たちと異なる特徴があります。スイミーだけが黒いこと、兄弟たちより速く泳ぐことは、身体的な特徴を表しています。兄弟の多くがマグロに食べられたのにスイミーだけが生き残ったのは、スイミーの特異な個性による部分が大きいでしょう。
 もちろん、それだけではありません。マグロに襲われたとき、スイミーだけが海底に向かって泳ぐのです。意図して深く潜ったのかどうかはわかりません。むしろ咄嗟の判断でしょう。危機において他と違った発想で行動するのがスイミーです。例え集団と離れても、ピンチの場面で最善の判断を下す能力がスイミーにはありました。

 そして、スイミーがリーダーとなり得た最大の資質は、自分の目で世界を見る素晴らしさに気付いたことです。スイミーは独りぼっちで海中を彷徨い、イソギンチャクやウナギ、イセエビなどたくさんの生き物と出会います。自分で探検し、世界の素晴らしさを体験的に知ったのはスイミーだけです。この経験知が、他者にはないスイミーの個性となりました。
 岩陰に隠れる兄弟たちにスイミーは声を掛けます。

“Let’s go and swim and play SEE things!” he said happily.
“We can’t,” said the little red fish. “The big fish will eat us all.”
“But you can’t just lie there,” said Swimmy. “We must THINK of something.”

 SEEとTHINKが大文字になっています。レオ・レオニが作品に込めたメッセージが、この二語に象徴されています。自分の目で見て、自分で考える。そうでなければ、新しい世界と出会うことはできないのです。

 次に、もう一つの疑問を考えてみましょう。
 スイミーは、兄弟たちを岩陰から連れ出す方法を懸命に考えました。そして、大きな魚のふりをしてみんなで泳ぐことを思いつきます。スイミーは、一人一人が自分の持ち場を守り、意思を統一して泳ぐ方法を仲間たちに教えました。練習を重ねて一匹の魚のように泳げるようになったとき、スイミーはみんなに言います。

He taught them to swim close together, each in his own place, and when they had learned to swim like one giant fish, he said,
“I’ll be the eye.”  「ぼくが、目になろう。」

 なぜスイミーは、最初に自分が目になると仲間に言わなかったのか。最後に宣言した理由は何だったのか。大きな疑問です。
 もし、スイミーがトップダウン型のリーダーなら、最初に自分が目になると言うでしょう。先に全体像を提示し、具体的なイメージをチームと共有した方が効率的です。反発する人がいても、リーダーのカリスマ性があれば壁を越えられるはずです。

 しかし、スイミーは違うタイプのリーダーのようです。たくさんの小さな魚たちが連動して大きな魚のふりをするまでには、やはり時間を要したはずです。イメージを共有し、一人一人に役割を与え、その意味を理解させ、意思統一して行動するのは簡単ではない。組織が大きいほど難しいことは容易に想像できます。

 もしかすると、スイミーは、時間を掛けて仲間たちがチームとして成長していくのを待ったのではないか。それぞれが、チームの一員であると自覚したとき、「目」に相応しい人物が誰かについて、誰もが的確な判断が下せるはずです。

 自分たちにとって未知である海の世界を経験しているのはスイミーだけ。「目」になれるのはスイミーしかない。スイミーは、仲間たちの誰もがそう思えるのを待った。誰もが幸せに生きるためにはそれしかないと、スイミーを含めた全員がそう思える瞬間、つまり、創発の瞬間を待ったのです。スイミーは、そういうタイプのリーダーだったのかもしれません。

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