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解釈魔の素人演出手帖(2)-1 メルヘンチックにドビュッシー

今回はいきなりおフランスものです。「燃え尽きた棒」さんのヌーヴォー・ロマンに関する記事を拝見していたら、この運動の旗手であるアラン・ロブ・グリエの映画脚本「去年マリエンバードで」を読み返したくなり、ちらちらめくってみました。これは隙がない。とにかくびっしり細かい事物や背景が指定してあって、結局アラン・レネ監督で実際に作られた映像以外の絵が描けないようになっている。映画が作られてから既に半世紀以上が経っているから、白黒をカラーに、キャスティングを現在活動中の俳優にしてリニューアル、くらいは考えられるにしても、アニメやCGを使うとかいった変則技にはなじまない。セリフやその言い方も、一見謎めいていて多様な表現が出来そうでいて出来ない。「作品の中に入って割り当てられた役の人物になる」という「解釈」を排して、無表情に、「作品外」から舞台を説明するという立場を貫かないと演じられないであろう、と思われる。読者としては、傑作であることが身に迫って感じられるだけ、反動的にフラストレーションがたまる作品なのであるな、と改めて感じた次第。

またもや、ですが長すぎる前置きはさておき。今回の課題はドビュッシーの歌曲です。歌詞が筆者の好みということもあって、幾つかの曲のメロディラインだけは音をとってみましたが、何回やっても実際に歌えるレベルには程遠い。基調は中低音なのにサビに当たるところで急に1オクターヴ以上せりあがったりする複雑な音程や、変則的なリズムについていくには通り一遍の練習では間に合わない。また伴奏が「伴奏」でなく、曲としての独立性が高いから、実際に合わせてみたらどこで入ってどこで出るのかが分からなくなることも予測できる。それでもやはり手が出てしまいます。というのも、ドビュッシーの曲の特性で、楽譜を見ている、あるいは演奏を聴いていると、頭にぼんやりと画像が浮かんでくる。聴いているうちに、この絵は自分の声で描いてみたい、とか、こういう声の人に描いてほしい、という欲望をかき立てられる仕組みになっているのです。

以下はその中の一つ。歌詞は題名でわかるとおり、ペロー(グリム)の「いばら姫」が題材です。YouTubeでは、ソプラノとメゾソプラノの間くらいの軽く可愛らしい声の女性が歌っているのを聞きましたが、独唱曲としてだけでなく、掛け合いでもよさそうに思えます。筆者が聴きたいのは、背景説明の地の部分は落ち着いた声のバリトン(Br)。どーんとした太い声ではなく、細いが表現力に富んだタイプで。呼びかけの部分+最後は軽く明るいソプラノ(Sp)。双方とも歌い方は子供に絵本を読み聞かせるように。表現にメリハリはあっても感情移入を感じさせずに。

訳詞については、日本語で歌うとしたら、という観点から筆者が訳してみました*。一応リズム合わせはしてみましたが、音符の拍と日本語の拍が一致していなくて、一つの音符に複数の言語音が入るので、実際に伴奏つきで歌えるかはかなり不安…。歌いながら頭に浮かべているイメージはパラグラフごとに- -で示します。

La Belle au Bois dormant    作詞 Vincent Hyspa
眠る森の美女**

(Br)
Des trous à son pourpoint vermeil,
Un chevalier va par la brune,
Les cheveux tout pleins de soleil,
Sous un casque couleur de lune,
緋色の胴着は裂けるまま
騎士はゆく黄昏に
髪は夕陽に照らされて
冑に月を映しつつ

