【小説】武堂サブローの旅行記

 ────ピピピピピッ。

 列車特有の心地よい揺れにウトウトとしていた僕は、駅への到着数分前に設定した携帯のアラームで目が覚めた。

 列車は山間部を抜け、連なる山々を背景に初夏らしい青々とした畑が一面に広がっていた。平日の昼間でほとんど乗客がいないが、僕は慌ててアラームを止めると降車の支度をした。

 駅に着いた僕は無人の改札で両腕を伸ばし、ウ~ンと伸びをした。空気が美味しい。

「よっしゃ! 仕事、仕事!」

 気合を入れるようにそう自分に言い聞かせ、改札を出るとまずは駅舎をカメラに収めようとファインダーを覗いた。

 ふいに、カメラと駅舎の間を何かが邪魔した。カメラから顔を離し見るとそれはひらひらと舞う数枚の紙だった。そして、その舞う紙にまさに踊らされている青年が1人。

「大丈夫ですか?!」

 僕は駆け寄った。恐らくチラシか何かが風に吹かれて飛んでしまったのだろう。少し援軍してやるべ、そう思いなるべく遠くに転がる紙から拾い上げ集めていった。

「すみませんっ! ありがとうございます」

 おや……。てっきり男だと思っていたが、女性…? 僕が勝手に男性と思っていた人物が申し訳なさそうにこちらに頭を下げた。
 はにかんだようなその微笑みは、優しげでなんとも品がよい。ところがすらっとした長身でけっこう骨格もしっかりしているもんだから、遠くから見た時は完全に男だと思い込んでいた。

「いえいえ、どうってことないっすよ! お仕事ですか?」

 聞かなくてもいいことをついつい聞いてしまう。

「はい…‥」

 そう言うと彼女は表情を曇らせた。
 なんでも話を聞くと、市をあげた町おこしイベントを開催する予定だが、集客の目処がたっていないと言う。
 かき集めたチラシを見ると、町おこしイベントの主催として『○○市地域振興課』とある。なるほどなるほど。
 僕は神妙な顔をして切り出した。

「でしたら、この私、武堂サブローにお任せください!」

 僕はエヘンとばかりに胸を張った。ついでに、トラベルライターの肩書きが書かれた名刺を問われてもないのに差し出す。

「ぶ、ぶどー…‥?」
「サブローです!」

 今回の仕事はWEB媒体の旅行サイトで、内容はこの町の名所やグルメの紹介である。構成は事前に決まってはいるが、依頼主は古巣の出版社だ。この町の魅力が伝わる趣旨ならば多少の融通は利くであろう。
 僕は自分の職業を軽く説明し、取材でこの町に訪れていること、そして媒体で軽くイベントの紹介ぐらいは出来るかも、とグイグイと押した。

 彼女は若干困惑した表情を浮かべつつも、上司と相談させてくださいと返事してくれた。その言葉遣いと表情がなんとも上品で僕はうっとりとした。
 明日お返事をご連絡します、と言われた僕は手に持っていたチラシ一枚だけ頂き、残りを手渡した。その刹那ふわっと良い香りがした。

 翌日。僕は待てど暮らせど彼女から連絡がないことにやきもきとした。
 もしや提灯記事かなにかと勘違いされたのではないか……。

 僕は再び列車に乗り込んだ。これは取材でもなんでもないので、もちろん経費など出ない。それでも、もう一度彼女に逢いたくて仕方がなかったのである。

 数時間後、僕は○○市の市町村役場にいた。

「‥…若い女性ですか? うーん……」

 地域振興課の課長が少々薄くなった頭をぽりぽり掻いている。僕は昨日会った彼女の特徴をチラシを見せながら説明した。
 ところが、課長さん曰くそのようなイベントの開催予定もなければ、そのような職員もいない……という。

 そんなバカな……。
 あのバランスのとれた表情としっかりとした存在感。それでいて、鼻に抜ける上品で複雑な香り。
 確かに僕は感じたのに……。

「サブローさん!サブローさん!」

 マスターに呼び掛けられ、はっと我に返ると僕が第2の家と呼んでいるワインバーであった。

「あー戻ってきた。よかった! で、どう?このワイン」
「ん? あれ、僕またどこか飛んでた?」

 僕の前にはボトルと赤ワインが注がれたグラスがある。
 おお、そうだ、今日はマスターに勧められてこのワインを飲んでいたんだった。

「うん、最高だね……『Grande Polaire 甲斐ノワール2018』」


(了


あとがき

 ワインを愛する慎野たつきによる〝ワインインスピレーション〟小説、いかがでしたでしょうか?
 夜な夜な(?)ワインを飲んでいる私が特に印象に残ったワインから着想し、そのワインを擬人化した物語です。お楽しみいただけましたら嬉しいです!
 もしかしたらシリーズ化するかも……?

 なお念のためお断りしますが、当方はワインの生産者等と何ら関係がない〝単なる呑兵衛〟です。ワインへの記述はあくまで個人の主観によるものですので、ご承知おきくださいませ。

 最後に……今回のワインはこちら!
 今宵も素敵なひとときを……

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