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方向音痴の道案内


私は稀代の方向音痴である。初めて行く場所で道に迷わないほうが珍しい。カフカの「城」は、遠くには見えているのにどの道を通ってもこれから自分がそこで仕事をするはずの城にたどり着かない男の話だが、学生時代に冒頭から1/4くらい読んで、もしかしてこれは自分?と恐ろしくなり、未だに読了していない。

学部の3年のときの話だが、同じ科の人々がよく参考資料を買いに行く専門書店が西新宿にあった。自分も週に一度くらい心してJR新宿駅の西口を出る。が、一向にたどり着けない。人から道順も聞いたし地図も持っている。もしかして、自分が通る時だけ曲がり角や信号の数が変わるのか?駅から5分のはずなのにいつも1時間近くうろついてはあきらめる、を数か月繰り返した(その後友人に連れて行ってもらってようやく道を覚えた)。

自分が方向感覚に欠けていることに気づいたのは、高三の冬。受験先の下見に行ったときである。中学までは行動範囲が自宅周辺2、3kmだし、高校でも通学範囲外での行動はたいてい部活の仲間と一緒であったから、「道」を意識することはなかった。「下見」も本番で迷うと困るから、というよりもう学校には行っても行かなくてもよい時期になり、家にこもっていても退屈だから、というまことにテキトーな理由で行ったのである。

受験したのは全部で6校だったが、うち2校で迷った。傑作なのは、地下鉄の早稲田の駅を降りて幾ら歩いても大学らしい建物が見えないので、門のタバコ屋(昭和…と言われますか?今はこれもほぼ絶滅種なんでしょうね)で「早稲田大学はどちら」と聞いたら、目の前の信号を渡ったところが正門だ、と笑われた。どうやら校舎周りのちょうど一周外の道路を巡っていたらしい。

もう1校は地元国立で、駅からすぐ、と聞いていたのに幾ら歩いてもやはり大学の建物が見えない。歩いているうちに隣の駅に着いてしまったので、「当日は誰かと一緒に来よう」とあきらめて帰った。実際は私立の合格発表が終わったところで辞退したので、まだどこにあるか分からない。

それでも大学受験などは、駅を降りれば受験生が列を作って歩いているから、試験場にたどり着けない、ということはほぼない。困ったのは就職活動のときである。40通も出した履歴書のうち、何とか面接が許されたのは数社だったが、そのうち半数で道に迷った。用心して30分は余裕を見て行くのだが、駅を出て、えっ、このビルじゃない、一旦戻って、この角か、いや違った、を繰り返すうちにアポの時間ぎりぎり。先方に電話をかけて道を聞き、どうやら着いたときには既に遅刻のうえあせりまくって息を切らし、顔も髪も冷や汗で濡れ濡れ、という具合では採用になるはずもなかった。合格通知をもらった2社の1社は窓ガラスに書いた社名が駅のホームから見えた。もう1社は社屋が当時のバイト先から一本道で行ける場所であった。

このおかげで(ばかりではないだろうが)、今に至るまで国外はおろか国内でも泊りがけの出張を仰せつかったことがない。現在の勤め先に入って数か月のとき、(日帰りだが)関西でのプレゼンで新幹線から乗り換える私鉄の路線を間違え、乗り換えて正しい駅を降りてもパニクって頭が真っ白。何回も先方の受付に電話して、遅刻は何とか免れたが、上司も先方の担当もさぞあきれたであろう。つい一か月前も都内の某所での打ち合わせに30分遅刻した。これも30分前に着くように出たにもかかわらず、3分で着くはずの道を(Yahoo!マップを見ながら歩いたし、途中で同僚にスマホで道順を解説してもらったにもかかわらず)右に左に行きつ戻りつしてとうとうタクシーに乗った。このときはこちらが頼まれる立場だったから大事に至らずに済んだが、頼むほうの立場だったら笑い話では済まなくなる。

歩き回るのは好きだから独り者の時分には国外も含めて時々旅行にも行った。完全市場派だから基本一人。ツアーで観光名所を巡るより街をふらついてスーパーマーケットで銘菓ではないご当地駄菓子を見つけたりするのが楽しいタイプであるから、一緒に行動したいという人間を探すのは難しい(今まで生きてきた中で同じ趣味の友人は一人だけいたが、残念ながら現在の消息は不明)。迷っても戻れるように公共の交通機関が通っている場所にしか行けないのが難。一度東北地方の小都市で迷い、ショッピングモールを見つけてやれやれ、これで電車に乗れる、と商業地域が駅周辺にある首都圏感覚で喜んでいたらいつまでも駅が見つからず、バス停をたどって駅についたら半日経っていた、ということがあった。

家族は何かというと私が自動車免許をとろうとしないから不便だ、○○のところは車で病院や習い事の送り迎えをしてくれるのに、とか、生まれてこのかた泊りの家族旅行に行ったことがない、とか文句たらたら。申し訳ない事態に至った理由は様々あるが、とにかくこの障害級の方向音痴、ということで勘弁してもらいたい。山道をクルマで走っていて迷い、日が暮れたうえにガソリンが切れたりしたらシャレにならないだろう?