―この部分で、筆者のイメージでは騎士は上半身しか見えていない。が、古城の階段に飾られているような全身を覆う金属の鎧兜で固めた姿ではない。冑も顔の部分は出ているし、鎧はなく、鎖帷子の上に厚い布の胴着。これは敵の武器でところどころ切られている。腕(多分足にも)は革に鉄の病を打った防具で保護、というところでしょうか。服装の図としては↓が近い。ただ2パラグラフ後に戦士としての働きが出ているので、イラストのような可愛らしい感じではない。体格はがっちりと上半身の筋肉が発達、髪もひげも野戦生活で野放図に伸び、体全体が土ぼこりにまみれて白茶けている。年齢は20代、と思われるけれど日焼け皺もあって、実際より老けてみえるかも。時刻は「月は東に日は西に」の夕暮れ時。この騎士が西へ向かっているか東へ向かっているかは、冑の形で決まりますね。イラストのように額側を守る形であれば東で、顔側は暗く、前髪が夕陽に照らされている。首筋に垂れがあって、前髪が見える形であれば西で、明暗も逆。-


竜騎兵イラスト

(Sp)
Dormez Toujours, dormez au bois,
L’anneau, la belle, à votre doigt,
 眠れ永遠(とわ)に眠れ森に
 指輪はめてうるわしの姫

-これはステレオタイプな「いばら姫」。森の中の城。全体はよく見えないけれど、塔の一室をクローズアップして内部をカメラで写してみると、ベッドに眠る若い娘がぼんやりと映る(筆者はどういうわけかここで東郷青児のパステル画の女性を思い浮かべてしまう)。


上掛けの上に出された手には宝石のついた指輪。この歌では指輪が眠りを司るアイテムなのですね。気になるのは「Toujours(いつも、いつまでも、永遠に)」という語です。作詞者が意図してのことかはともかく、姫の眠りは原作のように「百年」といった期限付きでなく、アクシデントで指輪が外されないかぎり続く、という設定になっているようです。-

(Br)
Dans la poussiêre des batailles,
Il a tuè loyal et droit,
En frappant d’estoc et de taille,
Ainsi que frappait un roi,
戦塵の中勇ましく
敵を倒し続けたり
力強く剣を振り
王者に例う(たとう)その雄姿

―ここで場面は騎士が参加した戦いに移る。この「剣」は原文に従えば両刃で重量があり、膂力なしでは自在に扱えないもののようです(古いディズニー映画「王様の剣」で主人公アーサーが持つ王者の印の剣エクスカリバーがこのタイプでしょう)。画面全体が砂埃をかぶり、その中で多数の人物が刀剣を振り回している。その中心に騎馬で剣を次々に敵の冑の隙間に振り下ろす件の騎士。血しぶきが馬と地面を染める。時々敵の刀も騎士の胴体をかすめるが、鎖帷子に遮られ、わずかに胴着を裂くにとどまる。―

(Sp)
Dormez au bois, òu la verveine,
Fleurit avec la majolaine,
 
 眠れ森にはバーベナが
 ともに花咲くオレガノと

―「バーベナ」「オレガノ」はともに森に自生するハーブ。花はどちらも小ぶりの群生型。バーベナの花の色は様々あるようですが、オレガノが薄い青紫なので、↓の写真では赤っぽい色を選びました。塔の下で風に花々がそよぎ、窓へと立ち上る香りが姫の眠りを深めている?-



赤いバーベナ


オレガノ

(Br)
Et par les monts et par la plaine,
Montè sur son grand destrier.
Il court, il court à perdre haleine,
Et tout droit sur ses ètriers,
 
騎士は山を草原を
大きな愛馬の背に乗りて
息もつかず走りゆく
鐙踏みし身を立てて

-戦いの後、馬を急がせる騎士。彼は故郷に帰ろうとしているのか、それとも伝説の姫の話を聞いて姫のいる塔に向かうのか?馬を走らせているうち、走ることが自己目的化して、もはや目的地はどこでもいいという気分になっているように思える。馬は大型、ということは騎士も大柄なのでしょう。鐙を踏みしめてほぼ直立の姿勢で馬に乗っている。この馬は「白馬の王子様」的白馬あるいは葦毛ではなく、優し気な印象を与える栗毛でもない。黒馬だと悪魔的な印象を与えてしまうから、濃い目の鹿毛でたてがみやひづめの上が黒いタイプかな?-

