【詩】遅くなった前章

ずいぶんと遠くにきてしまい
この詩の中で描く人間らしい感情は
私の中にはもうなくなりつつあります

水は毎日注ぎ込まれ
身体中を巡り
排出される

注ぎ込まれる水に
様々な要素が溶け込み
刺激的だった若い頃と比べ
何の味もしない
ほとんど透明になった今は

思い出そうと意識しないと
もう思い出せないものなのです

自ら捨ててきたものでありません
必要なくなってしまったものなのです

慕情や色欲や憧憬

それらを描くことは
水底に僅かに沈んだ澱を掬い出して
綺麗に広げて結晶化し
陽にかざして慈しんでいるだけに過ぎません

人にとってみればゴミに見えるかもしれない

ですが今の私にとっては
とても尊い
甘めかしい記憶

わたしが人間だったことの証

それらを標本にして
そっと本棚に仕舞い
たまに開いて懐かしむために
ここに記しておきます

お付き合いいただければ
幸いです


吉井たゆたふ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?