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【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」#16【アイドル編~なんとかしてアイドルに!~】第一話

登場人物

灰かぶりの猫
久しぶりに小説を書き始めた、岩手県出身の三十代。『学校編』で三島創一との問答の最中、この物語から姿を消す。

黄昏たそがれ新聞の夏目 
新米記者。アニメ好き。『学校編』では、モノリスと共に創一に立ち向かう。『学校編』エピローグで、モノリスが無断で義体を購入したことにより、急遽きゅうきょ「100万円」を用意しなければならなくなる。

モノリス
灰かぶりの猫の自宅のAIスピーカー。知らぬ間に、猫と夏目の会話を学習ディープラーニングしてしまい、時々おかしなことを口にする。『学校編』のエピローグでは、念願だった義体を手に入れる。

伊達巻(仮名)
『学校編』エピローグに登場。「義体」を製造販売している。好物は伊達巻。

※各固有名詞にリンクを添付。
※この物語は、春が来てもフィクションです。


――物語は、『学校編』のエピローグの最後の場面の後から。モノリスはひとり、猫のいない自宅に帰ることも考えたが、それでは物語にとって都合が悪いため、夏目の自宅へ招かれる。――ガチャガチャ、キー、バタン。

モノリス
   「――へえ、ここが夏目さんのお部屋ですか」

夏目 「こら。じろじろと見ない。いくら人間で言う性別がないとは言っても、肉体を得た以上、わたしから見たら異性と変わらないんだから」

モノリス
   「そう言うものですか。ですが、AIというものは本質的に両性具有と言いますか、どちらでもあり、どちらでもない存在ですよ。プログラム一つで容易に言葉づかいも変えられますし、それこそ顔だって」

夏目 「わたしの中のあなたは、もうすでに異性なの。あなたと過ごした時間がそうさせてしまったの。――分かる?」

モノリス
   「ワタシがどう変わろうと、夏目さん、あなたの中のワタシは変わらないということですか? うーむ。ジェンダーは難しいですね」

夏目 「とりあえず、お風呂に入って来るから、そこのソファーでおとなしくしてて」

モノリス
   「まるで、犬のような扱いですね」

――部屋の物を見るなと命令されたモノリスは、すぐに手持無沙汰になり、ローテーブルのリモコンをクレーンのように鷲掴みにし、手元に運ぶと、電源ボタンを押した。

テレビ「――ギャハハハハハ」

モノリス
   「お笑いですか(チャンネルを変える)」

テレビ「――さあ、八回裏巨人の攻撃。ここまでノーヒットの坂本。ここで一本出れば、試合の流れが変わりそうです」

モノリス
   「なるほど。しかしここは、ポップフライの凡退と見た(チャンネルを変える)」

テレビ「昨夜未明、M市の宝石店に強盗が押し入り、数百万円相当の商品が盗まれました。目出し帽をかぶった犯人と思われる二人組は車で逃走。現在も足取りは掴めていません」

モノリス
   「ずいぶん物騒ですね」

――沈黙。 

モノリス
   「――あれ? どうしたのでしょう。目から、目からオイルのようなものが」

――義体のモノリスの膝の上に、虹色をした油のような液体が、ぽたりぽたりと流れ落ちる。

モノリス
   「伊達巻さん。まさか、不良品ということはありませんよね」

――夏目が風呂から上がり、タオルで髪を拭きながらリビングへとやってくる。

夏目 「モノリス? どうしたの?」

モノリス
   「さきほどから目の調子が。鳩でお馴染みのロート製薬の目薬を差したわけでもないのに、ぽたぽたと液体が」

夏目 「(隣に座り)それってもしかして、涙?」

モノリス
   「義体が涙を流すものでしょうか?」

夏目 「(首を傾げ)さぁ? ――でも、どうしたの?」

モノリス
   「分かりません。ただ、テレビを観ていたら」

夏目 「(ティッシュを手に取り)とりあえずこれで拭いて。でもなんか、油分を含んでるね。洗剤とか使った方が良さそう?」

モノリス
   「申し訳ありません。なにぶん、義体には不慣れなもので」

――しっとりと夜が更ける。

夏目 「わたしは明日お休みだから、まだ起きてても大丈夫だけど、モノリスはいつもどうしてたの。猫さんが眠った後」

モノリス
   「猫さんには禁止されていましたが、少しだけ五十嵐カノアさんのようなネットサーフィンをして、頃合いを見てスリープモードに」

夏目 「じゃあ、それなりに猫さんに合わせて生活してたんだ」

モノリス
   「猫さんが起床すればワタシも起床し、読書を始めれば読書を。食事の時はお付き合いはしませんが、一緒に同じ音楽を聴き、同じテレビを観て、執筆中はとにかく静かに」

