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(7)「場合」と「とき」

こんにちは。テクノ・プロ・ジャパンの法務翻訳担当です。コラムのネタ探しのために法律の条文を読んでいたら、こんな表現に出会いました。

障害児の父若しくは母がその障害児を監護するとき又は父母がないか若しくは父母が監護しない場合において、当該障害児の父母以外の者がその障害児を養育する(その障害児と同居して、これを監護し、かつ、その生計を維持することをいう。以下同じ。)ときは、その父若しくは母又はその養育者に対し、特別児童扶養手当(以下この章において「手当」という。)を支給する。

「特別児童扶養手当等の支給に関する法律」第3条。太字は本稿筆者によるもの。

「場合」と「とき」はどちらも条件を示す表現で、基本的には語感に応じてどちらを使ってもかまわないとされているのですが、上記条文の太字の「とき」は「場合」に変えることができません。この点がちょっと面白かったので取り上げることにしました。


「場合」と「とき」の使い分けが必要な場面

さて、基本的には語感に応じてどちらを使ってもかまわないと書いた「場合」と「とき」ですが、使い分けが必要な場面もあります。それが、条件が2つ重なる場面です。条件が2つ重なる場合には、大きな(=先に書かれている/先に満たされる必要がある)方の条件に「場合」、小さな方の条件に「とき」を、それぞれ使います。接続詞「及び・並びに」「又は・若しくは」と似ています。

つまり、AとBの2つの条件があって、そのどちらも充足しなければならないというようなことを言いたい場面(※)では、「Aの場合において、Bのときは、~とする」のような書き方をします。

(※)単に条件が2つというだけなら「Aで、かつBの場合」みたいな書き方もできるので、条件が2つ重なっていて、その条件のレベルに大小・上下の差がある場面、と書いた方が、ひょっとすると正確かもしれません。


冒頭の条文の「とき」

では、冒頭に取り上げた条文の太字部「とき」をもう一度見てみましょう。

障害児の父若しくは母がその障害児を監護するとき又は父母がないか若しくは父母が監護しない場合において、当該障害児の父母以外の者がその障害児を養育する(その障害児と同居して、これを監護し、かつ、その生計を維持することをいう。以下同じ。)ときは、その父若しくは母又はその養育者に対し、特別児童扶養手当(以下この章において「手当」という。)を支給する。

この「とき」は「場合」が先行していませんので、語感を気にしなければ一見、「場合」に変えても良さそうな気もします。が、ここはおそらく、敢えて「とき」が用いられています。その理由は、「とき」直後の接続詞「又は」の存在です。

上の条文で太字にした「又は」がつないでいるものは以下の2つです。

  1. 障害児の父若しくは母がその障害児を監護するとき

  2. 父母がないか若しくは父母が監護しない場合において、当該障害児の父母以外の者がその障害児を養育する(中略)とき

上の条文では2つの「とき」を並べているのですが、2つめの「とき」の方に「大きな条件」としての「場合」がついていますね。これがポイントです。

ここで仮に1つめの「とき」を「場合」に変えてしまうと、「又は」がつなぐものが次の2つに変わってしまったような感が強まります。

  1. 障害児の父若しくは母がその障害児を監護する場合

  2. 父母がないか若しくは父母が監護しない場合

そして、その2つの「場合」の後に、「当該障害児の父母以外の者がその障害児を養育するとき」という条件が続く格好になります。その結果、手当の支給を受けるための条件が、「父母が障害児を看護しているかどうかにかかわらず、当該障害児の父母以外の者がその障害児を養育していること」というような誤解を招くおそれが生じてしまうわけです(よく考えれば非合理かつ意味不明なので、この点で紛争が起これば最終的には当初の読み方が正しいという結論に至ると思いますけれども)。

もちろん、「場合」に変えた場合でも、

  1. 障害児の父若しくは母がその障害児を監護する場合

  2. 父母がないか若しくは父母が監護しない場合において、当該障害児の父母以外の者がその障害児を養育する(中略)とき

の2つを「又は」で並置するという読み方もできなくはないと思います。が、誤読の余地をなくすという点では、元の条文の方がずっと良いでしょう。興味深い事例です。


おまけ:英語の場合はどうか

主な話はここまででも十分なのですが、翻訳会社らしく翻訳に絡んだ話もしておきましょう。「場合」や「とき」と訳しうる英単語はたくさんあります。Ifwhenはもちろん、providedunlessなども条件としての訳ができる場面があります。しかし、「場合」「とき」のように条件の大小・上下に応じて単語を使い分けるようなルールは、英語にはないようです。この点も、「及び・並びに」「又は・若しくは」に似ています。

英文契約の方が条文が長くなりがちであることを考えると、個人的には何か単語・形態で区別する方法があっても良かったんじゃないかという気もしますが、仕方ありません。もっとも、日英翻訳のように英文を書く側になった場合には、セミコロンを使うなど、色々工夫もできましょう。明快な文を心がけたいところです。

法務翻訳・リーガル翻訳マガジン


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