如月青

既に人生の折り返し点を過ぎたシャカイ系研究者。 バッハとシューベルトとラヴェルを愛し、…

如月青

既に人生の折り返し点を過ぎたシャカイ系研究者。 バッハとシューベルトとラヴェルを愛し、マッドサイエンティストに憧れている。 趣味は(音痴ながら)歌唱

最近の記事

解釈魔の素人演出手帖(2)ー2 黄昏のボードレール

今回は「解釈」でもボードレールの詩をどう訳すか、の話が中心なので、大学の仏文科、それも19世紀の詩に興味を持つ学生諸氏にしか読んでもらえないかな、と思います。noteにそう都合よく仏文の学生が記事を探しに来ているということもないだろうから、読まれない、読んでも途中で投げ出される可能性大とは見ています。でもここで取り上げる「Harmonie du Soir(黄昏のハーモニー)」には読むものを「解釈」に引き込まずにはいられなくさせる魅力があるように思えます。 この詩は10代のこ

    • 解釈魔の素人演出手帖(2)-1 メルヘンチックにドビュッシー

      今回はいきなりおフランスものです。「燃え尽きた棒」さんのヌーヴォー・ロマンに関する記事を拝見していたら、この運動の旗手であるアラン・ロブ・グリエの映画脚本「去年マリエンバードで」を読み返したくなり、ちらちらめくってみました。これは隙がない。とにかくびっしり細かい事物や背景が指定してあって、結局アラン・レネ監督で実際に作られた映像以外の絵が描けないようになっている。映画が作られてから既に半世紀以上が経っているから、白黒をカラーに、キャスティングを現在活動中の俳優にしてリニューア

      • 上司はプラスかマイナスか-ついでにMBTI*分析もちょっと-

        お仕事話。私はとある財団に20代後半から勤めており、まあそろそろ定年が見えてくるトシである。主な業務は官庁や企業からの調査研究プロジェクトの請負。小規模な組織で専門性が要される職種とあって、勤め先の人々とは、半分以上が20年以上の付き合いである。上下関係も20年来ほぼ変わっていない。最近はさすがに中核部の高齢化が問題になり、少しずつ若年層を入れてはいるが。 さて、私の属する部署でプロジェクトのリーダーを務める地位にある人々は2人いて、他の職員はプロジェクトの内容によりどちら

        • 解釈魔の素人演出手帖(1)―2「しずむ」解釈続き

          前回キクチイサオ氏の傑作映画脚本「しずむ」の演出ノートを発表させて頂きましたが、今回筆者の演出は「しずむ」の人間関係をどう解釈した結果であるか、について書いてみたいと存じます(ネタバレあり)。初めて読まれる方には、「解釈魔の素人演出手帖(1)」を読んで頂ければ(長すぎますかね?)。 まず主要人物の女性3人の年齢を原作の25歳から35歳に変えた理由。25歳ではまだ仕事も人間関係も「これから」で、「前に進めば道は開ける」という思い込みが通用する。30代半ばは、独身女性が生き方の

        解釈魔の素人演出手帖(2)ー2 黄昏のボードレール

          解釈魔の素人演出手帖(1)キクチイサオ氏 短編映画脚本「しずむ」

          いつもながら唐突に失礼します。筆者が解釈・注釈中毒であることは常々公言しておりますが、その嗜好に見事にハマって下さったクリエイター、若い(もしかしたら筆者の年齢の半分くらいじゃないかと思う)詩人キクチイサオ氏の作品のご紹介です。 氏の作品を読むたびに、この方は仏象徴派詩人のマラルメによる「詩は言葉で書く」という姿勢をよく保っている、と感服します。読者により好悪はもちろんあるだろうけれど、擬音語の使い方の巧みさとか、自分のテクニックを確立している。と同時に、五感に映る事物を「

          解釈魔の素人演出手帖(1)キクチイサオ氏 短編映画脚本「しずむ」

          しゃべり過ぎる作家たちのMBTI(4)-Bloody Angel

          今回は医療編。がその前にいつもながら、ですが筆者自身が「しゃべり過ぎる」のをご容赦。 死の観念を弄ぶにはいささかトシをとり過ぎた身と自覚してはいるけれど… 私には妙な癖があって、高い建物を見るとどういうわけかそこから落ちていく自分の姿が頭に浮かぶ。で、「この建物には人が出入りできるくらいに開く窓があるか」「木や下の階のベランダにひっかからずにコンクリートの路面にぶつかるには何階のどの方角がよいか」「歩行者に当たると迷惑だから夜中の何時ごろになると人通りが途絶えるか」などと

          しゃべり過ぎる作家たちのMBTI(4)-Bloody Angel

          冷蔵庫の怪

          ふと思い出した。泉鏡花の短編に「革鞄の怪」というのがあった。読み直してみたら、別に「怪(談)」ではなかった。語り手は少年時の気味悪い見世物と登場人物の持つ革鞄を重ね合わせて一種怪奇な雰囲気を作り出している。が、怪奇現象はなく、結末は鏡花特有の亡き人への哀惜故に死者のように生きる男への友愛である。 そういえば、小学生のころ幾つか持っていた偕成社の少年版「シャーロック・ホームズ」シリーズの中に「ボール箱の怪」というのがあった。大人向きの(おそらく原文直訳の)版では「ボール箱」だ

          冷蔵庫の怪

          【詩】An Old’s Sentimental Song       

                               (柄にもなく…) 捨てたわけじゃない、だがいつの間にか いなくなった 手のひらいっぱいの金平糖が 星に変わると信じていられたあの頃 黒葡萄の瞳(なんて陳腐な比喩!) 少し癖毛のショートレイヤ 上背ばかり不格好に伸びた私、の ミューズ 気づかなかっただろう 教室で交錯する視線の向こう側に いつもあなたを置いていた 気づかなかっただろう 私の歌声はいつもそこで止まる あなたの声で聴きたかった 渡されなかった手紙のフレーズ あな