方向感覚欠如の原因は不明である。育った場所が原野を切り開いた全くの新興住宅地で、区画が四角に整っているから?だったら京都市内で育った人は全員方向音痴か?小学校入学前に(多分ほうっておいたらそうなった)左利きを右に矯正したから**?ただ生まれつき右と左が決まっているのはそれぞれ人口の1割くらいで、「どちらかといえば左だが右にもできる」人が全人口の3割くらいいるということである。自分もそうだったのだろう。とすれば、世界の人口の3割が方向音痴か?

二人の息子はどちらも駅の●口を降りて●分、くらいの情報で行き先に着けるという。もう片方の親がそうだから(私にとっては超能力者!)、メンデルの遺伝の法則***が通じる例なら、「道が分かる」のが優性遺伝?孫の顔などまだ想像もできないが、息子たちが結婚したらそれぞれの配偶者の方向感覚を聞き、次の世代がどうなるか調べてみたいところである。

ところが!驚くなかれ、もう一つの私の特技?は何と「道案内」なのである…。

どこに行ってもやたらと道を訊かれる。自宅近辺はもちろん、職場近くで大きなイベントがあるときなど、昼休みに外へ出ると、「案内」で休みが終わりそうになり、慌ててコンビニなりコーヒーショップなりに飛び込んで難を逃れる、ということがよくあった。

以前職場が靖国神社と道路を隔てて数ブロック奥へ入った通りにあったときは、8月15日が厄日であった。JR線・地下鉄有楽町線の市ヶ谷や地下鉄東西線の九段下は靖国通り沿いにあるから良いとして、他の地下鉄路線で来ると神社までの見通しが悪いせいか、年配のご夫婦などが、ビルから外に出てきた私を呼び止めて「靖国神社はこちらでよいか」とお尋ねになる。道順を示して数メートル歩くとまた同じ質問に遭う、という具合。

さて職場が千代田区から港区に移転すると、数ブロック先がある医大のキャンパス+附属病院であった。で今度はまた通勤路の地下鉄の出口で、医大付属病院への行き先を訊かれることになる。こちらも道順は簡単(お前が言うな!)なのだが、ビルが立て込んで見通しが悪いせいか、初診に行かれる方は不安になるらしい。

遅刻寸前で駅から駆け出そうとするときなどに人にものを尋ねられるのは不愉快だが、こちらも散々他人をそういう目に遭わせている負い目もある。で、「病院への標識が見えるところまでご一緒しましょう。」などと言ってしまい、タイムカードが数分遅れになったことは数知れず。もしかして私の背中には、自分には見えない文字で「道案内」と書いてあるのだろうか?私の母親もよく道を訊かれる人間なので、背中の「道案内」札は遺伝あるいは幼少時の環境に起因するものらしいとは思うが。

これを同僚に愚痴ったら、「インドなら商売になるんじゃない?」と笑われた。まさか日本で手数料を取るわけにもいかないし、とぼんやり道を歩いていたら、またも年配のご婦人に「隠れ家的有名ベーカリー」への道を訊かれ、店まで一緒に行く羽目になった。道案内はともかく、脳梗塞で道が分からなくなった経緯を長々と聞かされ、「もしかして自分は出生時に脳のどこかの血管が詰まったとか?」と一瞬不安に駆られた。

「方向音痴の道案内」という札を背中につけてみたら、ひとはどう反応するだろう?

*数年前早稲田大学内のある教室で同僚と研究発表をしたが、リベンジならず。駅からすぐ学内には入ったものの、目当ての棟に行く道が見出せず、結局駅に戻って事務スタッフに迎えに来てもらった。教室に入ったのは駅を出てから一時間近く経っており、自分の発表の直前だった。

**字を覚えたての幼稚園卒業時、文集に「将来の夢」を書かせられることになり、「黒板に沢山字を書きたいから先生になる」などと殊勝なことを書いた。が、縦書きで行の向きが左から右だった。多分このころはまだ鉛筆を左で持っていたのだろう。

***中学の理科で習う。エンドウ豆のさやの色などで、優性(緑)-劣性(黄)の対立遺伝子があり、両方を掛け合わせると次の世代は全部が優性になるが、優性どうしを掛け合わせるとその次の世代は3:1になるという法則。

意味のない写真薔薇園でした

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