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『隠し砦の三悪人』:1958、日本

 戦乱の時代。百姓の太平と又七が、秋月領の荒野を当てもなく歩いていた。戦に出れば立身出世のはずが、戦に間に合わず、負けた方の雑兵と間違われて死人の後片付けをやらされ、何とか逃げ出したのだった。
 2人は空腹と苛立ちから、些細なことで罵り合いを始めた。そこへ、衰弱した侍がフラフラと現れた。その男を追って、騎馬侍たちが入って来た。彼らは男を斬り、馬で走り去った。

 太平と又七は再び言い争いになり、そこで別れることにした。太平は、関所に見つからないよう逃げてきた男たちと一緒になった。一方、町にやって来た又七は、「秋月氏母継たる雪姫を捕らえた者には黄金十枚を恩賞として与える」という札書きを知った。秋月は山名との戦に負け、雪姫は姿をくらましていたのだ。
 そこへ馬に乗った山名の侍たちが現れ、又七は捕まってしまった。太平と男たちは霧の中を進むが、関所に近付いてしまった。発砲を受けて男たちは死亡し、太平は捕まった。

 太平と又七は、落城した秋月城へ連行されたところで再会した。2人は喜び合うが、すぐに引き離された。太平は一緒に捕まった連中と共に、城に埋めてあるという黄金を堀り出すよう命じられる。だが、捕まった人夫たちは反乱を起こし、門を破った。彼らが城の階段を駆け降りようとすると、鉄砲隊が待ち受けていた。
 太平と又七は「もう駄目だなあ」「一緒に死のうなあ」と嘆く。だが、人夫と鉄砲隊が雪崩れ落ちて行った後に取り残され、幸運にも生き残ることが出来た。

 城から逃げ出した太平と又七は、山中へ入った。「これからどうする?」と太平が漏らすと、又七は「お姫様でも捜すかな」と呟き、町で見た札書きのことを話す。太平は「そんな夢みたいな話、欲をかいて捕まったら、今度こそ捕まらねえぞ」と吐き捨てた。
 国を越えるのは難しく、2人は落ち込む。食事を作ろうとした又七は、一向に燃えない薪を投げ捨てた。すると、川から金属音がした。不思議に思って川へ行くと、金の延べ棒が落ちていた。薪の中に、黄金が隠されていたのだ。

 延べ棒には、秋月家の印である三日月の紋所が刻まれていた。太平と又七は、他にも無いか手分けして探し始める。又七が見つけると、2人は黄金を奪い合って喧嘩になる。その様子を、遠くの岩場から見ている一人の男が観察していた。男に気付いた2人は小声で相談し、静かに立ち去った。
 その夜、太平と又七が野宿していると、男が現れた。こんな山の中で何をしているのかと問われ、2人は早川領へ行きたいのだと告げた。すぐに男から「この山を越えると山名領だ」と指摘され、2人は狼狽した。

 太平と又七は、咄嗟に「今いる秋月領から早川領へ抜けてえんだがよ、国境は山名が固めていて抜けられねえ。山名から早川領へ抜ける方が易しいに違いねえ」と嘘をいた。すると男は「良い知恵だ」と笑い、「黄金二百貫。この国では宝の持ち腐れだが、馬3頭と男3人あらば運び出せる」と言う。
 次の日、男は2人を連れて岩場を歩いた。彼が真壁六郎太と名乗るので、「馬鹿にするな、真壁六郎太と言えば、秋月方の名うての侍大将じゃねえか。ただの青大将のくせしやがって」と2人は怒った。

 六郎太は米を焚けと高飛車な態度で命令し、水場へ移動した。「米を洗え」と要求された太平と又七が反発すると、六郎太は力ずくで服従させようとした。岩場に戻ると、女の姿があった。
 六郎太が追い掛けると、彼女は姿を消した。2人から「どこの女だ」と訊かれた六郎太は、「知らん。恐ろしく足の速い女だ。もう姿が無い。あの女は俺が貰った。手を出すと命は無いぞ」と恫喝した。