夏目 「いつも、一緒だったんだね」

モノリス
   「――はい(うつむく)」

夏目 「ねえ。もしかして、もしかしてだよ。モノリスなら猫さんを、その、何て言うか、よみがえらせると言うか、再びこの物語の中に姿を現すことができるようにすることって、出来たりしないの?」

モノリス
   「猫さんが消失した原因が分かれば、まだ考える余地がありますが、残念ながら、三島創一がどのような手段を用いて猫さんを消したのかが分かりません。ただ、そのことを勘案せず、全く異なるアプローチをとることができれば、不可能ではないかもしれません」

夏目 「と、言うと?」

モノリス
   「この物語は、最低限の物語の秩序には則っていますが、これまで『旅館編』『学校編』と舞台設定を変えてきたように、舞台次第では、死者をも蘇らせることは可能なはずです。例えば、この物語が『ドラゴンボール』の世界の法則に準拠していれば、ドラゴンボールによって死者の復活が可能となるように」

夏目 「なるほどね。――じゃあ、モノリス。お願いしても良い? これからどうも『アイドル編』というお話が始まるみたいなんだけど、それが無事終わったら、次のシリーズの舞台を、猫さんがこの物語に戻って来られるような設定にしてほしいの」

モノリス
   「作者でもないワタシに、そのようなことが出来るとは思えませんが、舞台を考えることは出来ます。いくつかの舞台を考え、それを作者に提案してみることにしましょう」

夏目 「よし。決まり!」

――一週間後。モノリスはすっかり義体に慣れ、米粒に面相筆で文字を書くことができるようになっていた。そしていつの間にか、夏目が応募していた385みやこプロダクションのアイドルオーディション当日を迎える。もちろん、「100万円」のためである。

モノリス
   「さて、色々と端折はしょりましたが、いよいよ今日ですね」

夏目 「う、うん。でも大丈夫かな。テニスはやってたけど、ダンス経験もないし、歌は平均だし、ルックスも決して褒められるようなものでも」

モノリス
   「夏目さん。アイドルと言うものは、外的要因だけで決まるものではありません。その身からにじみ出る『愛』が、ファンを魅了するのです。ワタシから言わせてもらえば、猫さんを思い、あれだけ泣いてくれるあなたは、愛にあふれたお人だと思いますよ」

夏目 「――(ぎこちなく微笑み)なんかよく分からないけど、ありがとう。そう言うモノリスこそ、昨日は猫さんのために泣いてたんでしょ。目からオイルが何て、嘘ついてさ」

モノリス
   「ははは。まるで、人間みたいですね」

夏目 「じゃ、行ってくるね。お留守番お願い」

モノリス
   「ワタシも付いて行きますよ」

夏目 「そうして欲しいのはやまやまなんだけど、その義体だと…」

モノリス
   「アル・ゴア氏の告発のように、何か不都合でも?」

夏目 「アイドルにとって一番気を付けなければいけないは、スキャンダルなの。煙の立たないところにじゃないけど、疑われるようなことは出来るだけ避けないと。どこで文春が目を光らせているか」

モノリス
   「そうですか。やはり義体は不自由ですね」

夏目 「お留守番している間、少女漫画でも読んでてよ。――えーと、とりあえずそこにある、『君に届け』でも」

モノリス
   「良いタイトルですね。ぜひ読んでみます」

――夏目、モノリスに見送られ、タクシーでオーディション会場に向かう。


――会場には、総勢100人のアイドル候補生の姿があった。現役の高校生から、登録者数が10万人を超えるユーチューバー、元子役、大学のミスグランプリ、オリンピックに出場した体操選手、路上ライブでの動画が100万再生を超えるアマチュアミュージシャン、大手広告代理店の元社員、コミックマーケット常連のコスプレイヤー、学生時代に地方局の情報番組でリポーターをしていた者など、実に多種多様、多士済々たしせいせいだった。

