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ウェルビーイングをデジタルバイオマーカーで測るには

 「ウェルビーイング(以下、well-being)を定量的に捉えるためのデジタルバイオマーカーに関する基本情報とその関連研究」に関するお話です。

 はじめまして、TechDoctor のデータサイエンティストの杉尾です。
 「well-beingのような広義で非物質的な概念を定量化したい」といったモチベーションの方々に、少しでも価値のある情報をお届けすることができれば幸いです。

1. well-beingって何?幸福感?

 well-beingとは、近年産業界や医療界でも大きく注目されつつある概念であり、話題に上がる機会が増えてきたような気がします。そうであると嬉しいなと思います。

 “より良い暮らしのためのより良い政策の構築に取り組む国際機関”である経済協力開発機構(OECD)によると、well-beingは「社会的・精神的・身体的に健全な状態」であると定義されており[1] 、このような定義から、日本ではしばしば「幸福感」についての概念として扱われることが多いようです。

 では、「幸福感」のような広義で曖昧な状態を指すwell-beingというものは、これまでどのように観測されていたのでしょうか。そして、時を同じくして注目度が高まっているデジタルバイオマーカー*1が、well-beingにも存在し得るのかを調査・研究した事例を紹介したいと思います。

2. well-beingは幸福感だけを表現する訳ではない

 well-beingは大きく分けて2種類存在することが、アメリカの心理学者のEd Dienerによって提唱されています[2]。

Hedonia(快楽追求)
 1つ目はHedoniaと言われ、「今日美味しいものを食べた」や「上司に怒られた」などの瞬間的な喜怒哀楽で変化するようなwell-beingのことを意味します。

Eudaimonia(幸福追求)
 一方、Eudaimoniaは人生全体で「自分の人生の目的は達成されつつあるか?」や「自分の人間関係は良好な状態か?」などの長い時間をかけて変化するようなwell-beingとされます。こちらは日本語でいう「生きがい」に近しい意味を持っていると言えるでしょう。

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図1. 分別されるwell-beingの図解

要するに、
瞬間(短期)的な喜怒哀楽を表現するためのwell-being
・長い期間を対象とした「生きがい」を表現するためのwell-being

に分別されます。

3. デジタルバイオマーカー(Digital Biomarker:dBM)とは

 また、もう一つのトピックであるデジタルバイオマーカー(以下、dBM)にも簡単に触れていきたいと思います。(dBMに焦点を絞った内容は別記事でまとめたいと思います。)

dBMは、以下のように説明されたものがあり、わかりやすいかと思います。

 スマートフォンやウェアラブルデバイスから得られるデータを用いて、病気の有無や治療による変化を客観的に可視化する指標です。デジタル技術により従来のバイオマーカー*2では得られなかったデータを取得・解析し、日常診療および医薬品の研究開発に活用することが期待されています。

「中外製薬「デジタルバイオマーカーへの取り組み(https://www.chugai-pharm.co.jp/profile/digital/digital_biomarkers.html)」から引用

要するに、
・スマートフォンやウェアラブルデバイスから得られるデータ
・24時間またはそれに匹敵するような長時間の計測が可能
・非侵襲的*3

という点が重要な点であると解釈しております。
 また、従来のバイオマーカーよりも〜である!といったものではなく、従来の方法では観測することができなかったようなデータを取得することで、より包括的な状態の観察や評価ができるようになることが素晴らしい点だと思います。

4. なぜいまwell-beingが大事なのか

 話をwell-beingに戻します。
 このようにwell-beingが近年世界で注目されている理由は「働き方改革」が盛んになったことに端を発するのではないでしょうか。企業や組織における「人の健全さ・幸福度合い」を扱い、向上を図る必要が出てきたことから、well-beingに注目が集まり始めたのかなと考えられます。
 そして、COVID-19による社会変化により、世界中の人々が大きなストレスにさらされ続ける日々が、「健全・幸福に生きること」の価値をさらに高めた可能性が高いと思っております。

5. 心身の健康とwell-being

 では、ここから研究を参照し、well-beingに関してどのようなことがわかりつつあるかを紹介したいと思います。

 「精神的に健康である」ということや「気分が良い」といった状態であることは、なんとなく健康状態と関係しそうな感じしますよね。実際、このような疑問や仮説をもとに研究が進められることがしばしばあり、結果としてwell-beingが高いと健康的であることが知られています。

