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技術史

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物作りの歴史・様々な身の回りの製品の歴史を簡潔に紹介します。
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2023年12月の記事一覧

【技術史】女神様の内なる悩み

【技術史】女神様の内なる悩み

ニューヨークの自由の女神像は、アメリカの独立100周年を記念してフランス国民が贈呈したもので、1886年にリバティー島に作られました。正式名称は「世界を照らす自由」です。鉄製の骨格に、青銅製の外壁をリベット止めする巨大構造物です。
設計に参加したエッフェル(エッフェル塔の設計者)は、異種金属接触腐食作用を考慮し、絶縁性の樹脂を染み込ませたアスベストにより、鉄骨と青銅を接触させない最新鋭の技術を用い

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【技術史】元素記号の考案者

【技術史】元素記号の考案者

私たちが使っている元素記号は、誰が考えたのでしょうか。鉄は「Fe」、マンガンは「Mn」などと、最小限のアルファベットで書くことができます。1811年にスウェーデンのベルテェリウスが元素記号を考案しました。それまで、元素は丸とか四角などの記号で表していました。科学者ベルティリウスは、塩の電気分解を研究しているうちに、化学反応はプラスとマイナスの物質でできていると思いいたります。今で言う、イオン結合物

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童謡「ロンドン橋落ちた」にみる昔の鋼

童謡「ロンドン橋落ちた」にみる昔の鋼

今でこそ、鋼は強くて頑丈で、鉄筋コンクリートの建物・橋など、構造物に使われている。
しかし、鉱石から金属を取り出す“製錬”技術や、金属にした後、不純物や異物を取り除く“精錬”技術が未熟な時代の鋼は今とは、全く異なる材料として認識されていました。
童謡「ロンドン橋落ちた」の歌詞をご存知だろうか?
橋の材料の強度との戦い、そして、その材料をねらう人との戦いが歌にされている。

ロンドン橋が落ちる
 

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【技術史】不幸なヘンリー・コート

【技術史】不幸なヘンリー・コート

画期的な発明をしたコートだが、晩年は全財産を無くし、失意と恨みの中で亡くなります。
事の発端は、パドル法の普及でした。このプロセスが作り出す鋼の品質は、圧倒的でした。海軍省はコートの鉄がスウェーデン鉄に勝ると判定し、それまでスウェーデンから輸入していた海軍鉄材をすべて、コートの鉄でまかなうことに決定しました。コートは大量注文に応じるため、王立海軍財務局の主計官に、特許権と利益の半分を担保に資金を借

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【技術史】純度の高い鋼材を作る画期的な発明

【技術史】純度の高い鋼材を作る画期的な発明

ヘンリー・コートは、18世紀後半の英国産業革命期に活躍した製鉄業者です。すでに、コークス高炉は発明されていましたが、銑鉄から良質の鋼材を製造するためには、大量の木炭が必要でした。それを、解決したのが、ヘンリーコートのパドル法の発明でした。

彼の発明は、1785年と1783年の2つの特許があります。前者は、石炭で加熱した反射炉に銑鉄を入れ、半溶融状にしてこねくり回し、錬鉄の塊を作るパドル法の特許

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【技術史】一つ目小僧と製鉄

【技術史】一つ目小僧と製鉄

一つ目小僧は、妖怪の定番です。山奥に住んでいて、村人を驚かせます。一つ目小僧は、鉄と関係があります。 (諸説あります。)

一つ目小僧は、たたら場で働く人を畏怖して作られた妖怪です。
たたら場では操業中、竹の筒で炉内を覗きました。片目で炉内を見続けるため、目が焼けて激痛が走り、やがて失明してしまいます。しかし、炉内の状 態を観察することは、どうしても必要なことでした。そのため、片目を潰しながら、操

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【技術史】木炭による製鉄から石炭製鉄へ

【技術史】木炭による製鉄から石炭製鉄へ

古代より製鉄業に共通の問題は、燃料に木材を使うことでした。周囲の森林を切り倒して木炭を作り、これを燃料として鉄鉱石から鉄を取り出してきました。森林資源の枯渇は鉄鋼業の終焉を意味し、製鉄所は森林資源を求めて移動し続けなければなりませんでした。

そんな中、無秩序で広範囲な森林の伐採に、英国政府は森林から作った木炭を製鉄の燃料に利用することを禁じる決断をします。

制限の中で、新たな技術革新が生まれる

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