 六郎太は太平と又七に、土を掘るよう命じた。六郎太が出掛けると、2人は苛立ちと不信感を募らせる。六郎太が既に黄金を見つけており、一人占めするつもりではないかと疑った2人は、水場へ走った。すると、あの女が一人でいた。
 女は2人に気付いても、全く動じる様子を見せなかった。立ち去る女は、秋月紋の入った櫛を落とした。それを拾った2人が慌てて追い掛けると、六郎太とぶつかった。

 太平と又七が「あの女は雪姫ではないのか」と指摘すると、六郎太は「その櫛は俺が雪姫から取り上げて、女にやった。雪姫は捕まえて山名方へ突き出した。恩賞金は10枚」と小判を見せる。しかし2人は信用せず、六郎太が雪姫を差し出して報奨金をせしめるつもりだと確信した。
 又七は女の居場所を山名に知らせようと、町へ走った。しかし戻って来た又七が「姫はとっくに突き出されて打ち首になった」と言うので、太平は落胆した。

 「疑ってすまねえ」と又七から謝られた六郎太は、無言のまま立ち去った。彼は森の奥にある洞窟へ向かい、そこにいる女と会う。女は雪姫であり、そこは秋月の隠し砦だった。
 六郎太は、妹の小冬が姫の身代わりに立って打ち首にされたことを報告した。淡々とした口調で「これで姫様の身も御安泰」と言うと、雪姫は「命に何の代わりがあろうぞ。妹を殺して涙一つ流さず、その忠義顔」と激昂した。この機に落ち延びようと考えている六郎太に対し、雪姫は「嫌じゃ」と強い拒絶姿勢を示した。

 秋月の老将・長倉和泉が洞窟を訪れ、六郎太から百姓たちを使う作戦を聞かされた。「あの2人、どこまで頼めるかのう」と言う長倉に、六郎太は「頼むのは、あの強欲。黄金を背負わせれば、どのような苦難にも耐えるでしょう」と答える。
 長倉が「軍用金は、その策で良し。しかし姫は」と言うと、彼は「このままで安全というわけにはいきません」と言い、一刻も早く盟約のある早川領へ移動すべきだと主張した。そのため、彼は雪姫に口の利けない女を偽らせるつもりだった。

 六郎太は太平と又七を水場へ連れて行き、そこに沈めてある二百貫入りの薪を運ばせる。用意した馬にも薪を乗せて運んでいると、雪姫が現れて同行する。身を隠した長倉たちが見送る中、4人は隠し砦を出発した。
 六郎太が近くの様子を見るため離れた隙に、太平と又七は黄金を持って逃げ出そうと企てた。雪姫の耳が聞こえないと思い込んでいる彼らは、身振り手振りで「馬に水を飲ませて来る」と嘘の説明をして去る。しかし、川向こうに山名の軍勢がいて見つかりそうになったため、慌てて逃げ出した。

 六郎太は戻って来た太平と又七に平手打ちを浴びせ、「お前らの腹は分かった。黄金を持って失せろ」と告げる。2人は馬を連れて去るが、川向こうに軍勢が集まっているのを見て困り果てる。
 六郎太の元へ戻った彼らは、「頼む、連れてってくれ」と弱々しく頼み込む。4人が歩き始めると、隠し砦の方から火の手が上がるのが見えた。六郎太は「出掛けるぞ、関所を通る。俺に策がある」と口にした。

 関所へ向かった六郎太は、役人に黄金を差し出し、擂鉢山で拾ったことを告げた。役人から黄金を受け取った奉行は、秋月の紋を確認する。六郎太が「俺の物だ、返せ」と取り返そうとすると、奉行は「ならぬ」と拒む。
 「返さないならば、褒美をくれ」と六郎太が要求すると、奉行は「ならぬ、早く行け」と命じた。六郎太が居座ろうとすると、役人たちは強引に追い払った。こうして一行は、無事に関所を通り抜けることが出来た。

 六郎太たちが去った後、山名の使いが関所に来た。彼は「馬を引く男数名と女1名を見たらひっとらえよ。秋月の郎党と雪姫だ」と言う。奉行が驚いて「雪姫は打ち首になったのでは?」と問うと、「打ち首となったのは身代わりの可能性がある。隠し砦を発見したが、老臣たちは逃げようともせず最後まで戦って火を放った。何者かにを逃がし、それに急を知らせるためだ」と使いの男は語った。