(Sp)
Dormez la Belle au Bois rêvez,
Qu’un prince vous èpouserez,
 
 眠れ森にうるわしの姫
 夢で王子と結ばれよ

-「いばら姫」の結末は王子と姫の結婚だけど、この歌詞の作者は実際に姫のところへ来たのは優しく遊芸に長けた紳士ではなく、体育会系筋肉男であったら面白い?と感じたのか?原作の「王子」を夢に追いやっている。筆者はここで、「シンデレラ」よろしく「王子」と姫が踊る影絵を思い浮かべます。-


(Br)
Dans la forêt des lilas Blancs,
Sous l’èperon d’or qui l’excite,
Son destrier perle de sang
Les lilas blancs, et va plus vite,
 
白いリラの茂る森
金の拍車が蹴り立てる
愛馬よ走れより速く
白いリラ血に染めて

-騎士の馬は目の前のすべてを蹴散らし踏み荒らす。が、リラ(英名ライラック)は高くはないが一応硬い幹や枝をもつ木で、それが生い茂っているforêt(boisと同じく「森」と訳されますが。boisが散策に行けるような小規模で人手の入った森であるのに対し、こちらは大規模な原生林)を通り抜けるのは容易ではない。馬の足はリラの枝を飛び越えたり踏み破ったりしているうちに傷だらけになり、地面にこぼれた花は白赤まだらになっている。がそれでもがむしゃらに進み続ける。筆者の「解釈」では、このリラの森は騎士が戦う現実世界と姫の眠るおとぎの世界との境界で、このパラグラフでの騎士は、無我夢中で馬を走らせているうち、その境界を踏み破ってしまう-


白いリラの木

(Sp)
Dormez au bois, dormez, la Belle
Sous vos courtines de dentelle.
 
 眠れ森にうるわしの姫
 レースのとばりに護られて

-「いばら姫」の時代、高貴な身分の人々は天蓋付きのベッドで寝ていたであろうから、この「courtine」(カーテン)は窓ではなく、天蓋の覆いと考えました。塔の小部屋はほぼベッドでいっぱいになっていて、騎士が扉を開けると、天蓋に何重にもかけられたレースが揺れる。その中の姫はまだ定かには見えない。-

(Br)
Mais il a pris l’anneau vermeil,
Le chevalier qui par la brune,
A des cheveux plein de soleil,
Sous un casque couleur de lune
 
緋色の指輪抜き取らる
黄昏時に来た騎士に
髪は夕陽に照らされて
冑に月を映しつつ

-騎士は無遠慮に天蓋の覆いをはねのけ、姫の指輪を抜き取ってしまう。筆者の見るところ、典雅な「王子」ではなく、体育会系の武骨な戦士だからこそやってしまう行為です。女性からみれば失礼きわまりない。ただ、指輪の抜き取りは近代前の戦士の役得であった略奪ではなく、ただ好奇心に駆られて、であると考えたい。「騎士」という称号は貴族の中では下級の位置づけですが、一応の礼儀は仕込まれているでしょう。戦場での高揚感の続きでついやってしまった行為に我ながら驚き、指輪を持ったまま、眠る姫を呆然と眺めている騎士の、いたずらをみつかった子供のような表情。おとぎ世界ではいったんはめられたらこの魔の指輪を誰も抜き取ることはできない。騎士という現実世界からの闖入者がこの秩序を破る!-

(Sp)
Ne dormez plus, la Belle au Bois.
L’anneau n’est plus à votre doigt.
 
