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夢で逢えたら

続編ですのでこちら読んでない方は是非先に読んでいただけると幸いです。

〈本編〉

ただ静けさがそこには残っていた。

真っ暗な四畳半のワンルームに一人取り残された僕は約束の時を待っている。

耳をすませど何も聞こえてこない。

これが夜の声なんだろうか。

少しの静寂が過ぎ、次は君の声を思い出そうとした。

あれ、どんな声だったっけ。

思い出せたとしても再生されるのは僕の脳内で、

僕という陳腐な物体を通してしか君の声を聴くすべが無くなってしまったのがやけに悲しく思えた。

こんなことならば君を形に残しておけばよかった。

君の写真も、動画もなにもない。

僕は意図的にそれらを消した。

もしも残してしまっていたなら、

それにどうしようもなく縋りついてしまうだろうから。

堂々巡りでやり場のない気持ちがゆらゆら夜に漂う。

君が居なくなった世界で僕はどうしていけばいいのだろうか。

あんなにも愛おしかった君を少し妬ましく思う、そんな瞬間がある。

こんなことはほんとに言いたくないけれど、

ーどうせなら僕も一緒に連れて行ってほしかったんだー

「月明かり、戻ってきてよ」

届くはずのない願いを果てしない闇に向かって吐き捨てる。

雲が少しはけて、束の間、小さな窓から月光は静かに僕の横顔を照らす。

少しだけ、ほんの少しだけ、君が頬にキスをしてくれた感触を思い出した。


君が静かに目をつぶるその日まで僕は必死で普通を取り繕った。

君の最後の記憶が甘く、美しく、輝きを帯びるように。


時刻は零時を指している。

君の言われた通り、ラジオを付けた。

チャンネルは君のお気に入りの番組のままだった。

「こんばんは、ミッドナイトムーンライトステーションから今日も元気に放送してまいります!」

なんて長ったらしい名前なんだろうと君が居たら絶対につっこんでいただろう。

「今日は一年に一度の特別企画、拝啓一年後の自分へ、のコーナーです。」

「ついにやってきましたねえ、僕いつもこの企画が待ち遠しくてね、そのためにDJやってるって言っても過言じゃないですよ」

「それは過言すぎやしませんか、はは(笑) まあ僕も大好きなんですけどね、このコーナー」

真夜中なのに元気な二人のDJの会話が陰気な僕の部屋を少し明るくさせた。

「では一通目、濃いめのコーンスープさんからのお便りです…」

見知らぬ他人の一年前からの手紙をぼうっと聞き逃し、

気付けば君とのちょうど一年前のことを虚しく思い出していた。

「二通目は… 月夜さんからですね、いかにもこの番組にピッタリなお名前だなあ。もしかしてヘビーリスナーだったりして… 今も聞いていますかあ~」

「よし、じゃあ読み上げていきますね。 ってあれ? これ自分に向けてのっていうより誰かに向けた手紙だね。まあこのまま読み進めていきます~」

少しドキッとした。


「拝啓一年後の君へ、私はきっと一年後にはこのラジオを聞いてることはないから、これは夜更かしが苦手な君に宛てたもの。ほんとはね、死んでしまう前に手紙を書こうかと思ったけれどそうしたら綺麗に死ねてしまって私という存在が君の中できれいに無くなってしまうんじゃないかって怖くて書けなかった。だからこうやって君が一番嫌がりそうなドラマチックなお別れを選んだんだ、ごめんね。最近どう?君は強く生きているかな?彼女は作れたかな?」

…君だ、正真正銘、君からの手紙だった。

「でもね、伝えたいのはね、君には私を忘れないでほしい。だけど君に君の人生を前を向いてしっかり歩いてほしい。これから先もたくさん恋をしてほしい。そしてたくさん泣いて、笑って怒って、がむしゃらに生きてほしいの。私に生きる幸せを教えてくれたあなたにはとことん幸せになってもらいたい。こうやってラジオ越しに君に語りかけても実際君の人生を歩むのは君自身なんだからもうしゃんとして明日からくよくよせずに生きるんだよ。分かった?」

「最期まで私のそばにいてくれてありがとう。私、ほんとうに幸せだった。」

「…」

陽気なBGMが空気を読まずに流れ続けた。

「いやあ、言葉を失いましたね。DJをずっとしてきてこんなことは初めてですよ」

「月まで届いているといいですね、このラジオ」

「きっとね、」

「では最後にリクエスト曲を流しましょうか」

夢で逢えたら



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