 六郎太たちは山名の町に入り、木賃宿で泊まることにした。宿に入った雪姫は、人買いの男に扱き使われている百姓娘を見た。六郎太は侍から声を掛けられ、「あの馬を売ってくれ。駄馬なら5頭は買えるぞ」と言われる。侍は金を渡し、馬を持ち去った。
 雪姫は六郎太を太平と又七から離れた場所に連れ出し、百姓娘を買い戻すよう要求する。六郎太「なりません」と言うが、雪姫は強情を張った。

 翌日、六郎太たちは薪を荷馬車に積み、それを運んでいた。町で助けた百姓娘も荷車を押していた。「どこまで付いて来る気だ。もう良い、帰れ」と六郎太が言っても、彼女は付いて来た。そこへ山名の騎馬侍たちがやって来て、「馬3頭に薪を積んだ4人連れを見なかったか。見たら近くの番所に知らせろ」と言って去った。
 太平と又七が馬鹿にして「なぜ薪を調べねえんだ」と笑っていると、侍たちが戻って来た。彼らを馬を降り、薪に手を掛けた。六郎太は刀を抜き、侍を斬った。それを見た残りの2人は、馬で逃げ出した。

 六郎太は敵の馬に乗り、侍たちを追跡した。2人目を斬った時には、敵の陣地に入り込んでいた。敵兵に囲まれた六郎太の耳に、「いよお、真壁六郎太」という声が聞こえた。山名の侍大将・田所兵衛の声だった。六郎太と兵衛は敵同士だが、互いを認め合う仲でもあった。
 六郎太が「やるか」と持ち掛けると、兵衛は「うむ、願ってもない」と応じ、2人は槍で戦うことにした。戦いの末、六郎太は兵衛の槍をへし折った。兵衛は「参った」と言い、その場に座って観念する。しかし六郎太は「また会おう」と言い残し、馬で去った。

 一人で村に出た百姓娘は、六郎太や雪姫たちが黄金20枚で賞金首となっていることを知った。そこで初めて、彼女は自分を助けてくれた者の正体を知った。
 一方、六郎太たちは山で雨宿りをしていた。太平と又七が苛立つ中、六郎太は「味噌樽でも手に入れて来る。薪のままではどうにもならん」と言い、どこかへ出掛けた。その間に太平と又七は、眠っている雪姫を襲おうと企んだ。だが、そこへ戻って来た百姓娘が大きな石を振り上げ、彼らを威嚇した。

 しばらくすると、太鼓を打ち鳴らす集団が山を登って来た。今夜は火祭りで、彼らは山で薪を焚いて踊るのだ。太平と又七は、その行列に潜り込もうと考える。山名の侍たちは、火祭りの行列に六郎太たちが紛れるかもしれないと考え、山へ向かっていた。
 味噌樽を運んでいた六郎太は、彼らの会話を耳にした。雪姫と太平、又七は荷車を運び、火祭りの行列に紛れ込んだ。そこへ山名の侍たちが来るが、薪を持った連中ばかりなので捜しようが無い。大将は「怪しいのは列を離れる奴。そいつを調べれば事は済む」と告げた。

 六郎太が雨宿りの場所に戻ると、百姓娘だけが残っていた。「他の者はどこへ行った?」と彼が尋ねると、百姓娘は火祭りの行列に紛れて先に行ったことを教えた。日が落ちて、火祭りが始まった。群衆は薪を焚き、激しく踊った。
 そんな中、男たちは荷車の薪を火に入れようとするが、太平と又七は必死に拒絶した。その様子を見た山名の侍たちは、薪を疑って調べようとする。そこへ現れた六郎太は「燃やせ、燃やせ」と言い、荷車ごと火の中へ突っ込ませた…。

 監督は黒澤明、脚本は菊島隆三&小國英雄&橋本忍&黒澤明、製作は藤本眞澄&黒澤明、撮影は山崎市雄、美術は村木與四郎、録音は矢野口文雄&下永尚、照明は猪原一郎、美術監修は江崎孝坪、監督助手は野長瀬三摩地、振付は日劇ダンシングチーム&東宝芸能学校、音楽は佐藤勝。

