(8)条・項・号とclause、section、paragraphその他:基本のはなし
こんにちは。テクノ・プロ・ジャパンの法務翻訳担当です。今回のテーマは「条・項・号」です。最近、訳文を検討しているときにふと、この問題に少なからず悩まされていることを思い出しました。
日本語の「条」「項」「号」、「編」「章」「節」のように、英語にも条項およびその集まりを表す言葉がいくつかあります。「article」、「clause」、「section」、「paragraph」などです。英語ではこのあたりの単語の用法が必ずしも一定していないので、たとえば「section」=「節」などと機械的に訳しているとどうにもしっくり来なかったりします。今回は、その辺のことを少し取り上げてみたいと思います。
日本語の「条」「項」「号」、「編」「章」「節」などの使い方
では、まずは日本語からまいりましょう。最初は「条」「項」「号」です。ごく簡単に言えば、大きい順に「条」→「項」→「号」です(厳密には、「号」は扱いが違います。下記※参照)。たとえば、以下の条文をご覧ください。
引用元:民法(e-gov法令検索)。ただし、色づけは本文筆者によるもの。
「第二百四条」という1つの「条」が、
「代理権によって占有をする場合には~」という「項」と、
「占有権は、代理権の消滅のみによっては~」という「項」
とに分かれています。そして、1つめの方の「項」はさらにその中に、
「一 本人が代理人に~」
「二 代理人が本人に対して~」
「三 代理人が占有物の所持を~」
という3つの「号」を抱えている、という構造です。
(※)厳密に言うと、「号」は「項の中の小さなかたまり」ではありません。「号」は「条や項のなかで項目を列挙したい場合に使うもの」です。なので、「項はないのに号がある」(単項建ての条文に号が出てくる)ということもありえます。この点、Yahoo知恵袋で該当する条文を見つけてくださった方がいらっしゃいました。介護保険法第十条だそうです。そして、同じ方が書いてくださっているとおり、第十二条には「第十条第四号」という表現も出てきます。「条・項」と「号」は、レイヤーの違うものなのです。
「編」「章」「節」は、「条」よりも大きなくくりです。「条」をいくつかまとめたいときは、まず「章」を使います。そして、その「章」を細分化する必要があるときは、「節」を使います(さらに細分化が必要であれば、「款」、「目」というのもあります)。逆に、「章」をいくつかまとめたいときは、「編」を使います。
まとめると、大きい順に「編」→「章」→「節」→「条」→「項」(+「号」)となります。
本節の参考文献:『法令の読解法』(田中信威著、ぎょうせい)
日本語の「条」「項」「号」などに対応する英単語
さて、今度は英語の方なのですが、1対1で対応する表現はありません。ある契約書では「条」をsectionと表現していると思ったら、違う契約書ではarticleと表現したりします。
条がSectionの例
条がArticleの例
条がClauseの例
https://www.fornav.com/documents/EULA.pdf
この辺はひょっとすると、地域差(や、そもそも起案者の母国語が英語であるかどうかの差※)もあるのかもしれません。いずれにせよ、どれも正しいわけですから、たとえば日英翻訳に際して「条に一番ふさわしい英単語は何だろう」などと思い悩む必要はありません。一貫して特定の単語を使えていれば、まず問題ないでしょう。
(※)たとえば、契約書を日英翻訳すると「条」が「Article」になっていることが多いような気がします。
では、英日翻訳の場合はどうでしょうか。こちらは、日本語の決まったルールに則った表現を充てていくのが基本になります。具体的な英単語が何であったかという点については、それほど神経質になる必要はありません。ただし、少し注意が必要なのは、同じ単語であっても「条」だったり「項」だったりすることがあるという点です。
たとえば、上の「条がSectionの例」のところに示した契約書は2つとも、「条」だけでなく「項」や「号」もSectionで表現されています(そのため、上の「条がSectionの例」は、正しくは「条も項も全部Sectionの例」でした)。以下の条文はその具体例です。
上記例では、「Section 6のa.から始まる条文」のことを、「Section 6(a)」という形で言及しています。「a.」、「b.」などから始まる条項は「Section 6」の中の小さなかたまりですので、いわば「条」に対する「項」に相当するものです。それを単に「Section 6(a)」と表現しているわけです。
では、英語では「条」「項」「号」を単語で区別しないのか、というと、必ずしもそうではありません。「どの単語を使うか」と同じく、「単語を区別するか」についても、起案者によって差があります。たとえば、以下のページでは「条」がSection、「項」がparagraphとSectionの混在になっています。
条がSection、項はSectionとparagraphが混在している例
Trend Micro End User License Agreement
もっとも、この契約書で両者が混在しているのは、考えてみると割と自然です。「混在している」というよりも、「項」にもSectionを使いつつ、必要に応じてparagraphを使っているという感じだからです。たとえば、この契約書の第27条第J項には「under this paragraph」という表現が出てきます。以下に引用します。
この「under this paragraph」が「under this Section」だと少々面倒です。Paragraphは字義的には「段落」なので、「this paragraph」というと「27J」としか解釈できないのに対し、「this Section」というと「Section 27J」とも「Section 27」(第27条の第A項から第L項まで全部)とも解釈しうる多義性が生まれるからです。ただ、絶対に誤読されたくなければ「under this Section 27J」と書く手もある(実際「Section 27J」と書いている箇所もある)ので、混在が最善かどうかは判断を保留します。
あとは、珍しい例だと、「Clause」といったら原契約の条項、「paragraph」といったら附属書類の条項を指すというパターンも見たことがあります。こちらは、わざわざそのような趣旨の条文を設けて説明してありました。めったにない特殊例でしょう。
いずれにしても、「Sectionだから条」のような1対1の対応ではなく、具体的な状況に応じて対応する表現を充てていくようにしたいものです。
…ところで、冒頭に「この問題に少なからず悩まされている」と書きました。Sectionその他については、「具体的な状況に応じて対応する表現を充てていく」ということで一応の結論が出ているにもかかわらず、私はいったい何に「少なからず悩まされている」のでしょうか。そちらについては、また次回に回すことにしましょう。
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