          【詩】An Old’s Sentimental Song       

          金魚鉢のヒーロー

          時々「ウーマンエキサイト」の夫婦バトルものを話題に出しているが、近頃ブラウザのトップページによく出る「モラハラ夫図鑑」は、「あるある」満載で面白い。妻があっさり離婚届を突き付ける結末が多いのには、時代の変化を感じますね(年寄りであることがバレバレ、HaHa)。我々の世代には、子連れでいい仕事もなさそうだし」「やはり父親がいないと世間体が悪いし」でずるずると夫婦を続け、離婚しても後ろめたい気分で生きていく、という湿っぽい展開が多かったが、「これで開放された」と笑える女性が増えた

          金魚鉢のヒーロー

          方向音痴の道案内

          私は稀代の方向音痴である。初めて行く場所で道に迷わないほうが珍しい。カフカの「城」は、遠くには見えているのにどの道を通ってもこれから自分がそこで仕事をするはずの城にたどり着かない男の話だが、学生時代に冒頭から1/4くらい読んで、もしかしてこれは自分?と恐ろしくなり、未だに読了していない。 学部の3年のときの話だが、同じ科の人々がよく参考資料を買いに行く専門書店が西新宿にあった。自分も週に一度くらい心してJR新宿駅の西口を出る。が、一向にたどり着けない。人から道順も聞いたし地

          方向音痴の道案内

          何トチ狂ってる?(2)

          (1)では慶大塾長の発言に(届きもしない)反論を述べ立ててしまったが、次は前静岡県知事の言。 2 県庁はシンクタンクであって、モノを作ったり動植物を育てて売るような仕事より知性の高い人が入ってくる。 第一次産業、第二次産業はお役所でPCを扱うより体を使うから「アタマを使わなくてよい」と決めつけるとは、いつの時代の人?という批判はもうされ尽くしたであろう。例えば自分が農家を営むと想像すれば、動植物の生態を知悉し、様々な機械を使いこなし、自営業者としての経営スキルも要るのだか

          何トチ狂ってる?(2)

          何トチ狂ってる? (1)

          柄にもなく時事問題。Noteを秘めたる怒りの表出の場にしてしまうなど、折角読んで下さる方には申し訳ない。が、目につくんです。(多分)同年配で、十分に社会経験もあるはずなのに「学歴(知性)」自慢のために現実が見えてない人って。いわゆる「高学歴難民」だけじゃなくて、組織のトップに上り詰めても浅薄な思い込みから抜けられない人がいる、と驚いた例。 1 金持ちの子でないと東大に入れない時代だから、国立大の授業料を私大並みの150万に引き上げるべき 慶大の塾長の言。これを聞いて「ちょ

          何トチ狂ってる? (1)

          「文学作品の作者あるいは作中人物に対するMBTI分析の試み」ってお遊びの範疇ですが

          1 一応はプロフィール 如月青はハンドルネーム。2月(如月)生(セイ→青)という以上の意味はない。本名は生まれた時代(昭和後期)には石を投げれば当たる類で平凡極まる。「〇〇都民(東京近県のベッドタウンから都心に通勤する人々)」の子供で、自身もそうなった、半ば「高学歴ワーキングプア」覚悟で某私大の文学部(専攻は仏語仏文学)修士課程まで進んだが、博士課程の試験には落ちた。それから多少の紆余曲折があったものの、とある官庁系財団で通信政策調査研究の職を得て、20数年間それを続けてい

          「文学作品の作者あるいは作中人物に対するMBTI分析の試み」ってお遊びの範疇ですが

          夢の続きの夢を見る

          他人の夢の話を読んで何が面白い?と思われるのは覚悟のうえで。 数日前、記憶にある限り、初めて夢の続きの夢という体験をした。夢か現かあいまいなまま切れ切れにストーリーが続いていくというのではなしに、いったんはっきり目が覚めて、でもまだ起き出すには早い、と寝床にいるうちにまた眠ってしまうまでの時間が10数分はあったはず。 私は精神分析的な「深層心理が夢で表現される」という象徴論にはあまり興味がない。が、夢に出てくる出来事や事物が実際のどんな経験に結びついているかとか、夢はどの

          夢の続きの夢を見る

          しゃべり過ぎる作家たちのMBTI(4) おフランスは甘くない

          これまで「MBTI」を分類ツールにして日本の作家や作中の登場人物を見てきたが、外国の作家ではどうだろう、と考えてみて、案外?なところにぶち当たった。 私は学生時代の専攻が仏語仏文学で、主として19~20世紀*の「象徴派」と言われる詩を扱っていたのだが、そのうちBig Nameといわれる5人がいずれも「INT-」であるように感じる。 この5人の名前と作品に関する定説を時代順に抜き出してみるとこうなります。 ボードレール:退廃的な唯美主義を気取る自意識過剰ダンディ ヴェルレーヌ

          しゃべり過ぎる作家たちのMBTI(4) おフランスは甘くない

          目出度くもない年度明け

          サンプラザ中野、と言えば「爆風スランプ」のヴォーカルで、代表作「Runner」が青春の歌だった、というとトシがまたばれる。今でも好きで時々歌うが、歌うたびにトシ食ったな、と感じさせられます。音域的には最高音はファルセットを使わないぎりぎりのところ、基本的には中音域と高音域の境目で、自分にはちょうどいいのだが、後半高音のサビが延々と繰り返されるところで、息が切れて上昇フレーズが難しくなる。 はさておき、年度末仕事が片付いたところで一日有休。現実の中野サンプラザ(中はもう空にな

          目出度くもない年度明け