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【書評】 返信が早い起業家は成功する?

読後感

  • 本書はビジネスチャットツールの「Chatwork」創業者による、エンジェル投資の要諦についてまとめたものだ。想定読者としては駆け出しの起業家や、起業家への投資を考えている経営者といったところか。

  • 仕事柄スタートアップの経営に関わることが多い私にとって、エンジェル投資のお作法やプロセスはあまりに基礎的だったため、少々退屈してしまったというのが正直なところだ。

  • しかしそれでも、本書を途中で放り出さずに最後まで読み通したのには理由がある。「良い起業家」の要件で「なるほど」と頷ける部分があったこと、そして本書のところどころに散りばめられた「コラム」が興味深かったためだ。そのコラムとは創業者自身がどのようにChatworkという会社を経営し、ポテンシャル・ライバルの存在も視野に入れながらいかにして自社のポジショニングを認識していたかを綴ったものだった。

  • したがって読後感としては「棚からぼたもち」くらいが適当だろうか。それほど期待せずに読み始め、それほど期待に沿った内容ではなかったものの、最終的には一定の学びを得ることができたためだ。

Key Takeaways

返信には優先順位をー「仕事ができるひと」の説法

  • よく「仕事ができるビジネスパーソンはメールやチャットの返信が早い」とまことしやかに語られるものだ。私も同じで、上司や同僚から口酸っぱく言われる。しかしこうした説法を耳にするたびに、なぜかモヤモヤとした違和感を覚えるのだ。私があまり実践できていないということも理由の一つではあるだろうが、妙に納得がいっていなかった。さて、ここで本書から引用する。

起業家へメッセージを送ったときの返信の早さも、ひとつの基準になります。これはシンプルですが、かなり重要です。起業家に限らず取引先や社員においても返事の早さが仕事のできる、できないに直結していると私は思っています。

山本敏行・戸村光. 投資家と起業家 (Japanese Edition) (p. 82). Kindle Edition.
  • ここまでは居酒屋で上司から聞く説法と同じ。秀逸だなと思ったのが以下の文章だ。

仕事ができる人のレスポンスがなぜ早いかというと、判断すべき事項の意思決定の早さ、返信すべきメッセージの優先度や取捨選択ができている、自分がやらなくてもいい仕事を人に振ることができている、返信の早さが重要なことをわかっているからです。

山本敏行・戸村光. 投資家と起業家 (Japanese Edition) (p. 82). Kindle Edition.
  • なるほど、仕事ができる人は返信すべきメッセージの優先順位を巧みに付けているというのだ。つまりは優先順位が低いメッセージについては徹底して無視を貫いている(というのは言い過ぎで、例えば数時間や半日後にようやく返信するのが一般的だろうが)。

  • ここからは著者の意図とは離れるかもしれないが、上記のロジックを踏まえるならば、メッセージを送る側の心構えも重要だろう。なにしろ「レスポンスが早いこと」を優秀なビジネスパーソンの必要条件とすると、優秀なビジネスパーソンからのレスポンスの早さによって、自分のメッセージ(ひいては自分そのもの)の重要性を測ることができるのだ。

  • つまりは優秀なビジネスパーソンからのレスポンスが遅ければ、それは相手が凡庸なビジネスパーソンだからではなく、相手が自分の優先順位を下げているからだ、と見るべきなのだろう。するとメッセージを送る側としても気が引き締まることになる。エンジェル投資家に置き換えるならば、なんとかバリューが得られるような質問なり意見なりを、優秀な起業家に送り続ける必要がある。

Chatwork成功の秘訣ー徹底したライバル分析

  • SlackやTeamsを使用することが多い私にとって、誤解を恐れずに言えばChatworkを使用する意義は全く見出せない。それでも東証グロース市場で成果を出しているのだから、何かしらポジショニングやマーケティングの妙味が隠れているのだろうと考えていた。本書の「コラム」を読み進めていくと、答えが朧げながら浮かんできた。

