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努力は報われる、ドアの向こう側へ行けば

こんにちは@tateshina_lifeです。

今日は報われる努力について書いてみます。

昨今、SNS上では努力しても報われないのだから、努力が報われるということについて子どもに伝えない方が良いという論調があります。本当でしょうか。

その理由として、本人の努力と持って生まれた才能、そして周囲の環境という3要素のうち後者2つが結果の大半を支配するから、というものが多く見られます。

僕は大人になってから、行動遺伝学者で慶応大学教授の安藤寿康先生の著作を含め、東西で発行された様々な上記に関連する文献を読みました。

生まれ持った才能は遺伝によって本人に受け継がれます。

才能には知能や運動能力、絵を描く力などなど様々なものがあります。才能が発揮されることについての遺伝による影響はそれぞれの才能によって異なり40〜60%程度とされています。残りの割合%は外部環境によって決まります

問題は、この世の中が知能偏重社会となってい”た”、ということです。

社会で成功するには知能という1つの才能が発揮されることが有利に作用するため、成功した親から生まれた子どもたちは恵まれた外部環境の中で育つことになります。

生まれ持った才能が社会に有利に作用し、かつそれを発揮することを後押しする外部環境があるが故に、本人も才能(知能)を最大限に発揮するために努力するのです。結果として”社会”で成功する確率は高くなります。

では、これからはどうでしょう?

先ほど、この世の中が知能偏重社会となってい”た”、とあえて過去形で書きましたが、知能を論理的思考力に基づいた処理能力と捉えると、それらはコンピューターやAIによって置き換えることができるようになってきています。しかも限りなくゼロに近い費用で

もちろん本人に知能(前述の定義による)についての最低限の基礎体力は必要にはなるものの、知能とは異なる別の才能を発揮する機会がかつてないほどに広がってきていることは事実です。

スマートフォンを1台持つだけで、世の中のありとあらゆる情報にアクセスすることができますし、自分が得意と思うことについて多数ではないものの共感してくれる人を世界中から見つけて繋がることができます。

僕は団塊ジュニア世代。昭和の高度経済成長期を担った親たちの集団主義的な価値観の中で育ちましたが、そこから抜け出させてくれたのはパソコン通信であり、上京譚を描く漫画の単行本でした。

コンサルティング会社に入り色々な意味で伸び悩んだ時期を突破させてくれたのは、サポーターだった地元のプロサッカーチームであり、駐在員として赴任した中国大陸(とそこにいる人々)でした。

知能以外にも様々な才能があり、その人に固有なものが必ずあります。そしてその固有の才能を発揮するためのドア(才能を発揮するための今までと異なる外部環境への入り口)を目にするチャンスは誰にも必ず訪れます。その可能性はかつてなく高まっています。

そのドアを躊躇なく開けて向こう側へ行くのです。

人の意見を聞いてはいけません
例えそれが両親であっても、です。

両親はそのドアを見て見ぬふりをしてきた結果、才能を発揮できずに社会的に成功することができなかったのかもしれません。そうすることが”社会”的に正しいとされる外部環境の下で生きてきたからかもしれません。

ドアの向こう側を知らない人々の意見は説得力を持ちません。

むしろあなたが一時的には彼・彼女たちに逆らって向こう側へ行き、固有の才能を思いっきり開花させることで、彼・彼女たちが知らない、そして本当は「知っているはずだった」世界を見せてあげるのです。

努力は報われるのです。

ドアの向こう側へ行く勇気があれば。

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