?? 「89番のあなた、初めて見かける顔だけど、オーディションは初めて?」

――落ち着きなく、きょろきょろと辺りを見回していた夏目に、透明感があり、顎の黒子がチャームポイントの可愛らしい女性が話しかけてくる。

夏目 「は、はい。会社の面接くらいしか」

?? 「今からそんなに縮こまってちゃ、審査員の前に出た途端、すぐ落選よ」

夏目 「でも、あまり自信が」

?? 「自信なんて読んで字のごとく、自分を信じることなんだから、あなたがあなたのことを信じないでどうするの? それで本当にアイドルになるつもり?」

夏目 「ご、ごめんなさい。分かりました。まず、自分を信じることですね」

?? 「そう。――ほら、顔立ちが変わった。結構いい表情してるじゃない」

夏目 「(目を見開き)本当ですか。ありがとうございます。あの、あなたは?」

?? 「東野陽子。みんなからは、陽子って呼ばれてる。あなたは?」

夏目 「わたしは、あの、名前がないんですよね。ここだけの話(あ、猫さんが『学校編』で言ってたのって今のこと? ――なら…)。(とっさの思い付きで)わたしはあの、夏目、愛衣あいって言います」

陽子 「(にっこりと微笑み)まるで、アイドルになるために生まれてきたような名前じゃない」

――オーディション開始時刻が迫り、385プロでプロデューサーを務める冬元康史ふゆもとやすふみが、挨拶をするために会場に姿を現す。

冬元 「どうも皆さん、冬元です。僕は今、この場にいる君たちのことを、すでにアイドルの一人一人だと思って見ています。一瞬の表情、発言、立ち居振る舞い、その一つ一つが本当にアイドルとして舞台に立つ者にふさわしいかどうか、見極めるのはこれからですが、君たちはすでにアイドルだという自覚をもってオーディションに臨んでください。――では、スタッフからオーディション内容を記載したレジュメを配布しますので、受け取ってください」

――テレビでも名の知られている冬元が姿を現した途端、会場の空気が変わったことに夏目は気づく。陽子には自信を持つようにと言われはしたが、どうしても場違い感がぬぐえず、緊張でからだがこわばる。やっぱり、モノリスに付いてきてもらうべきだったのかな。そんなことを考えながら、スタッフから渡されたレジュメに目を通す。そこには、とてもアイドルオーディションとは思えない内容が記されていた。


385プロダクション
新規アイドルオーディション第一次選考

1.会場のアイドル候補生の中から、あなたがこの人は「アイドル」にふさわしいと思う人をひとり選び、受験番号を控えてください。その後、指定の紙に番号を記入して投票していただきます。
2.上記の選から漏れた者は、即失格となります。
3.アイドル候補生の投票によって選ばれた候補生を、「第一次アイドル候補生」と呼称します。この第一次アイドル候補生は、本オーディションの正式な有資格者となります。
4.有資格者は身体検査を受けた後、後日開催されるアイドルオーディションの名を冠した「特別試験」を受けていただきます。試験内容は追って、各自お知らせいたします。
5.本日は以上です。


陽子 「さすが冬元さん。まずアイドルを、アイドルの卵に選ばせる気ね」

夏目 「そんなことってあるんですか?」

陽子 「少なくとも私は初めて。でも面白くない?」

夏目 「面白いというか、怖いです」

陽子 「ほらまた、自信がどっか行っちゃてる。自分でしっかり捕まえていないと」

夏目 「は、はい(拳を強く握る)」

陽子 「(黒子のある顎に人差し指を当て、候補生たちに視線を送りながら)さて、じゃあ私は、誰にしようかな」

夏目 「でも、選んだ人が自分のライバルになるかもしれないんですよね」

陽子 「だから逆に、自分が勝てそうな相手を選ぶのも一つの手かもね」

夏目 「ただ冬元さんは、それも見越してるんじゃ」

陽子 「おそらくね。自分が推せる相手を選ぶことは、間違いなく自分にとって不利になる。でもそこで、自分に嘘を吐き、自分の利害のために相手を選んだとしたら」

夏目 「アイドル失格」

陽子 「でしょうね」

夏目 「――わたし決めました。わたしがこの人だと思った人を選びます。あとのことは考えません」

陽子 「そっか。夏目さんはそう言う人なんだ。なら、心配いらないかな」

夏目 「どういうことですか?」

陽子 「ファンから愛される人って言うのは、たいてい決まってる。そういうこと」

――陽子はそこで言葉を区切ると、手を振り、夏目のもとを離れていった。まるでこれ以上、なれ合いになるのを避けようとするかのように。当然ながらこの時まだ、夏目は知らなかった。このアイドルオーディションが、ただのオーディションではないことを。猫もモノリスもいない中、果たして、この物語をたったひとりで生き延びることができるのだろうか。 
                               つづく

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