見出し画像

患者・家族と在宅医療チームの信頼を築く①

在宅医療のスタート期は、遠慮をせずに何でも相談を

 このパートでは、在宅医療をスタートして間もない時期によく見られる事例を取り上げ、皆さんに知っていただきたい情報を解説したいと思います。

 初めて在宅療養や在宅介護をすることになったとき、何の心配もない、という人は少数派でしょう。ほとんどの人は、大なり小なり気掛かりなことがあると思います。

 病院に入院していた人の場合、在宅では、病院のように24 時間医師や看護師が常駐しているわけではありませんから、「何かあったときにどうすればいいかわからない」というのが、いちばんの不安材料のようです。高齢者や要介護の本人より、むしろご家族のほうが不安を訴えることも少なくありません。
 そもそも治療・療養の環境が変わること自体、緊張を伴う体験です。新しい在宅医や看護師、スタッフらがどういう人物で、どのような支援を受けられるのか。それがわからないうちは不安ですし、緊張するのが当然です。本人・家族の不安があまりに強いときは、在宅療養を続けていけなくなるケースもあります。

 ここで私がお伝えしたいのは、どんな人でも初めて在宅療養を始めるときには、不安や緊張を覚えるものだということです。
 そして、心配なことや気になることは、遠慮なく在宅医療チームに相談をしてほしいと思います。
 患者さんやご家族は、不安なことや困っていることを何でも在宅医療スタッフに話してください。私たちは、患者さんとご家族のそれぞれの事情や気持ちにできる限り耳を傾け、一緒に解決策を考えていきます。
 そうした話し合いを通じて、患者さん・ご家族と在宅医療スタッフとが信頼関係を築き、関係者全員が1つのチームとなって在宅療養を進めていくことが大切です。

 私のクリニックでも、特に在宅医療を始めたばかりのご家族にはより丁寧な対応を心掛けています。
 夜間に電話を受けたときには、電話口でお話しするだけでなく、お宅まで訪問することもよくあります。医療処置が不要なときでも、医師や看護師の顔を見ることで本人・ご家族に安心していただけるのであれば、十分に意味があると考えています。
 また、電話をするほどでもないという気掛かりは、訪問看護師やケアマネジャー、ヘルパーなど、誰でもいいですから話しやすい人に伝えてください。在宅医療チームで常に情報を共有し、必要な対応について検討していきます。

 在宅医療のスタート期の不安を乗り越えられると、本人やご家族に、次第にほっとしたような良い笑顔が増えてきます。自宅で心からくつろいでいる温かい表情を見ることが、私たち在宅医療チームの楽しみの1つでもあります。

 Dさんは、80 代になって肺がんが進んだ状態で発見されました。年齢的に手術療法や副作用のある抗がん剤治療は難しいという判断になり、入院していた病院の医師から相談を受け、当院のスタッフがDさんご夫婦と話をすることになりました。

 病院で、まずDさん本人に話を聴くと、「自分はこのまま病院で死ぬつもりだ」と言います。
 当院の医療連携室スタッフが、「本当は自宅に帰りたいのではないですか?」と尋ねると、Dさんは静かにうなずいています。しかし、しばらく沈黙したあと、「やっぱり家族に迷惑を掛けるわけにいかない」と言い、病院に留まることを主張します。
 次に、Dさんの妻にもお話を聴きました。Dさんが話すとおり、妻は「私が家に1 人でいるときに、お父さんがどうかしたら、とてもみられない」と在宅介護に懸念を示しています。
 Dさんの妻も70 代後半になり、体力に不安があるようです。同居している次男は、平日は仕事でほとんど不在であり、出張も多いとのことです。Dさんは特別に体格がいいわけではありませんが、妻はさらに小柄なため、確かに1 人でおむつ交換などの身体介護をするのは困難、と思う気持ちも理解できます。

 Dさんと妻、それぞれの話を伺った医療連携室スタッフは、何よりDさん本人の「本当は家に帰りたい」という意向を尊重したいと考え、それをDさんの妻にもお伝えしました。
 さらに、妻が行えない介護は医療・介護のスタッフがカバーできること、何かあったときには電話をもらえれば訪問すること、看取りが近づいたときもスタッフが通ってサポートすることなどを丁寧に説明し、ようやくDさんの在宅療養に了解をもらいました。

 Dさんが自宅に帰った当初も、Dさんの妻はやはりどこか不安げで、硬い表情が続いていました。
 自宅に帰って1 週間ほどした頃、夜の9 時頃にDさんの妻からクリニックに初めて電話がありました。Dさんが夕食後から、胸に痛みを訴えていて、つらそうだということです。そこで、在宅医が「わかりました、ご心配ですね。すぐに伺います」と伝え、Dさん宅を訪問しました。
 到着したのは9 時半を過ぎていましたが、在宅医と看護師がDさんを診察し、痛みが強くなったときの薬の使い方などについて、あらためてお話をしました。
ひととおりの診療が終わると、Dさん以上にほっとした表情になっ
たのが、Dさんの妻です。私たちが求めに応じて自宅へ来て、Dさ
んを診たことでとても安心されたようです。
帰るときには「本当にありがとうございました」と頭を下げなが
ら、「これなら、私1 人でも家でお父さんをみられそうです」と力強
い言葉を掛けてくださいました。


