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在宅医療で起こりやすいトラブルとその対策

 本章の最後に、在宅医療で起こりやすいトラブルとその対策について説明しておきます。
 高齢者は体力や臓器の機能が落ちているので、ちょっとしたことで体調を崩しやすいものです。よくある事故や体調不良について知識を持っておくと、いざというとき慌てずに対応できます。
 また、小さな体調不良は早期に発見できれば大事に至らずに済むことも多いのですが、家族が不安に思って救急車を呼ぶと、その時点で在宅医療を続けられなくなってしまうことがあります。繰り返しになりますが、緊急時の連絡先について在宅医によく確認しておいてください。
 また「家族の介護疲れ」により、在宅医療の継続が難しくなることもあります。高齢者だけでなく、介護をする家族の心身の健康維持も大切なことを忘れないでください。


【よくあるトラブル①】褥瘡ができてしまった

 ベッドで横になって過ごす時間が長いと、褥瘡ができやすくなります。病院では褥瘡予防のために、2時間おきに身体の向きを変える体位変換を行いますが、在宅ではそこまで頻回である必要はありません。家族と訪問スタッフとで合わせて1日に3回くらい体位を変えられれば十分であることが多いのです。
 体位変換を頻回にしなくても、褥瘡のできやすい部分(骨盤の仙骨周辺やかかと)にクッションを敷くといった工夫をすれば、褥瘡はかなり防ぐことができます。
 そのほか栄養状態や血流が悪いことも、褥瘡の原因になります。栄養をしっかり取る、入浴や清拭、マッサージなどで前身の血流を改善するといったケアも褥瘡予防に効果的です。


【よくあるトラブル②】転倒・骨折してしまった

 在宅療養をしている人に多いのが、室内で転倒し、打撲や骨折を負うことです。
 高齢者は足腰や、姿勢を支える筋力が低下しています。またバランスを崩したときに身体を立て直す、とっさに手をつくといった対応ができずに、身体を強打してしまうことが多いのも特徴です。特に一部の認知症(レビー小体型認知症など)やパーキンソン病を持つ人は、身体のバランスを保つのが難しくなり、転倒のリスクが高くなります。また飲んでいる薬の作用でふらつきなどが起こることもあります。
 そして、倒れた衝撃で骨折するケースも多々あります。最も多いのは足の付け根の大腿骨頸部の骨折で、これがきっかけで車椅子や寝たきりになる人も少なくありません。
 転倒・骨折の予防策としては、「在宅医療を始めるための準備をする」にも記したように環境整備がもっとも重要です。ほかに歩行機能を維持・改善するリハビリを行う、筋肉の材料となるタンパク室をしっかり取るといったことも効果があります。
 もし在宅療養中に高齢者が転倒したときは、症状の軽重にかかわらず、クリニックに連絡してください。家族に行ってほしい対応について医師から指示を伝えます。


【よくあるトラブル③】発熱した(呼吸器感染症/尿路感染症)

 高齢者は免疫力が低下しているため、感染症にかかりやすくなっています。
 特に多いのが、誤嚥性肺炎に代表される呼吸器感染症です。一般に肺炎というと高熱が出て、咳などの激しい症状が起こると思われがちですが、高齢者の場合、免疫の反応が弱くなっていて、熱がそれほど高くならないことも珍しくありません。なかには全身の状態が悪くなってから、胸部レントゲンをとってみて初めて肺炎を起こしているとわかるケースもあります。
 微熱が続く、咳や痰が増えている、食欲不振、ぐったりしているといった様子が見られるときは、早めに医師に相談してください。
 誤嚥性肺炎でも軽症の場合は、在宅で治療が可能です。重症のケースは連携している病院で入院治療を行います。
 また呼吸器感染症とともに多いのが、膀胱炎や|腎盂≪じんう≫腎炎といった尿路感染症です。発熱や頻尿、排尿時通、下腹部痛といった症状が典型ですが、高齢者では明らかな症状が出ない場合もあります。
 熱や咳・痰が出る、ぐったりしている、頻尿、尿の色がおかしいといった症状に気づいたときは、医師に伝えてください。


【よくあるトラブル④】熱中症になった

 熱中症も、在宅療養中に注意したいトラブルの一つです。
 高齢者は、若い人に比べて体内の水分量が少なく、少し水分を失っただけで脱水になりやすい傾向があります。また喉の渇きを感じにくい、食事量が減って食事からの水分摂取が減少する、といったことも脱水を助長します。
 高齢者のなかにはエアコンの冷気が嫌いという人も少なくありませんが、熱中症の予防のため、気温の高い夏場は適切にエアコンを使い、室内の温度・湿度を調整してください。設定温度は28℃、湿度は60%以下が良いとされています。
 水分補給の方法としては、コップ1杯程度の水分を1日に数回、こまめに飲むようにしましょう。熱中症の予防には水分と塩分を取るようにといわれますが、活動量の少ない高齢者の場合、塩分摂取量を増やす必要はありません。
 蒸し暑い室内で過ごしていたときや熱帯夜の翌朝、ぼんやりしている、手足のしびれ、発熱、嘔吐がある、意識がもうろうとしているといった症状に気づいたら、急いで医師に連絡をしましょう。


【よくあるトラブル⑤】身体の一部が動かない、意識がおかしい

 高齢者が注意したいトラブルには、脳卒中もあります。脳卒中とは、脳の血管が破れる脳出血や、脳の血管が詰まる脳梗塞といった脳血管障害を総称したものです。
 脳卒中というと突然、意識を失って倒れるというイメージが強いかもしれませんが、そうした激しい発作が起こるのは一部のケースにすぎません。
 特に脳梗塞は、手足のしびれといった軽い症状から始まることもあり、本人も周囲の人も発症に気づかずに悪化させてしまうことがあります。脳卒中の症状は傷ついた血管の位置によってさまざまですが、処置が遅れるほど、血流が途切れた部分の脳細胞が|壊死≪えし≫し、思い後遺障害が残る確率が高くなります。
 脳卒中が疑われる症状は、片側の手足を動かせない、顔の片側に麻痺がある、言葉が出にくい、ろれつが回らない、身体が固まったように動かない、呼びかけても反応がない、などです。こうした様子が見られたときは早急に医師に連絡をしてください。在宅医のほうで救急搬送の手配をします。


【よくあるトラブル⑥】家族が介護に疲れて体調を崩した

 在宅療養では、高齢者の介護をする家族の健康管理にも、十分に注意してください。
 慣れない介護をすること自体、多少なりともストレスになるものです。特に高齢者の心身の状態が不安定になってくると、家族はなかなか気の休まる時間を持てません。さらに認知症で夜中に起きてしまう、夜間の排泄がたびたびあるといった場合は、家族の疲弊も色濃くなります。そうした介護疲れによって体調を崩したり、うつ病を発症してしまったりする例も現実には少なくありません。
 在宅介護をしていて心身の疲れを感じたときは、早めにスタッフに相談してください。日中のデイサービスを多くして、その間にご家族が心身を休め、リラックスする時間を持つことも大事です。
 家族の疲労が強いときは、介護保険のショートステイを使用して高齢者に施設で過ごしてもらい、まとまった休養を取ることも可能です(レスパイト入院といいます)。
 私たちのような在宅医療のチームは、要介護の人だけでなく、ご家族の健康にも常に気を配っています。介護の担う人は決して一人で無理をせず、周りにどんどん助けを求めましょう。

引用:
『1時間でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2017年11月2日
出版社:幻冬舎