『ブレーブ・サンズー小さな勇者ー』第19話

 クラネは仲間入るように勧めてきたが、断れば何をされるか分からない。断るという選択肢がそもそもあるのだろうか。この危険な男が、その選択肢を用意してくれているようにはカナタたちは思えなかった。

 カナタたちは、緊張で口内で溢れ出た唾液を思わずゴクリと飲み込む。

 二人は選択肢のミス、受け答えの良し悪しで、生死を分ける瀬戸際に立たされている。そう思わせるほどに、男と今のカナタたちの間には、実力の差という分厚い壁が存在していた。

 カナタたちは、クラネの言葉にどう返答すべきか考えていると、沈黙を破るかのように建物の屋上から人並み外れた素早い動きで何者かが降りてきた。

 その降りてきた何かは、手足で地面に軽やかに着地すると、クラネに叫んだ。

「聞き捨てならぬ。クラネ。この小僧どもを仲間に入れるだと。それだけは許さんぞ。小僧共は、魔物を殲滅できる解呪の力を持っているやもしれん。解呪の魔法使いの子どもはひとり残らず消し去るべきだ」

 クラネの発言に異義を申し立てるのは、ネツキ。なんの前触れもなく、突如現れた因縁の相手に、カナタたちはぎゅっと拳を握りしめ、眉間を寄せて湧き上がる憤怒を露わにする。

「「ネツキ!!」」

 カナタたちは、怒りのこもった叫びをネツキにぶわっと浴びせるが、ネツキはそんなカナタたちを相手にする気はないらしい。視線は、クラネに向けられていた。

「ネツキ。お前も見ただろう。解呪の子供から放たれた膨大なマナの柱を。仲間になってくれれば、きっと、この世界を私たちが望む新しい世界に作り変えるのに役に立ってくれる」

 クラネは、ネツキの意見を聞いても、自分の考えを変える気はない。

「しかし……」

 ネツキは、やはりまだ納得できないようだ。苛立ちで、歯を食いしばる。

「お前たちは、どういう関係なんだ?」

 カナタはそう言うと、コナタもクラネに問いかける。

「そ、そうだよ……仲間なの?仲悪そうだけど」

 二人の問いかけに、クラネは微笑みを浮かべると落ち着いた口調で話し始める。

「私たちはソンブルという組織の一員。ソンブルは、人間中心のこの世界を壊し、人間と魔物がともに暮らせる世界に作り変えることが目的の組織だ。その目的を果たすために、君たちの力がほしい。是非とも君たちの力を貸してくれないか。仲間になってくれれば、君たちの母親の呪いを解こう」

 クラネは、相変わらず微笑みを浮かべ片手をそっと前に出し握手を求める。だが、カナタとコナタのクラネに対する嫌悪感はさらに増していた。

「仲間になれば、母親の呪いを解くだって……ふざけるな!お前たちが、母親に呪いをかけたんだろ!仲間になって、母親の呪いを解いてくれるという保証もない」

 カナタは、心臓が狂ったように鼓動していたが、叫ばざるを得なかった。

「威勢がいいね。そういうところは悪くない。ますます仲間に欲しくなった。母親の呪いを解くのは嘘じゃない。すぐにでも呪いを解こう」

 クラネは、カナタたちに興味を持ち仲間にすることを諦めてはいないようだ。何としても仲間にしようとするクラネの態度に、ネツキは苛立ちを募らせる。

「結界を破壊した今なら、この小僧たちを難なく片付けられるはずだ。何故そうしない!」

 クラネは、少し黙った後、威圧感のある声で言った。

「黙ってろ、ネツキ……」

 今までの落ち着いた口調とは打って変わってズンと重みを持った声にネツキだけでなく、この場にいるカナタとコナタも瞬時に、戦慄が走る。

 ネツキは結界を破壊した今ならと言っていた。

 この村の惨事を引き起こした元凶がソンブルなのだとしたら、やはり、仲間に入る訳にはいかない。

 なんとか、逃げなくては。

 最悪、コナタだけでも……。

 カナタがそんなことを考えていると、再びクラネは彼の肩に手を置いた。カナタはハッとして顔を上げ、クラネに視線を向ける。

「逃げようなんて考えないことだ。逃げられるわけもないのだから。さあ、聞こうか。君たちの答えを」

 クラネは、再びカナタたちに意思を確認する。おそらく、最後の問いかけになるだろう。

「僕は、嫌だ。仲間にはなれない。お母さんに呪いをかけた組織になんて入れない。入りたくない」

 コナタは、拳を握りしめ意思を示す。カナタも頷きクラネに言った。

「俺もだ。仲間にはならない。村の結界を破壊したのがお前たちなら、コナタのマナを暴走させたのもお前たちの仕業なんじゃないのか」

 クラネは顔に影を落とした後、穏やかな笑顔を浮かべ語り始める。

「そうか、せっかく、仲間にしてやろうと言っているのに愚かだよ、君たちは。ほんとは、自分たちの意思で仲間になって欲しかったけど、仕方ない。あの力を使うしかないか」

 クラネは、そう言ったコンマ零何秒後に、マナによって死神の鎌のような武器を即座に作り出すと、命を無慈悲に刈り取るかの如く横に振った。

 殺される……。

 カナタとコナタは、自分たちが攻撃されると思い思わず目を瞑る。

 おかしい、生きている。

 死を覚悟していたが、どうやら攻撃を受けてはいないことに気づく。どうなっているんだと、そっと彼らは目を開けると、彼らの予想もしない光景が広がっていた。クラネが鎌で攻撃した相手は、彼らではなく仲間であるはずのネツキだった。鎌にはね飛ばされネツキの頭が美しい夜空をバックにして舞っている。

