吉井たゆたふ

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【詩】十

世間で醜いと評価されているものに どうしても心が惹かれてしまうのはなぜか 醜さとは拙い知識や世間の評価を信じ込み 決めつけているだけに過ぎない 本当の醜さは目には見えないものだという反論は あまりにもありふれていて そのオリジナリティに 惹かれるのではなく 本当は醜いものなんてありはしないのに それを世間のせいで醜いと思い込んで 恥じている純心さに心を打たれている気がする その心を解したい とは思わない 誤解を解こうなどとも思わない だって惨めな訳ではないのだから

    • 【詩】九

      あなたが全うできなかった職に わたしは10年早く就いてしまう 本当ならば わたしのゆく道の先にはあなたがいて ずっと追い越せない星のように 光り続けているはずだった 空高く登れば登るほど瞬けるのに あなたは人知れず山を降りた 聳え立つ山に目を背け 麓にとどまって その山の残酷さも わたしの未熟さも 痛いほど理解した上で それでもわたしの知らせを 心から喜んでくれる姿が浮かぶから わたしは悔しくてたまらない

      • 【詩】八

        君とわたしは 似過ぎているから きっと一緒にはいられなかった 独占欲や嫉妬心や解き放たれた わたしたちの感覚は この世界では理解してもらいにくいらしい 土地を耕し 育て方を教え 収穫する術を教えるためには 同じ場所にいるよりも なるべく遠いところにいた方が効率がいい この感覚を普及するために お互い別々のところで生きてゆくことになった そう考えるのが自然だ でもたまに世間の馬鹿らしさについて 酒でも酌み交わしながら話そう 同士よ

        • 【詩】遅くなった前章

          ずいぶんと遠くにきてしまい この詩の中で描く人間らしい感情は 私の中にはもうなくなりつつあります 水は毎日注ぎ込まれ 身体中を巡り 排出される 注ぎ込まれる水に 様々な要素が溶け込み 刺激的だった若い頃と比べ 何の味もしない ほとんど透明になった今は 思い出そうと意識しないと もう思い出せないものなのです 自ら捨ててきたものでありません 必要なくなってしまったものなのです 慕情や色欲や憧憬 それらを描くことは 水底に僅かに沈んだ澱を掬い出して 綺麗に広げて結晶化し

          【詩】七

          わたしの故郷は意外と近いところにあった 太陽系と同じ天の川の中 果てない宇宙からすれば 謂わば隣国だ あの人の故郷は ここからずいぶんと離れていそうだが あちらの次元では 遠いも近いもないのだろう 昼夜の境もなく 存在は皆平等 水と戯れ全てを愛し 善悪という観点もない世界 現世の記憶はないからか 望郷の想いは抱かないが 肉体を捨てて この惑星を卒業し 魂が宇宙に戻った暁には 懐かしく想うのだろうか

          【詩】六

          抱かれたいなと 思うことがある それはふとした瞬間 ハンドルを捌く節ばった指 パソコンに落とす眼鏡越しの目線 名前を呼ぶ低い声 朧に霞む目には そのどれもが耽美で妖艶にうつる しかしもしもあなたも 霞んだ目でわたしを求めてきたら そのときは 気でも狂ったかと罵倒し その手を振り解き 怒りに我を忘れたふりをするだろう 一夜の淡い夢は 陰をつけ闇を纏い 深い沼へと為っていく 夢と現実とが交わる 仮想現実世界に 没落していった獣を 何人も何人もみた わたしの欲望如き

          【詩】五

          鱗のような欠片が わたしの目に入っていないだけで 世界はこれほどまでに曖昧なのか 水中のような霞み 陽炎のような揺らめき シャツの色は散らばり 改札の切符の入れ口を囲う 蛍光黄色の円だけが 鮮明にみえた すりガラス越しに見つめることに飽きて ぼんやりと身を委ねる この世界には わたしのことを知ってる人がいても わたしは知らない 見えていないのに 見えているふりをしなくていい 雑踏の中を 洗い立てのシーツのように 何も抵抗せず 風にはためいて 取り繕わず 感じず

          【詩】四

          あのひとは笑う お前は俺と似ているね と 何が似ているものか わたしはそんなにすぐ臍を曲げない 疑心暗鬼で世の中のことを斜に見て 他人に噛み付くようなことはしない 本当は天真爛漫で 素直に人のことを信じてしまう そういう鈍臭いやつなのだ わたしがあなたの真似をすると あんまり嬉しそうに笑うから その顔見たさに猿真似をしているだけだ あなたの前でわたしの自我は 変幻自在に形を変える 陰であいつは妹だからと人に言うのが聞こえる それが嬉しくてたまらないから 無理矢

          【詩】三

          とぷとぷと赤く 泉は湧く 澱みなく 綺麗な泉は 月が満ちるように 湧き出てそして枯れる 何も不浄なことなどない 生み出すことは 痛みを伴うだけ またとぷとぷと優しく 満ちてゆく

          【詩】二

          あのひとが遠くに行ってしまうと聞いた日 静かな水面が一気に粟立った いつも飄々としているくせに 他人に酷く叩きのめされ去ることになったと 夫にも抱かないこの感情は いけないもののような気がする わたし如きが何かできることはない 弱っている姿を頑なに隠したがるあのひとに 気を遣って何も知らないふりをして ただ心の中ではどうにかして 救ってあげることはできなかったのかと 自責の念にひとり溺れて これを愛と呼ばずして なんと呼ぶのだろうか 恋愛などという脆いものではない

          【詩】一

          キミはよく分からない 感情が表情に出ないからか 気まぐれな故なのか ただその白い腹毛をチラつかせ 喉を鳴らしてやってきて わたしの胸を踏み締めている 眉間を撫でるとギュっと目を瞑り ピンクの鼻は満足そうに濡れている それを見ると少なくとも 好かれてはいるようだと 思わずにはいられない