 目を開けよ、うるわしの姫
 指輪はもう外れている

-この部分の音程は、段階的に最高音まで上がって行って最後にやや下がり、ロングトーンで幕を閉じる。姫はまだ目覚めてはいないけれど、目覚めたあとの新しい章への期待を持たせる展開。時刻は夕方だけど、天蓋のとばりを開いて入ってきた光にまぶたを動かし、今にも目を開けそうな姫の顔から視点が移動し、指輪をはめていない手のクローズアップで曲が終わる。-


曲はここで終わりますが、筆者の趣味で、「後日談」を考えてみました。「いばら姫」では、姫の眠りには「百年」という期限があり、ちょうど百年目に来た王子が労せずして姫を目覚めさせ、彼女と結婚するという結末になっている。が、この曲では、姫の眠りには期限がなく、(筆者の解釈では、ですが)「現実世界」が「おとぎ世界」の秩序を破ることで姫が目覚める、という仕組みになっている。で、「後日談」では、「おとぎ世界」が元来は相いれないものである「現実世界」によって乱された秩序をどういう形で回復するか、が中心テーマになるのではないか。「回復」には様々な方法があるでしょうが、筆者が思いついたのは以下の4とおりです。
 
Ⅰ 「いばら姫」と同じく、姫と同時に城やその住民もすべて眠りについたが、姫と同時に目覚めた場合
 
姫の両親である王夫妻が姫の部屋に駆け付ける。騎士が姫を目覚めさせてくれたことに感謝、騎士を歓待するが、「現実世界」の人間が「おとぎ世界」に長く逗留するのは望ましくないと判断、魔の指輪とその他さまざまな財宝を持たせて騎士を故郷に帰す。財宝は「おとぎ世界」特有のものなので、リラの森を超えたところで石ころに変わり、指輪も魔力を失って、ちょっときれいな石のついたおもちゃのようなものになってしまう。騎士は故郷で平凡な地主生活に帰るが、指輪は青年時代の冒険譚とともに子々孫々まで大切に受け継がれる。
 
Ⅱ 姫が眠っている間に両親は亡くなり、使用人も去って、城は廃墟となる。ただ一つ残った塔で姫が目覚めた場合
 
1 騎士は姫を自分の故郷に伴って妻にしようと考える。馬の後ろに姫を乗せてリラの森を抜けて行くが、現実世界に帰ったところで振り向くと、姫の姿は消えて、残ったのはポケットに入れた指輪だけ。その後の展開はⅠと同様。
 
2 騎士は「おとぎ世界」に留まり、姫と塔で暮らす。が、「現実世界」の人間と「おとぎ世界」の人間は身体的に触れ合えず、騎士は「貴婦人(多くは主君の奥方や姫)に恋焦がれ、心身のすべてを捧げて奉仕するが、肉体関係は控える騎士道的恋愛***」をもって姫に仕えるほかはない。「おとぎ世界」での双方の寿命が尽きるまで。
 
3 騎士は自分のいたずらで姫が目覚めたことに驚き、反射的に逃げ出して指輪を手にしたまま「現実世界」に舞い戻る。その後の展開はⅠと同様。姫のほうは、目覚めたものの一人取り残されるが、それを気に病む様子もなく、「おとぎ世界」でいつまでも花や小鳥を相手に自給自足の生活を楽しんでいる。
 
筆者個人はⅡ-3が好きですが、他の展開の可能性についてもご意見伺えれば有難く存じます。
 

*筆者の持っている楽譜(全音楽譜出版社「ドビュッシー歌曲集Ⅰ」)にはまことに美しい訳詞がついておりますがあえて…

**日本語では➀「眠る/森の美女」、➁「眠る森の/美女」のどちらにも取れますが、原語の文法上は➁です。どのみち美女は眠っているのだから、意味的には①でも差し支えはないとは思います。

***原文は「amour courtois」筆者が学生時代に見たフランソワーズ・サガン原作の映画「夏に抱かれて」は、ナチの追及を恐れて自殺したユダヤ系ドイツ人の妻であったフランス人女性の戦時中の逃避生活を描いていましたが、フランスへの逃亡を手助けした夫の友人に向かい、主人公が淋しさのあまり「抱いて」と頼んだのに対し、この友人が「Non, amour courtois」(字幕は「プラトニックで行くよ」)と答えたのが印象的でした。その後身を寄せた南仏の地主の家で、フランス映画でのお定まり、男女男の三角関係が煮詰まっていくわけですが…


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