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《映画紹介》15分で魅せるトムヨークのドリーム・ワールド「ANIMA」(2019) ③《ネタバレ含》

前回の記事を読んで下さった方、ありがとうございます。

今回は最後のシーンである " Dawn Chorus " についてです。


① " Dawn Chorus " に含まれた2つの意味


" Dawn Chorus " は「ダウンコーラス」ではなく、「ドーンコーラス」と読みます。

「夜明けの合唱」、夜明けに鳥がさえずることを表す言葉です。

一方で、この言葉には宇宙のロマンが詰まったエピソードも含まれています。


第一次世界大戦中。
夜明け頃に通信兵が無線機に耳を澄ませていると、口笛のようであり、鳥のさえずりにも聞こえる不思議な音が聞こえてきます。

まるで鳥達が、早朝に一斉に鳴き出す音のように聞こえたため、彼らはそれを「ドーンコーラス」と呼び、長いこと不思議がっていました。

(※こちらから引用)


ドーンコーラスは、のちに「地球の磁気圏と太陽風の相互作用によって生じる自然現象」だと分かるのですが、その謎が解き明かされるのは21世紀に入ってからでした。


" Dawn Chorus " のシーンでは、映像の終わりからエンドロールに向けて小鳥がチュンチュンとさえずっている音が聞こえます。

しかしアルバムで同じ部分を聞いていると、鳥のさえずりとは明らかに違う機械的な音になっていることに気付きました。

そちらに収録された音こそがまさに「ドーンコーラス」だと思います。

同じようにドーンコーラスが使われている曲がこちらです。冒頭の部分を聞くとすぐに分かると思います。



② 映像の全容


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目が覚めると老人は、深夜の街中に放り出されていました。イギリスのどこかのようです。
枯葉が敷き詰められた道に横たわっていましたが、朦朧とする意識の中なんとか起き上がります。


起き上がり壁にもたれると、隣には彼女がいました。

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手元に鞄はありません。鞄は彼女に会う口実に過ぎなかったのかもしれません。


2人は恋人のように戯れあい、楽しいひと時を過ごします。しかし、2人を追い越すように路面電車が走り去っていきます。

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眼前に広がる黄色い霧の中へ向かって、彼らは急いで走っていきます。
特に彼女は全速力で、時間が迫っていることを察しているかのようです。


霧が抜けた先では、様々な男女の2人組が親密に触れ合いながらダンスをしていました。

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老人と彼女も、心のうちを曝け出すように互いに動きを委ねていきます。


街を駆け抜けた2人は、人が乗り込むのを待ち構えているような路面列車のなかに入って行きます。神聖であり、厳かな雰囲気です。

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路面電車のなかで2人は顔を合わせながら、言葉のないコミュニケーションを交わします。もうすぐ夜は明けそうです。

