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【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」#17【アイドル編~なんとかしてアイドルに!~】第三話

前回のあらすじ

 第一次選考を無事通過した夏目。続く第二次選考では、385みやこプロの敏腕プロデューサーの冬元から、新たな難題が提示される。それは「アイドルを哲学せよ!」というものだった。突如、照明が落とされ、ベタ塗りのような真っ暗な空間で、お互いの顔も名前も分からない中、第一次アイドル候補生たちは文字通り、手探りでアイドルとは何かを考え始める。


登場人物

夏目愛衣なつめあい 
黄昏たそがれ新聞の新米記者。アニメ好き。『学校編』のエピローグで、モノリスが無断で義体を購入したため、急遽きゅうきょ「100万円」を用意しなければならなくなり、アイドルの育成補助金目当てに、385プロダクションのアイドルオーディションに参加する。

モノリス
灰かぶりの猫の自宅のAIスピーカー。知らぬ間に、猫と夏目の会話を学習ディープラーニングしてしまい、時々おかしなことを口にする。『学校編』のエピローグでは、念願だった義体を手に入れる。『アイドル編』では、夏目の自宅で大人しくお留守番。

東野陽子ひがしのようこ
385プロダクションのアイドルオーディション参加者の一人。オーディションの常連か?

冬元康史ふゆもとやすふみ
385プロダクションの敏腕プロデューサー。昨年、紅白にも出場したアイドルグループ『とぅーゆー』(五人組)を手掛ける。

※各固有名詞にリンクを添付。
※この物語は、桜が咲いてもフィクションです。


――困惑と混迷を極める烏合の衆うごうのしゅうと化した候補生たちの中から、突如、光明のような鶴の一声がもたらされる。

陽子 「みんな、落ち着きなさい!」

――陽子の一喝いっかつに、フロア内が水を打ったかのように静まり返る。

陽子 「第一次選考で冬元さんが言っていたように、私たちは候補生とはいえ、アイドルとしてふるまわなければならないのよ。顔が見えないからと言って、アイドルの仮面を外してはダメ。リゲイン時任三郎さんのように、24時間アイドルとして戦うくらいの覚悟を持たなきゃ」

候補生「リゲイン?」

候補生「ときとう?」

候補生「え、誰?」

陽子 「これから私たちが何をしなければならないかは、自ずと分かるわよね。――1に自己紹介。2にグループ編成。3に討論。ここに田原総一朗さんはいないけど、朝までアイドルについて徹底的に語り合うわよ!」

候補生「――は、はい!」

――まるでバラエティ番組のMCのように、この場を取り仕切る東野陽子。やはり名前にたがわず、只者ではないようだった。陽子の指示で、声と手探りで近くにいた者同士、手をつなぎ、5人のグループを2班、4人のグループを3班編成。夏目は5人グループに加入。――間もなく、夏目グループの自己紹介が始まった。

?? 「あの、じゃあ、みぽりんからいですか。名前は小倉未歩こくらみほって言うんですが、みんなからはみぽりんって呼ばれてます。秋葉のメイド喫茶で働いてます」

?? 「武藤真木むとうまき。高校生。よろしくお願いします」

?? 「上垣優楽うえがきゆらです。インディーズでCD出してるガールズバンドのボーカルやってます。どうも」

?? 「綾波はるかです。昔、子役をやってました。中学生になった時に芸能界を離れて、もう戻って来ることはないだろうと思っていたんですけれど、この歳になって一瞬でも良いので、アイドルとして大きな舞台に立てたらと思うようになりまして、リベンジではなくて再チャレンジを。この中ではたぶん、わたしが一番年上だと思います。頼りないかもしれませんが、みなさん、よろしくお願いいたします」

夏目 「――綾波さん? あの、わたしの方が上だと思いますよ。わたし、24歳ですから。わたしはあの、皆さんには申し訳ないんですが、このオーディションに参加したのは、1/3の純情な感情からなら良かったんですが、実はとっても不純な動機からでして。――あ、すみません。まだ名乗ってませんでしたね。わたしは、夏目愛衣と言います」