「な、なぜだ……なぜ私を攻撃している、クラネ」

 ネツキは、灰になりながら、怒りに満ちた表情を浮かべ、クラネに問う。

「君がいてくれて助かったよ。悪魔の契約を使うには、魔物一体の生贄が必要だからね。おめでとう、君の役目はこれで終わりだ」

 クラネはニヤリと笑い仲間だったネツキの命を奪ったことになんの後悔も感じていないようだった。

「許さん、クラネ、お前……」

 ネツキが言い終わる前に、クラネは鎌を振り彼の頭を一刀両断する。あっという間に、ネツキは灰となって消えていく。

「うるさいな、おとなしく消えろよ」

 クラネのマナが、灰と化したネツキをゴクリゴクリと吸収していくと、禍々しい色を帯び始める。

 何か、とてつもないことをするつもりだ。

 カナタとコナタは、直感的にとてつもなく恐ろしいことが起きようとしていることが分かった。地面を勢いよく蹴りクラネから急いで距離をとる。

 クラネは、カナタとコナタが逃げゆく背中を眺めながら、呪文を唱える。

 灰となりし魔の魂と我がマナをここに捧げる。

 この世の闇を司りし悪魔よ。

 我に大いなる服従の力を与えよ。

 クラネの唱えた呪文は、悪魔の契約と呼ばれる禁じられた魔法を発動させるものだった。魔物の魂とマナを対価にして、相手を服従させることができる力を得られる。

 クラネは、解呪の魔法使いの子供であるカナタとコナタを服従させ無理やり仲間にするつもりらしい。

 ネツキの魔の力を取り込んだクラネのマナは、禍々しい暗黒の光を宿し、まるでワームのような姿形をしている。

「行け」

 クラネは、カナタとコナタの背中に向かって指差すと、ワームのような形をしたマナが凄まじい勢いで直進し二人に襲いかかる。

 あれに飲み込まれればただではすまないだろう。

 カナタは、後ろから迫るクラネのマナに目を向けると、前を走るコナタに視線をやる。

 このままだと、二人とも飲み込まれてしまう。

 コナタだけでも助かってほしい。

 コナタは、唯一の大切な弟だから。

 カナタは、覚悟を決めて、きゅっと踵を返すと、自らのマナを全身に纏うと迫りくるクラネのマナに向かって駆けていく。

 コナタは、カナタがクラネのマナに向かって突っ込んで行くのに気づいて叫んだ。

「お兄ちゃん!!!何をしてるんだ」

「コナタ、お前は一人逃げろ!俺はこのマナを食い止める」

「一人で逃げるだって。そんなこと出来るわけがない!お兄ちゃんを置いてなんか……」

「頼む、コナタ……一生のお願いだ。頼む……」
 
 カナタは真剣な表情を浮かべ、コナタの方を見て言った。強い覚悟を宿したカナタの瞳にコナタは、何も言い返せなくなった。

 コナタは、分かっていた。クラネのマナの移動速度からして、今更カナタを救い出すことは不可能であることを。

 カナタの行いを無駄にする訳に行かない。

 コナタは拳をぎゅっと握りしめると、カナタに背中を向けて手足を死物狂いで動かし駆け出した。しわくちゃになったコナタの顔から、涙が数滴、零れ落ちて風に乗って飛んで行く。

 そんなコナタの背中を見てカナタは、安堵する。

 そして、迫りくるクラネのマナの方を見ると、自らのマナを纏わせて、腰を低くし受け止める姿勢に入る。

 コナタ。今までありがとう。

 コナタが俺の弟で良かったよ……。

 直後、禍々しい闇を宿したワーム状のマナが、凄まじい轟音とともにカナタのマナと激しくぶつかった。マナとマナのぶつかり合いに、ピカッと目が眩むほどの強烈な光と、ギシギシと甲高く軋む音が生じる。

 残酷にもマナとマナのぶつかり合いはすぐに決着がついた。圧倒的なパワーを誇るクラネのマナは、容易にカナタのマナを打ち砕き、彼の身体を包み込んだ。

 カナタは、意識がすっと遠のき、自分の心が漆黒の暗闇に溶け込んでいくような感覚に襲われる。

 お母さん……。

 お父さん……。

 コナタ……。

 大切な家族との思い出が一つずつ暗闇に覆われて、思い出せなくなっていく。次第に、自分が何者であるかさえ、分からなくなっていった。

 カナタは、全身に黒く濁った禍々しいマナを纏い、立ち上がると鋭く赤い眼光をキラリと輝かせる。

 クラネは、悪魔の契約により支配したカナタの姿を見て、ニヤリとほほ笑むと言った。

「さあ、最高のショーを始めよう。カナタ、弟を始末しろ」


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