テックジャイアントが参入してくる分野ではあるものの、5年は猶予期間があるのでその間に一気に成長させて、日本発のITサービスで世界を狙うという意思決定をしました。

山本敏行・戸村光. 投資家と起業家 (Japanese Edition) (p. 132). Kindle Edition.
  • どうやらChatworkは当初、先行者優位を狙ったようだ。開発を開始したのは2010年。Slackのサービス開始が2013年だというから、確かに早い。そしてGoogleやMicrosoftの強みや直近の動向を見極めつつ「5年は猶予期間がある」と予測してサービスインした勇気は、なかなか真似できるものではない。

  • 以下は著者が当時分析していた、各「テックジャイアント」の強みと弱みの一例だ。

Googleはエンジニア色が特に強い会社なので仕様が決まっているメールやカレンダーなどのプロダクトは強いもののSNS(Google+)やコミュニケーションなどのサービスには弱く、ことこどく失敗しています。

FacebookはSNSがメインで対象が個人中心なので参入してきても、ビジネス向けには優先度が低い会社なので問題なしと判断。Facebookページが一時期法人向けに一気に台頭しましたが、やはり個人向けの広告が主力のビジネスモデルなので予想通りFacebookページは廃れていきました。Appleは法人向けが弱いのが特徴です。また、Appleの製品群内にユーザーを囲い込むのでハードウェアとソフトウェアのどちらも強く、競合になったらとても怖い会社です。しかし、どんなデバイスでも使えるクロスプラットフォームでないとそもそもビジネスチャットは成り立たないので問題なし。

山本敏行・戸村光. 投資家と起業家 (Japanese Edition) (pp. 131-132). Kindle Edition.


Chatwork成功の秘訣ー日本市場でのポジショニング

  • もう一つChatworkの歴史を振り返る中で興味深かったのが、戦略転換だ。もともと日本発でアメリカでも日常的に使用されるSlackのようなスケーラビリティを想定していたのだろうが、アメリカでは不発に終わった。そこで採用したポジショニングが秀逸なのだ。ターゲットは日本市場、そしてクライアントは地方自治体や中小企業だ。

地方創生は自治体や企業、地元住民、その他関係者が入り乱れてあちこちでプロジェクトが立ち上がるので、コミュニケーションツールとしてChatworkが一番適していました。さらにアメリカ発、韓国発、中国発の競合サービスとちがい純国産のChatworkで、しかも地方創生を応援してくれる会社となれば、東京の大企業で行われるコンペでされるような機能比較や料金比較の結果など関係なくChatwork一択になります。そこに活路を見出しました。

山本敏行・戸村光. 投資家と起業家 (Japanese Edition) (p. 196). Kindle Edition.
  • 「地方創生」というビジョンを掲げることによって、いかにも地方自治体や中小企業に刺さりそうなプロダクトへ、一瞬にして変貌を遂げた。この一節は実に痛快で、「コラム」でありながら最も学びの多かった部分だ。

Chatwork成功の秘訣ー1000社という既存アセット

  • もうひとつ、Chatworkの普及に一役買ったと思われるアセットがある。それはChatwork開発前の会社が懇意にしていた取引先だ。日本政府が働き方改革の大号令をかけるなか、代理店として業務効率を上げるサービスを提供していた。なかでも現Google Workspaceの日本第一号の代理店だったことが効いた。

Chatworkを始める前からEC Studio[旧社名]には働き方改革やDXに興味のある1000社以上の顧客がいました。

山本敏行・戸村光. 投資家と起業家 (Japanese Edition) (p. 136). Kindle Edition.
  • 著者はサラッと書いているのだが、このアセットはスタートアップにとっては非常に重要だ。クリティカルだと言ってもいい。これだけのアセットがあったならば、おそらくマネーフォワードやフリーのような会計ソフト、SmartHRのような人事労務ソフトも矢継ぎ早にスケールさせることができたのではないだろうか。もっとも、スタートアップにそんな芸当ができる組織体制も人員もないだろうが。

Farewellに代えてーエンジェル投資の魅力

  • 自分もいつかエンジェル投資家になりたいと、強く思った。ある程度の積み立て投資とエンジェル投資を組み合わせたポートフォリオを組むことで、期待リターンのほどは眼中にないが、少なくとも充実した人生を送ることができるような気がする。

See you next time…

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