【書評】 21世紀のイノベーションは、売り方の工夫から
川上 昌直 (著) 収益多様化の戦略―既存事業を変えるマネタイズの新しいロジック
Forward
著者は兵庫県立大学の教授で、専門はビジネスモデルやマネタイズ。特にマネタイズの分野で著書が多く、それなりの地位を確立しているようだ。
Key Takeaways
価値創造から価値獲得へ
本書の提言は至ってシンプルだ。書評のタイトルにもあるとおり、日本企業は売り方を変えるだけでイノベーションを起こすことができる。これに尽きる。その上で、重要と思われる用語をいくつか定義しておく必要がある。
まずは「価値創造」。これは従来の意味での「イノベーション」に近い。近年の具体例はiPhone、Spotify、Tesla、ChatGPTあたりだろうか。ここで日本のブランドが想起されないのが非常に残念でならないが、それだけに本書の提言が効いてくる。ちなみに、これを本書では「価値創造イノベーション」と呼んでいる。
次に「価値獲得」。これが本書の核となる用語で、簡単に言ってしまえば既存プロダクトの売り方を工夫することを意味する。例えばEVをつくるのは価値創造にあたり、消費者に販売することでマージンを得るのは単なる収益化。ここでテスラのように、自動運転のソフトウエアをOTAで販売することは価値獲得であり、本書のタイトルにもある「収益多様化」を実現している。
この価値獲得によって収益多様化を実現することを、本書では「利益イノベーション」と定義する。なるほど、イノベーションと名付けることで価値獲得にも価値創造と同等の重要性を与えようという目論見は面白い。
では「ビジネスモデル」の定義はどうだろう。本書では明示されていないものの、価値創造によって生まれたイノベーションを、価値獲得によって利益イノベーションに結びつける戦略のことをビジネスモデル、と捉えることができるだろう。その上で、本書の興味深い引用をご紹介する。
「お客さんが喜べばいい」のではなく、「我が社の利益」も追求する。ごくごく当たり前のことだが、前者が美化されるあまり後者の意識が薄くなっているきらいがある近年においては、非常に重要な指摘だ。
失われた30年を抜け出すために
ではなぜ、日本企業において価値獲得が重要なのか。以下の引用に全てが詰まっている。著者の魂がこもっている、素敵な文章だ。
価値創造のメンタルブロック
価値創造が大切であることは、アップルやアドビ、テスラなどアメリカの名だたる企業の成功例を目の当たりにすれば当然理解できたはずだ。それなのになぜ、日本企業は価値創造に踏み切れないのか。
著者は高度経済成長期における、価値創造による成功体験が邪魔をしていると分析する。価値創造さえしていれば会社にはそれなりの利益がもたらされ、消費者も喜んでくれる。そんな無邪気なスパイラルが「日本株式会社」の首を絞めてきた。これを著者は「価値創造のメンタルブロック」と呼ぶ。
コストコの全利益は価値創造から
さて、具体例を一つだけ挙げよう。本書で何度か言及されているアメリカ発の小売大手コストコの事例が最も分かりやすい。
言わずと知れたコストコは大量の商品を圧倒的な低価格で提供する倉庫型スーパーマーケット。なぜあのような低価格を実現できるのか。当然ながら大量に商品を仕入れるため、サプライヤーからディスカウントを受けやすいということが考えられる。
そこで財務資料を紐解いてみると、驚きの事実が隠されていることに気がつく。
コストコの利益のほとんどは、年会費なのだ。これがコストコの価値獲得であり、それを背景に低価格を実現し、リピーターを絶やすことなく事業を回し続けている。
さて、果たしてこの利益構造を投資家はどのように評価しているのだろうか。
試しにGoogle Financeでコストコの株価とナスダック総合指数の推移を相対比較してみたところ、コストコがアウトパフォームしていた。
さらに定性的な評価も聞いてみたいと思いポッドキャストを漁っていると、食や農業に詳しいアメリカの資産運用会社の投資家が「ウォルマートなど他の小売企業とは決定的に違うモデル」として年会費の存在を挙げていた。
実際にコストコとウォルマートの株価推移を比較すると、コストコの方が評価されていることが分かる。
興味深いのは、コストコの圧倒的なブランド力と顧客満足度だ。アメリカの調査会社が2022年に3万6000人の消費者を対象に実施した満足度調査では、コストコが1位。ウォルマートは引き離されている。やはり年会費で稼ぐことを決め込んでいる分、コストコは低価格を許容でき消費者を惹きつけていると言えるだろう。
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トヨタ渾身のサブスク、Kintoの失敗
冗長になってしまうためここでは触れないが、本書は価値獲得の方法を30種類に分けて詳細に解説している。
「①主要顧客から、②主要プロダクトで、③直ちに利益回収する」ことを雛形(というよりも、何のひねりもないただの製品販売)として、これをテコ入れした価値獲得方法を列挙している。
この雛形の中で①②③のいずれかをいじると(本書の表現を使うと「スイッチを入れると」)、価値創造が生まれる。
例えば流行りの定額制サブスクリプションはどうか。「主要顧客から、主要プロダクトで、時間をかけて利益回収する」モデルと言える。つまり③をいじったのだ。
さて、この定額制サブスクで失敗例として挙げられているのがトヨタの自動車サブスクKintoだ。
冒頭、ビジネスモデルは「お客さんのため」にならないといけないと記した。Kintoは気を衒っただけで、ユーザーに負担をかけたモデルだったため失敗したと言える。全ての製造業に反面教師として見習って欲しいケーススタディーだ。
Afterwards
Kindleの半額セール(ポイント還元)に釣られて購入した本書だったが、早くも今年のベストバイになりそうな予感がする。
価値獲得という新語の定義に成功しており、経営者の意識にパラダイムシフトを促しうる内容だと思う。
この手のビジネス書は確証バイアスに陥ってしまうことが多い。要するに自らの主張に適合するケーススタディーのみを集めてしまうという問題だ。しかし本書では、例えばKintoの失敗例のように一見「価値獲得」を実践しつつも、実はそもそもユーザーの利便性を損なっているケースも取り上げている。
点数をつけるならば9 out of 10くらいだろうか。M-1グランプリの審査員になったつもりで採点すると「序盤に満点は出しづらい」という意識が出てしまった。気持ちの上では、十分10 out of 10に値する。
See you next time…
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