見出し画像

私は不倫している。第4話:決めごと

 そこからは早かった。
電話越しに「彼の代わり」を申し出た俺は、めでたく上司部下を超えた関係をスタートさせた。
もちろん彼女は私が結婚していることも知っている。
しかし、それについて橘絵里は何も言ってはこない。

だから彼女が彼氏と別れていなくても私は気にしないふりをしている。
彼女曰く「お互い2番手」だから良いのだそうだ。
とんでもなく都合のいい選択だった。

職場での会話のチャンスは意外と訪れなかった。だから食事やデートに行こうにもその機会はなかなかない。

 ここで不倫などという背徳行為をしたことのない健全な諸君に実態を言うものをお伝えする。
ちなみにオススメはしない。
そもそも妻帯者が他の誰かと交際するというのはかなり労力がいる。
例えばLINEで連絡を取り合うだけでも、妻の目を盗む必要がある。
ましてや電話などは家庭において全くする暇がないと言える。
私の妻の場合、不定休であることもあって、いつ家にいるか私はほとんど把握していないのである。
急にシフトを気にしだすのもおかしいし、わざわざ調べる習慣をつけるのも怪しまれる。
さらに休みが合えばほとんど、妻と出かけていた。決して仲が悪いわけではないので当然だ。
もう一つ問題なのは資金面だ。いくら中間管理職で共働きとはいえ我が家は特別裕福なわけでもない。
自分の好きに使える金などたかが知れていて小遣いは月に3万程度しかない。
世の中の男性の生涯浮気率は22%ほどだとGo〇gle先生が教えてくれた。
5人に1人の先輩方はどのようにお金を工面していたのだろうと不思議に思う。
 また、時間を作るのも一苦労だ。朝起きてから夜寝るまでの行動はほとんどルーティーン化している。
急に生活を変えて例えば毎日1時間ほど、週に1回の自由な日の時間を捻出したら、一発で怪しまれるだろう。

 健全な夫だったつい先日まではこんなこと考えもしなかったが、気が付けば見事なまでに不倫脳になっていた。
恐ろしい。インターネットの知恵袋によると、このような状態を「沼る」とかいうらしい。
いらんことまで知ってしまった。

 不倫の約半数は職場で起こるそうだ。単純接触効果といって、顔を合わせる回数が多ければより警戒心を解きやすくなるそうだ。
最も多い不倫の形は、上司と部下の関係で既婚男と独身女子の組み合わせということも知った。
完全に私たちだった。


そして、まったくもって私が言えたことじゃないが

不倫は絶対によくない。

特に相手が独身女子だったら尚のこと良くない。
男性側よりも女性側の方が失うものの価値が大きいのだ。
仮に周りにばれて別れた場合、私は妻に慰謝料を払い離婚かもしくはほぼ軟禁状態の結婚生活になるだろう。
これは自業自得だからいい。
しかし、彼女の場合は私の妻に慰謝料を払い、さらには「若さ」というかけがいのない代償を支払うことになる。
そして一人に戻り、単純にお金と時間を無駄にした嫌な思い出だけが残る。
そう、不倫の先には希望はないのだ。
私もいくら橘絵里が大変可愛いからと言って、「妻と別れて君と一緒になる。」など思ったことは一度もない。
つまり私の目指すところは、何と都合よいことか
①妻にばれず、現在の結婚生活はつづける。
②橘絵里と二人の時間を時々過ごす。
③なるべくお金と時間を使わないでデートする。
となる。

 さて、ここからはウォーキング中に二人で決めたルールについてだ。
彼女の神経は思いのほか、ずぶとかった。
無論、職場にばれるわけにはいかない。さらに奥さんにばれてもいけないから連絡も少し控えましょうと彼女は言った。
どうせ職場で毎日顔合わせますしと続け、
「私も彼との付き合いは続けます。その方が依存しないで済むから。」
とのことだった。その方が彼女にとっても都合がいいと思いつつ、自分勝手に嫉妬心を感じていた。
つまり私は完全な「彼の代わり」ではなく、二番手ということだ。
しかし私にとってもこれはある意味ありがたい提案だった。責任を取る必要がないからだ。

 そしてこの女、慣れている。とも私は思った。
実はその通りで前の彼氏はやはり妻帯者で3年半ほど職場不倫をしたことがあるとのことだった。
つまり彼女は私から見れば先輩ということになる。
てきぱきとルールを決める様子は、まるで少女がおままごとの設定をうれしそうに話しているように見えた。
この笑顔が堂々と見られる関係になったことを改めて実感し、この日初めて手をつないでウォーキングしてみたりした。
中年男性と若い女性が、中学生のように滑稽に。

 関係が始まってから私は職場でつい二人になろうとしたり、意味深にほほ笑みかけたりして結構気持ち悪いおじさんだったと思う。
明らかに浮かれすぎており、皆にバレるのも時間の問題だったため彼女にやんわりと注意された。
人前では努めて普通に過ごす。これがもっとも難しかった。

そしてついに私たちは付き合い始めて数日後、めでたく(?)初デートを迎えることになるのだった。

次回、「一線を越える」です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?