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月経周期・PMS/PMDDにおける自律神経活動の変化に関する研究事例

 閲覧ありがとうございます。データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。

 以前、ロッテ様とPMS(月経前症候群)に関する研究の取り組みを進める上で、月経周期やPMS・PMDD(月経前不快気分障害)の研究事例を調査する過程で得た知識を「月経周期の仕組みとそれに関連する精神・身体の変化」という記事にまとめさせていただきました。

 今回は、それらの基本的な知識をベースに、「月経周期・PMS・PMDDの心拍変動/自律神経活動の変化に関する複数の論文を読み、確認できたエビデンス」を整理をしました。こういった研究に興味のある方や、月経やPMSに関する理解を抽象から具体に近づけることに役立てれば幸いです。


1. 全体を通しての背景・課題感

 精神・身体の変化に関して、拍動データを元にしたデジタルバイオマーカーで、その症状の度合いや予後、さらにその予測を行おうする動きは近年活発化しています。精神・身体は複雑で、多くの検証を積み重ねることがまだまだ必要な段階と言えます。また、女性のホルモン変化に伴う精神・身体への影響は男性に比べて大きいと考えられ、その状況下におけるデジタルバイオマーカー(ここでは心拍変動)の変化を測定・分析・考察することが非常に大切です。

2. 確認できたエビデンス

 今回は、4本の論文を調査しました。その研究結果に基づき、月経周期・PMS/PMDDと心拍変動/自律神経活動の変化について、正確にまとまっていた部分を抜粋し、ここにまとめたいと思います。

2-1. PMS/PMDDの場合、卵胞期から黄体後期にかけて、自律神経活動が低下する

 PMS、PMDD、症状がないあるいは軽度の計3群で、月経の卵胞期と黄体期後期の自律神経活動の変化を比較した研究があります。その研究では、PMS症状がないあるいは軽度の群では、自律神経活動が月経周期に応じて変化しないことが認められました。[1]
 一方、PMS群では、卵胞期と比較し、黄体後期の総自律神経活動指標(Total power、TP)と副交感神経活動指標(High frequency成分、HF)が有意に低下していました。また、PMDD群では、黄体後期の不快症状がPMS群よりも一層強く、自律神経活動に関しては,他の2群と比較すると卵胞期・黄体後期の両期において心拍変動が減衰、併せて全ての周波数領域の値が顕著に低下していました。[1](図1、図2)
 PMS/PMDDではない場合は、絶対に変化しないとは言えないとは思いますが、やはりPMSやPMDDに該当する人ほど、自律神経活動が顕著に低下していることがこの研究を通しても確認できました。PMDDはメンタルヘルス疾患の一つなので、他の研究からも類推できるかもしれませんが、PMSの場合も同様の傾向にあるようです。

図1. PMS/PMDD/コントロール群の卵胞期・黄体後期における周波数値の変化 [1]
図2. PMS/PMDD/コントロール群の卵胞期・黄体後期における自立神経活動総量値の変化 [1]

2-2. 黄体期後期になると、副交感神経活動指標が低下する

 上記の研究に比べて、この研究は健康な若年女性を対象とした研究です。この研究では、上記の研究では確認できなかった卵胞期から黄体期後期にかけての副交感神経活動指標(HF)の有意な低下が確認できています。具体的には、HFが低下する一方で、交感神経活動指標(Low Frequency成分、LF)が増加し、そのバランスとなるLFHF比率も変化しています。[2](表1)

表1. 増殖期と分泌期における自律神経活動指標の比較 [2]

 なお、上記では、増殖期を卵胞期、分泌期を黄体期後期に割り当て、解釈しています。

2-3. PMS患者は、黄体期後期、睡眠中の副交感神経活動が低下する

 この研究では、睡眠中の自律神経活動を対象に分析をしています。その結果、PMS女性(特に重度)は、症状のない卵胞期と比較して、黄体期後期に症状がある場合、SDNNが低く、HF成分(RMSSD)が低いことがわかりました。また、ノンレム睡眠とレム睡眠中の心電図データを解析したところ、PMSの女性は卵胞期と比較して黄体期後期のHF成分(High Frequency Power)も低いことが明らかになりました。このHFパワーの有意な低下は、上記の研究と同様に、副交感神経活動が低下していることを示唆しています。[3](表2)

表2. PMS群/Control群における睡眠中の心拍変動値の変化 [3]