 例えば、心臓疾患は、ストレスと関係があるとされています。ストレスが強い状態とは幸福でない状態、つまりwell-beingが低い状態であると解釈することができるようです。実際、長時間労働と仕事のストレスによる健康問題の関係を分析した先行研究[3]は、well-beingが高いことと先のような疾患の発生とが関係していると報告しています。

 また、抑うつとも関係があることが知られています。ネガティブ思考性(メタ認知的信念)とウェルビーイングと感謝感情に関係を分析した先行研究[4]によると、well-beingの高さと抑うつ症状とに関係があることが知られています。well-beingが高いほど抑うつ症状は軽度になると報告しているのです。

6. 職場でのwell-being

 先に述べた通り、well-beingは人の健康や幸福と大きく関連があります。このようなことから、職場に焦点を当てたwell-beingの研究も行われています。

 例えば、「従業員の生産性」とwell-beingの高さについて言及した論文もあります[5]。具体的な内容は、49業種、230社の独立した企業における従業員約188万人のwell beingと従業員の生産性や離職率などを調査した結果、well-beingの高さと生産性の間には正の相関があり、離職率とは負の相関があることが明らかになったというものです。well-beingが高い職場ほど、イキイキと仕事もできるのでしょうね。また、昨今のリモートワークが浸透した社会において、新しい仮説での研究が実施されています。(それはまた別の記事でご紹介します。)

 さらに、上司*4との関係で職場の雰囲気や仕事のやりづらさ、ストレスが変化することもありますよね。そのような内容を扱った研究もあります[6]。結果としては、上司とのコミュニケーションのとりやすさは従業員のwell-beingの向上に効果的であり、対照的にとりづらさは離職率やwell-beingの低下につながると報告しています。また、well-beingは職場内で「伝染する」ことが知られています。

7. well-beingを評価するには

 well-beingを、研究する、理解する、より良い状態にする、ためにはそれ自体を評価することが大事です。それは他の分野でも同様です。では、従来からwell-beingはどのようにして評価されているのか、またデジタルバイオマーカーを計測するためにどのようなことが行われているのかを簡単ですが見ていきましょう。

主観的well-being
 well-beingの評価方法は、今までは「質問紙」による評価がもっぱらでありました。つまり、自分で自分のwell-beingを評価するのです。このような質問紙で評価されるwell-beingは「主観的well-being」と呼ばれます。例えば、「PANAS(The Positive and Negative Affect Schedule)[7]」や「SWLS(Satisfaction With Life Scale)[8]」といった質問紙がよく知られています。

 主観的well-beingには、メリットもデメリットもあります。メリットは自分で自分にwell-beingを顧みる機会になるということ自体です。一方で、デメリットは質問紙の項目をわざと良い方向に答えてしまうといったことです。解析する人にとって、質問紙データ特有のこのバイアスは困ったものですよね。

dBMとしての客観的なwell-being
 そこで、ウェアラブルデバイスを用いたような「客観的なwell-being」の計測方法の研究が盛んになってきています。

 一つは、ウェアラブルデバイスによって取得可能なアクティビティデータとwell-beingとの関連性を調べた研究[9]です。この研究ではFitbitを含む3種類のデバイスを用いて実際に装着してその効果を比較しています。結果としては、ユーザーはデバイスによって自身の運動をコントロールできるようになったことで自律性などの向上が見込めたようです。

 また一つは、ウェアラブルデバイスを用いて自身の身体活動度の制御を介入として与えた場合、精神的な健康に対してどのような効果があるかを検証した研究です。具体的には、学生を実験群40人と対照群45人に分け、Fitbitを配布しました。介入として用意した身体活動は「1日10,000歩」でした。結果、実験後にアンケートによって幸福度と抑うつ、不安、ストレスの度合いを計測したところ、実験群の方が抑うつ症状を減少させるなどの傾向が見られています。

 そして、睡眠とメンタルヘルスを扱った研究[10]もあります。具体的には、ウェアラブルデバイスで皮膚電気活動(Electro Dermal Activity, EDA)を使用し睡眠を評価し、その計測結果と質問紙(学業成績や心身の健康、ストレス、well beingに関連するもの)による結果を照らし合わせることで両者の関係を探ったものです。結果として、睡眠の不規則さが精神的な健康状態の悪さと関連している可能性が高いと結論付けています。