はるか「そうですか。ならわたしは、2番目ですかね。来年、大学卒業なので」

みぽりん
   「…………」

真木 「夏目さん、不躾ぶしつけだけど不純な動機って?」

夏目 「話せば長くなるんですが、急に100万円を用意しなければならなくなって」

優楽 「なにそれ。ヤバい話?」

夏目 「いえいえ、とっても健全な話です。R指定じゃないですよ」

みぽりん
   「(小指を立て)これ、的な?」

夏目 「(首を傾げ)??」

みぽりん
   「あ、見えないんだった」

夏目 「まあ、何と言いますか。ちょっと大きな買い物を」

優楽 「ふーん。まあ、動機は人それぞれだからね。あたしだって、健全とは言えないし」

はるか「優楽さんはどうして?」

優楽 「活動費。ぶっちゃけね。ただ、アイドルになれるんならなってしまった方がこの先、楽かなって思って」

みぽりん
   「(聞かれてもいないにもかかわらず)みぽりんはね、この星のアイドルになりたいの。誰もがみんな、憧れるような。そして、みんなで歌を歌ったり、踊ったり。毎日が日曜日みたいな、平和な国を作りたくて」

真木 「未歩さんって言ったっけ。そのキャラさ、いくら何でも時代遅れなんじゃない? 今時流行んないよ、それ」

みぽりん
   「(語気強めに)みぽりんです! 皆さん勘違いしてますが、これはキャラじゃないです。生まれつきです。生まれつき、みぽりんなのです。小倉未歩という名前は、この星で生きるためにどうしても必要になって作ったペンネームです」

優楽 「真木ちゃん。未歩、じゃなくて、みぽりんのことは、そのまま受け入れてあげなよ。あたしの知り合いにもいるんだけど、いくら周りが言ってもオズの魔法は解けないみたいだから」

夏目 「まあまあ。とりあえず、自己紹介も済んだことですし、あとは真木さんに、このオーディションに参加した理由を話してもらったら、本題に入りませんか?」

はるか「そうですね。真木さん。もしよろしければ、どうしてアイドルになりたいと思ったのか、聞かせていただけますか?」

真木 「話さないとダメ?」

夏目 「あ、無理にじゃなくていいよ。ただ初対面だから、少しでも相手のことは知っておいた方が良いかなと思って」

真木 「同情してくれる?」

夏目 「どういうこと?」

真木 「妹が人質に取られてるんだ。芸能事務所に」

みぽりん
   「姉さん。事件じゃないですか!

夏目 「もう少し詳しく聞かせてくれる?」

真木 「なに、よくある話だよ。街でスカウトされて、二つ返事でOKしたら、変な契約されて」

みぽりん
   「インフォームドコンセントは?」

はるか「みぽりん。それは、クーリングオフのこと?」

みぽりん
   「そ、そうともいうー」

夏目 「妹さんと連絡は?」

真木 「本人と直接は禁止。マネージャーを名乗ってる犬飼っていう奴がいるんだけど、そいつとしか話せない」

みぽりん
   「ゆ、ゆゆしき、問題じゃないでしか」

はるか「両親は?」

真木 「泣き寝入り。警察はもちろん、弁護士も取り合ってくれないし」

はるか「そんな」

真木 「だから僕が大きな事務所に入って、事務所の権力を使って妹を強奪してもらうつもり」

――一同、沈黙。

夏目 「真木さん。あの、わたしで良かったら、あなたの力になるよ。こうみえてもわたし、本業は新聞記者なの。妹さんのことが事実なら、ほかにもいろいろとやってそうだし」

真木 「ふーん。ま、期待はしないけど」

優楽 「あんたね。せっかくこうして大人の人が」

真木 「僕はその大人に裏切られたんだ」

――一同、沈黙。

夏目 「(手のひらを合わせ)パンッ。はい。自己紹介はこれくらいにして、冬元さんが言っていたアイドルとは何かについて、みんなで話し合っていこうよ」

真木 「まあ、いいけど」

優楽 「夏目さん。真木のことは気にしないでください。妹のことを助けたいって気持ちは本当だろうし、そんなことを言う奴が、嫌な奴なはずありませんから」

みぽりん
   「みぽりんもそう思うです。きっと中身は、あ、中の人なんていないんですけどね、妹想いの優しいお姉さんだと思うです。みぽりんの直感がそうささやいてますです」

はるか「私もそう思います。だからこの試験を乗り切って、みんなでアイドルになりましょう」

夏目 「じゃあまず、一人一人に自分が思うアイドル像について話してもらおうかな。――わたしはある人、いや、人じゃないんだけど、アイドルヲタクから聞いたのは、アイドルとは『愛』に満ち溢れた人と言う考えなんだけど、どうかな」

はるか「なるほど。ルックスが良い人や、歌やダンスが上手い人は、それこそいくらでもいると思うけれど、最終的にその人をアイドルとして輝かせるのは、『愛のバクダン』なのかもしれませんね」