何かを分かち合うかのように額を擦り合わせますが、彼はゆっくりと体を離して瞼を閉じます。

太陽が上り、老人の顔には鳥が羽ばたく影が映り、物語は終わりを迎えます。



③ 歌詞の全容


Back up the cul-de-sac(※1)
袋小路を引き返して

Come on, do your worst
さあ 切り拓け

You quit your job again
君がまた作業を中断して

And your train of thought
そして一連の思考を

If you could do it all again
もし 全てをやり直せるなら


A little fairy dust
少しの妖精の粉

A thousand tiny birds singing
千の小鳥のさえずり

If you must, you must
もし 君に必要ならば

Please let me know
教えてくれないか

When you’ve had enough
君が満足したなら

Of the white light
白い光の

Of the dawn chorus
暁の合唱の

If you could do it all again
全てをやり直せるなら


You don’t know how much
あなたは よく知らない

Pronto pronto(※2)
もしもし

Moshi mosh
もしもし

Come on, chop chop
さあ 早く早く


If you could do it all again
もし 全てやり直せるなら

Yeah, without a second thought
ああ 微塵も躊躇わず

I don’t like leaving
僕は離れたくない

The door shut
ドアが閉まって

I think I missed something
何かを見逃した気がする

But I’m not sure what
でも よく分からない

In the middle of the vortex
渦の真ん中で

The wind picked up
風が強まった

Shook up the soot
すすを振り払い

From the chimney pot
煙突から

Into spiral patterns
螺旋状の模様に変わり

Of you, my love
君の 僕の愛

You take a little piece
君は欠片を受け取って

Then you break it off
それから切り離す

It's a bloody racket
それは血まみれの騒音で

It’s the dawn chorus
暁の合唱だ


If you could do it all again
もし 全てやり直せるなら

Big deal, so what?
大したことはない、それがどうした

Please let me know
教えてほしいんだ

When you’ve had enough
君が満足したなら

It’s the last chance
それは最後のチャンスだ

O.K. Corral(※3)
OKコーラル

If you could do it all again
もし 全てやり直せるなら

This time with style
粋なひとときだ

(※1)cul-de-sac … 「クルドサック」と読む。フランス語で、自動車の方向転換が可能な袋小路のことを意味する

(※2)Pronto … 「プロント」と読む。イタリア語で、電話に出る時の挨拶を意味する

(※3)O.K. Corral … 「オーケーコーラル」と読む。O.K.コラルという牧場の近くで起こった銃撃戦のことを指す。今から戦いが始まることを意味している?



④ 歌詞の意味


Back up the cul-de-sac
袋小路を引き返して

Come on, do your worst
さあ 切り拓け

袋小路を言い換えると「行き止まり」。
「行き止まりを引き返して、もう一度挑戦してほしい」という意味でしょうか。

You quit your job again
君がまた作業を中断して

And your train of thought
そして一連の思考を

If you could do it all again
もし 全てをやり直せるなら

「"君"にまだ余地があるなら、やり直したい」という文章にも思えます。

A little fairy dust
少しの妖精の粉

A thousand tiny birds singing
千の小鳥のさえずり

If you must, you must
もし 君に必要ならば

Please let me know
教えてくれないか

「妖精の粉」「千の小鳥のさえずり」は夢の中で見た断片的な映像、あるいは手に入らないものの象徴かもしれません。

Of the white light
白い光の

Of the dawn chorus
暁の合唱の

If you could do it all again
全てをやり直せるなら

「白い光」「暁の合唱(ドーンコーラス)」は夜明けを表現しています。

If you could do it all again
もし 全てやり直せるなら

Yeah, without a second thought
ああ 微塵も躊躇わず

I don’t like leaving
僕は離れたくない

The door shut
ドアが閉まって

I think I missed something
何かを見逃した気がする

But I’m not sure what
でも よく分からない

ここでは「居心地が良くて忘れたくない夢」についての言及だと感じました。
全てをやり直せるなら迷うことなく離れたくないのに、ドアが閉まって(=起床)しまい、断片的にしか思い出せない。忘れてしまったことが何なのか、それさえもよく分からない。

Of you, my love
君の 僕の愛

You take a little piece
君は欠片を受け取って

Then you break it off
それから切り離す

It's a bloody racket
それは血まみれの騒音で

It’s the dawn chorus
暁の合唱だ

"欠片"という部分の解釈で大きく意味合いが変わると思います。
彼女への愛?それともアニマ?

If you could do it all again
もし 全てやり直せるなら

Big deal, so what?
大したことはない、それがどうした

「全てをやり直せるなら」という言葉に対して、挑戦的な態度を示す文章になってきました。

It’s the last chance
それは最後のチャンスだ

O.K. Corral(※3)
OKコーラル

If you could do it all again
もし 全てやり直せるなら

This time with style
粋なひとときだ

最後のチャンス、そして戦いの幕開け。
全てをやり直せるなら…と胸に刻み、老人は夢から覚めるのです。



アニマからの脱却、あるいは調和か


3曲目を通して筆者が出した結論は、「アニマ(無意識下に抑圧したもの)からの脱却、または調和」です。

1曲目の記事を書いた際に、ユングという精神医学者はについてふれました。

彼はアニマという概念について「人間の潜在意識には、自覚する性別と真逆の性別が潜んでいる」と説いた人物でもあります。


多くの男性は普段の生活の中で「男らしくなければ」という無意識の"男らしさ"を奮い立たせて生きていますが、人生の転換期には潜在意識のなかのアニマ(女性的な感情)に振り回されることがあるそうです。

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そんな葛藤を描いたのが今作の「鞄を忘れた女性(=アニマ)を追いかける老人」ではないかと思うのです。


老人は彼女を追いかけるために様々な困難を乗り越え、人々と違う選択肢を選び、ついに彼女と心を通わせ一つになります。(=調和)

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この夢から醒めてしまうことで、彼女とはもう会えないかもしれませんが、老人は自分から身を離して起きること(=脱却)を決意したようにも感じ取れるのです。


夢は断片的であり、その殆どはどんなものだったかも覚えていません。しかし時には物凄く強烈に覚えていて、鮮明に書き留められるくらいのことだってあります。


アニマからの脱却、またはアニマとの調和。
どちらのエンディングを選ぶかは、私達に託されているのではないでしょうか。

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長くなりましたが、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

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