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ムーンライト・キッス

あなたの横顔を照らす月明かりのような存在でありたいと思う。

体をおもむろにベットに預け、

遠くに沈みゆく真っ赤な夕日を目で追いかけていると、

そんな風に感じた。

燃えるような夕日は確かに優しくて魅力的だけれど、

みんなの前で当たり前のように沈んでしまうでしょう。

世界をあれだけ暖かい赤で色づけておいて、

沈んでしまったとたん一瞬世界から色が無くなってしまうような、

あの刹那が私は好きじゃないから。

それに比べて、

月明かりはふとした時に上を見上げると煌々と輝いていて、

みんなが知らない間にふっと消えてしまうから、

悲しいとは思うことはないでしょう。

二人だけのきれいな思い出だけがぼんやりとあなたの心に輝き続ける。

それだけで十分なはずだけれど、

日が経つたびに、私の体が弱っていくたびに、

哀しさだけが増えていくことは鈍感な私でも気づいていた。

少し空気を入れかえようと窓を開ける。

秋風が次第に寒く感じるようになってきた。

もうすぐ冬が来る。

私にも同じように来るのかはわからないけれども、

君が寒さを感じたときに少しでも私を思い出してくれたらいいな、と思う。

しばらくぼうっとしていると、彼が仕事終わりにやってきた。

彼はもともと口数が多いほうではないし、

私はずっと入院生活だからお互い話すこともほとんどない。

けれど君は毎日決まって午後七時ごろに来ては、

手をつないでただただ何もない時間を溶かす。

二人に残された時間を考えることはもうやめた。

いつか来るお別れも後付けでいい。

今、ここに確かにある、

誰にも奪われない、誰にも触れない、私たちの愛を優しく二人で包み込む。

月明かりが病室に入ってきた。

君の目に入り込み、キラキラと反射している。

君が少し照れながら微笑んだ。

私もそんな風に美しく見えていたらいいなと思う。

「月明かりが私だからね」

澄んだ空気を震わせて私が言った言葉を君はしっかり受け止めた。

「僕は君を包む夜空になるよ」





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