【解説!】
「困ったら相談できる」と知ることが、安心の基礎

 最近では、自宅で家族の介護をした経験がある人は非常に少なくなっています。まして、進行したがんの患者さんを家で介護したことがあるという人はほとんどいないでしょう。
 そのためDさんの妻のように、「自分に面倒をみられるのか」「自分1 人のときに何かあったら大変」と考えてしまい、不安にかられるご家族も多いものです。

 在宅介護と同時に、多くの人は在宅医療についても、詳しい知識があるわけではありません。
 在宅医療を始めるときに「24 時間対応可能」という説明を聞いていても、それが具体的にどういうことなのかは、リアルに体験するまでイメージができないことも多いものです。
 残念なことに、ほかの在宅医療クリニックでは24 時間対応をうたっていながら、実際には電話がつながらないとか、電話がつながっても面倒そうに口頭で指示をして終わり、というところもあるようです。そうした話を耳にすれば、患者さんやご家族が不安を抱いたり、疑心暗鬼になったりするのも無理はありません。

 そこで私たちは「自宅にいても、困ったらいつでも相談できる、来てもらえる」を、実際に患者さんとご家族に体験していただくことを日頃から意識しています。
 診療の現場でも、Dさんの妻のように「電話で呼んだら本当に来てくれた」というその事実だけで、心から安心した、自宅でやっていける自信がついたと話してくださる人は少なくありません。
 不安なこと、困ったことがあればいつでも相談できる─と知ることが、在宅療養を進めるうえでの安心の基礎になります。

電話をしてきた人の思いに、寄り添える支援を

 高齢者が在宅療養をしていると、夜間に体調が悪くなるようなことも珍しくありません。
 日中からずっと微熱が続いていて夜になって熱が上がってきた、痰が絡んでいて苦しそうだし眠れない様子だ─そんな夜間の体調の変化は、ご家族も不安がより高まりやすいものです。
 そういうとき、ご家族が「こんな時間に電話をするのは在宅の先生に悪い」と遠慮してギリギリまで家で様子を見ていて、明け方になって不安に耐えきれなくなり、救急車を呼んでしまった─となるケースがあります。救急車を呼ぶと、そのまま地域の救命救急病院で処置や治療を受けることになり、せっかく在宅で療養を始めた人も病院生活に逆戻りになってしまいます。
 こうなってしまうのは“ 在宅医療の負け” だと私は思っています。本人・ご家族が不安になったときに、遠慮なく電話や相談ができる関係を築いていれば、行き違いは確実に防げるはずだからです。

 また一般の方たちは、医師に対して遠慮をする気持ちが強いものです。病院での治療中も、たいしたことのない用事で忙しい医師を煩わせてはいけないと、遠慮をしてきた人も多いかもしれません。
 けれども在宅医療では、そうした遠慮や気遣いは無用です。医師だけでなく看護師やヘルパーなど、さまざまな職種のスタッフが協力して対応しますから、まずは連絡をしてください。
 そして私は、「こんな時間に電話をしたら悪いのでは」と迷いながら、勇気を出して電話をしてきた人の気持ちを大切にしたいと思っています。ご家族が「熱が高くなっている」と話すその言葉の裏に(心配なので診てほしい)という気持ちがあることもあります。電話をかけてきた時点で、本人・ご家族はその前に3 時間も4 時間も苦痛や不安と闘っていたわけですから、安易にもう少し様子を見て、というのも違います。
 そのため夜間に電話を受けたときは、本人・ご家族から直接訪問
を希望する言葉がなくても、「伺いましょうか?」と、こちらから積
極的に声掛けをするようにしています。

【事例4で知ってほしいポイント】

● 在宅医療のスタート期では、高齢者や要介護の人の世話をする家族のほうが不安を感じることが少なくない。

● 家で生活をしていて心配なこと、気になることがあるときは、遠慮なくクリニックに電話をするか、在宅医療チームの誰かに相談をするとよい。

● 本人・家族から求めがあったときに、実際に訪問をすることで安心して在宅療養を続けられるようになるケースも多い。

● 夜間に発熱や呼吸困難といった体調変化があると、介護をしている家族はより不安が高まりやすい。

● 本人・家族からクリニックに電話があったときは、直接訪問を希望する言葉がなくても、電話をしてきた人の不安な気持ちを思いやり、「伺いましょうか?」と提案、確認をしている。


引用:
『事例でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2021年6月1日
出版社:幻冬舎