みぽりん
   「みぽりんは、アイドルはその時代の魔法使いだと思います。なので、みぽりんがそうであるように、ファンタジーの世界の住人でもあるのです。みなさんは、そこをはき違えているんですよね。全く」

優楽 「あたしは、そうだな。選ばれてあることの恍惚と不安を抱えてる人かな。まるで適者生存みたいに、選ばれて選ばれて生き残った人が、アイドルと呼ばれる人たち」

真木 「難しいこと言いますね。分からなくもないですけど。ただ、今までのアイドルが間違っていたのは、選んでいたのが男ばかりだったっていうこと。この世で、男に選ばれるほど最悪なことはないって言うのに」

優楽 「激しく同意。男は結局、ホモソーシャルな関係性の中で生きてるから、その反動として、自分が手のひらの上で転がすことのできる異性しか選ばないんだよね。てめえらのお気に入りのトロフィーばっか、飾り立ててんじゃねえよって思う」

真木 「ははは。僕より過激だね。でも嫌いじゃない」

夏目 「うーん。全部が全部そうだとは思わないけど、一理はある、かな」

みぽりん
   「み、みなさん、日本語でおk?」

はるか「ただそうなると、誰が選ぶかが重要ということになるの?」

真木 「そうかもしれない。でも、『誰』の席に座ることの出来る純真無垢な人なんて、そうそういないような気がするけど」

みぽりん
   「そうです。みぽりんは誰かに選ばれたわけではないのです。言うならば、アイドルの神が、みぽりんをアイドルとして選んだのです」

はるか「アイドルの神?」

みぽりん 
   「『元始女性は太陽であった』。偉大なる女性解放家・平塚らいてう先生の御言葉ですが、アイドルは神の別名であり、その意味でみぽりんたちは、使徒でもあるのです」

優楽 「おいおい。だんだん、きな臭くなってきたぞ」

夏目 「でも、優楽さん。アイドルを神様と見る視点は悪くないかもしれませんよ。そもそもアイドルは『偶像』ですし。つまりアイドルとは、神とイコールで結ばれてもおかしくはない、ということになります」

真木 「また、大げさな」

夏目 「アイドルを神、ファンを信者としたならば、別に不思議でもないのでは?」

真木 「確かにそうだけどさ」

はるか「みなさん。いろいろな意見が出てきたので、とりあえずここまでの議論をまとめてみませんか?」

優楽 「そうだな。少しずつ核心に近づいて行っているような気もするし」

みぽりん
   「みぽりんの中では、初めから結論は出ていますけどね」

真木 「はいはい」

夏目 「では僭越せんえつながら、わたしがまとめを。優楽さんと真木さんのお話では、今までのアイドルと言うものは、男を代表するような男たちの欲望によって選ばれてきた。そこにはまた、適者生存の法則が働いている。さらに、みぽりんの意見をコロコロチキチキペッパーズ程度に加えると、そもそもアイドルとは、誰かから選ばれるものではなく、神と同義の存在だった。それが言い過ぎなら、神の使徒であった。それが正しいとすると、アイドルは神によって選ばれた存在ということになる。こんな感じで良いかな」

真木 「良いんじゃないですか」

みぽりん
   「――とどのつまり、みぽりんは真正のアイドルということですね」

優楽 「あたしも異論はないけど、だとすると、どうなるの?」

はるか「そうですよね。神はここにはいませんし」

夏目 「神が不在なら、もしかしたら、アイドルを選ぶという名目のこのオーディションは、意味をなさないことになるかも」

優楽 「オーディションの否定か。それも一興」

真木 「じゃあ、妹のことは?」

はるか「そうでした。真木さんはアイドルにならなければならないんですよね」 

夏目 「真木さん。富士山の登頂ルートはいくつあるか知ってる?」

真木 「さあ」

夏目 「4つ。妹さんを助けるための方法も、真木さんが考えている以外にも何かあるんじゃないかな」

真木 「例えば?」

夏目 「妹さんの事務所の不正の証拠をつかみ、暴き立てる」

真木 「そんなこと出来るの?」

夏目 「真木さん。――記者をなめらたら、なめたらいかんぜよ!」

――突然、鬼龍院花子ばりに啖呵たんかを切った夏目。それはともかく、議論の末、夏目グループが出した結論は、このアイドルオーディションの否定だった。だが、夏目は気づいているのだろうか。アイドルにならなければ、100万円は手に入らないということに。

                               つづく

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