 記述したのは一部ではありますが、このような取り組みを俯瞰すると、主観的なwell-beingとウェアラブルデバイスで取得できる身体活動データとの関連性をみる研究が多く見られ、その結果では、ウェアラブルデバイスデータで主観的well-beingを説明できているものも多々存在することがわかりました。ウェアラブルデバイスで取得できるデータはもちろんdBMの代表格であり、そのようなデータによって人のwell-beingを評価できる可能性があるのですね。
 これらは、主観的well-beingをバイタルなどのデータで代替・説明するといった方法ですが、さらに研究や解析が進み、脳波などの「高品質・高精度であるが取得難易度が高いデータ」を利用する必要なく、比較的取得が容易なバイタルデータから成る心拍変動及び自律神経活動の特徴や人々のアクティビティデータからだけでも、人の感情や調子を定量化することができる未来は、そんなに遠くないのかもしれませんね。 

8. 今後の記事に関して

 今回、well-beingのデジタルバイオマーカーの可能性に関して雑多ではありますが、記させていただきました。しかし、well-beingにはHedonia(快楽追求)やEudaimonia(幸福追求)のように多様な概念・状態が存在しますよね。次回以降は、
・それぞれのwell-beingに適したデジタルバイオマーカーはあるのか
・well-beingを評価・説明する上で、ウェアラブルデバイスから取得したデータをどのように扱うのか

という点に重点を絞った調査結果や何か役立つ情報を届けることができたらと思います。

 今後も、継続的にこの領域に関してキャッチアップした上で、発信をしていきたいと思います。ご興味を持っていただけたならば、「スキ」していただけると中の人が喜びます。


 弊社㈱TechDoctorではウェアラブルデバイスデータを主軸に人々のメンタルヘルスを計測・可視化、さらには分析していき、より健全な社会にしていくことをモットーに調査・研究・サービス開発を進めております。
 またwell-beingに限らず、ストレスなどに関するサービス開発も行なっております。
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*1 スマートフォンやウェアラブルデバイスから得られるデータを用いて、病気の有無や治療による変化を客観的に可視化する指標のこと
*2 バイオマーカー:バイタルサイン、生化学検査、血液検査、腫瘍マーカーなど臨床検査値や、MRIやCTなどの画像診断データ。病気の診断や治療予測に用いられるもの。
*3 生体を傷つけないこと
*4 嫌な上司とのコミュニケーション方法や仕組みによる予防に関しては、コチラ(
https://note.com/techdoctor/n/nda92d3f50cf5)


参考文献

[1] OECD, "How's Life? 2020," 2020
[2] E. L. Deci and R. M. Ryan, "Hedonia, Eudaimonia and Well-Being: an Introduction," Journal of Happiness Studies, 2008
[3] Y. Cheng, J. Park, Y. Kim and N. Kawakami, "The recognition of occupational disease attributed to heavy workloads: experiences in Japan, Korea and Taiwan", The International Archives of Occupational and Environmental Health, 2012
[4] 増永希美, 杉浦義典, "ネガティブなメタ認知的信念と全般性不安症状および抑うつ症状の関連に対するウェルビーイングおよび感謝感情による調整効果", パーソナリティ研究, 2019
[5] C. Krekel, G. Ward and J. E. D. Neve, "Employee Wellbeing, Productivity, and Firm Performance," Saïd Business School Research Papers, 2019
[6] S. Kuroda and I. Yamamoto, "Good boss, bad boss, workers' mental health and productivity: Evidence from Japan," Japan & The World Economy, 2018
[7] D. Watson, L. A. Clark and A. Tellegen, "Development and Validation of Brief Measures of Positive and Negative Affect: The PANAS Scale," Journal of Personality and Social Psychology, 1988
[8] E. Diener, R. A. Emmons, R. J. Larsen and S. Griffin, "The Satisfaction With Life Scale," Journal of Personality Assessment, 1985
[9] Karapanos E, Gouveia R, Hassenzahl M, Forlizzi J, "Wellbeing in the Making: Peoples' Experiences with Wearable Activity Trackers", Psychol Well Being, 2016
[10] Sano Akane, “Measuring college students' sleep, stress, mental health and wellbeing with wearable sensors and mobile phones.” 2016.
[11] Liau AK, Neihart M, Teo CT, Goh LS, Chew P. A, "Quasi-Experimental Study of a Fitbit-Based Self-Regulation Intervention to Improve Physical Activity, Well-Being, and Mental Health", Cyberpsychol Behav Soc Netw. 2018.

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