3. 今後の課題

 上記の研究以外にも多くの研究がありますが、共通して述べられているのは、データ数の少なさです。そもそもの研究協力者数の総量もありますが、個人的には、観測できるデータの総量も課題だと思いました。データの品質はもちろん良いとは思うのですが、従来のデータ計測方法だと、1人あたりで取得できるデータ数もそれに対する負荷も大きいです。
 つまり、ウェアラブルデバイスを用いた研究がもっと盛んになり、このような研究を追実験し、よりエビデンスの正確性を高めることができたらな、と思いました。

4. 参考にした論文

4-1. 生体のゆらぎ現象から心身相関を探る
~心拍変動から評価した自律神経活動動態と月経前症候群・月経前不快気分障害との関連~

 この研究では、PMSが、種類や程度、継続する期間を問わなければ、性成熟期女性の大半が何らかのPMS 症状を自覚しているといわれている中、その要因はいまだ明らかにされていないことを背景に、研究が進められています。
 正常月経周期を有する20〜40 代の女性62名を対象としています。月経周期は、基礎体温及び尿中の卵巣ホルモン・クレアチニン補正値を基準に決定しているようです。また、自律神経活動は、心拍変動パワースベクトル解析により評価しています。さらに、月経周期に伴う身体的・精神的および行動 変化は、Menstrual Distress Questionnaire(MDQ) により判定しています。  
 そして、MDQスコアの増加率に応じて、被験者をControl群、PMS群、PMDD群の3群に分け、卵胞期から黄体期後期への不快症状増加率と自律神経活動動態との関連を詳細に分析した研究です。

4-2. Effect of Different Phases of Menstrual Cycle on Heart
Rate Variability (HRV)

 これは、健康な女性50名を対象とした18-25 歳の年齢層で横断的(観察的)研究です。心拍変動はECGで記録し、そのデータは、月経周期の月経、増殖期、分泌期における時間領域解析と周波数領域解析を施しています。
 そして、収集したデータを、対応のあるt検定を用いて統計的に分析しています。

4-3. Reduced parasympathetic activity during sleep in the symptomatic phase of severe premenstrual syndrome

 重度のPMSにおける自律神経活動のバイオマーカーとして心拍変動(HRV)を用いた研究はほとんどないことことを課題とした研究です。
 重度のPMSの女性9名と対照者12名を対象に、外的障害が比較的少ない状態である睡眠中のHRVを分析しています(ECG)。

4-4. Influence of the menstrual cycle on nonlinear properties of heart rate variability in young women

 この研究は、月経周期における心拍変動の非線形特性の変化を、サンプルエントロピーなどの複雑度の測定によって評価し、それらの解釈の可能性を探ることを目的としたものです。
 16人の健康な女性において、各女性の月経周期の卵胞期と黄体期の両方で記録された1,500個のR-R間隔データと、血清卵巣ホルモン濃度と甲状腺関連ホルモン濃度を分析しています。

5. 弊社に関して

 弊社では、デジタルバイオマーカーを作成するために、多くのウェアラブルデバイス・医療機器を扱い、データの取得・分析を実施しています。さらに、臨床試験のデジタル化、バイオマーカーの開発に向けたデータ収集・分析基盤をご用意しております。少しでもご興味を持っていただいた方は、お気軽にご連絡ください。

6. 参考文献

[1] 松本 珠希, 後山 尚久, 木村 哲也, 林 達也, 森谷 敏夫. 2008. “生体のゆらぎ現象から心身相関を探る 心拍変動から評価した自律神経活動動態と月経前症候群・月経前不快気分障害との関連.” 心身医学 48 (12): 1011–24.
[2] Brar, Tejinder Kaur, K. D. Singh, and Avnish Kumar. 2015. “Effect of Different Phases of Menstrual Cycle on Heart Rate Variability (HRV).” Journal of Clinical and Diagnostic Research: JCDR 9 (10): CC01–04.
[3] Baker, Fiona C., Ian M. Colrain, and John Trinder. 2008. “Reduced Parasympathetic Activity during Sleep in the Symptomatic Phase of Severe Premenstrual Syndrome.” Journal of Psychosomatic Research 65 (1): 13–22.
[4] Bai, Xiaopeng, Jingxiu Li, Lingqi Zhou, and Xueqi Li. 2009. “Influence of the Menstrual Cycle on Nonlinear Properties of Heart Rate Variability in Young Women.” American Journal of Physiology. Heart and Circulatory Physiology 297 (2): H765–74.

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