 出演は三船敏郎、千秋実、藤原釜足、藤田進、志村喬、上原美佐、三好栄子、樋口年子、藤木悠、土屋嘉男、高堂國典、加藤武、三井弘次(松竹)、小川虎之助、上田吉二郎、富田仲次郎、田島義文、沢村いき雄、大村千吉、堺左千夫、佐藤允、小杉義男、谷晃、佐田豊、笈川武夫、中丸忠雄、熊谷二良、廣瀬正一、西條悦朗、長島正芳、大橋史典、大友伸ら。

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 黒澤明が初めてシネマスコープ (TohoScope) で撮った作品。第9回ベルリン国際映画祭で監督賞と国際批評家連盟賞を受賞した。1977年にジョージ・ルーカスが撮った『スターウォーズ』に大きな影響を与えていることは、映画ファンの間では有名だ。『スターウォーズ』に登場するC-3POとR2-D2は、太平と又七がモデルになっている。
 六郎太を三船敏郎、太平を千秋実、又七を藤原釜足、兵衛を藤田進、長倉を志村喬、雪姫を新人の上原美佐、老女を三好栄子、百姓娘を樋口年子が演じている。

 隠し砦を出発するまでの時間が、やたらと長いなあと感じてしまう。砦を出発する時点で、映画が始まってから1時間が経過しているというのは、やはり長すぎる。
 まず、冒頭、歩いている太平と又七が喧嘩別れして、それぞれ侍に捕まり、城へ連行されて来るまでのシーンは要らない。そこで時間と手間を掛けるのは邪魔だと感じる。2人が城で強制労働させられているシーンから始めればいい。

 2人が「簡単にコンビ別れするが、すぐに和解する」という関係性だということは、城から始めても描写できる。強制労働の最中に些細なことで言い争いを始めて、反乱の中を生き延びたところで「良かったなあ」と抱き合う様子を描けば、それでOKだ。
 また、この映画だと、2人が連行された直後に反乱が起きており、それは流れとして性急に感じるのだが、労働シーンから始めれば、「これまで何日か労働を強いられていて、そんな中で反乱が発生した」という風に受け取れるので、唐突な感じは薄くなる。

 六郎太が登場して太平と又七を岩場へ案内してからのシーンも、色々と無駄が多い。岩場で太平と又七に米を準備させ、水場へ移動して米を洗わせ、また岩場へ戻るという手順を踏むのは、何の意味があるのか全く分からない。
 また、岩場を掘らせるのも理解に苦しむ。土を掘らせた理由について、六郎太は後になって「お前らの根性を試した」と後で語っているけど、まあ意味の無いことで。

 この機に逃げ出そうという六郎太の意見を雪姫が拒絶するシーンがあるが、ここを変更すれば、時間短縮に繋がる。そこで妹の死に対する六郎太の冷たさに激怒した雪姫が、彼を枝で打とうとした瞬間に六郎太の表情を見るか、あるいは立ち去って洞窟へ戻った時に老女と話す六郎太の様子を見るかして、そこで彼の苦しみに気付き、意見に従おうと決めるという風にすればいい。
 つまり、その場面で、出発が決まる形にしておけばいいのよね。その段階では、まだ黄金が見つかっていないけど、実は掘り出す作業なんて何の意味も無くて、最初から泉に隠してあるんだからさ。長倉を待たなきゃいけないという事情はあったのかもしれんが、それも手順を早めれば済むことだ。最初に六郎太が洞窟へ行く際、そこで待っている形にでもしておけばいい。

 ただし、出発までの1時間を我慢すると、それ以降は娯楽映画として楽しめる仕上がりになっている。
 六郎太が荷車を調べる侍を斬った後、馬で逃げた2人を追跡するシーンは、この映画を語る時に良く挙げられるアクションの名場面だ。六郎太は刀を構えて中腰になり、両手を離したまま馬を走らせる。そしてバランスを崩さずに刀を振り下ろし、敵と戦う。
 スタントマンでも難しいようなアクションだが、三船は自らこなしているのだ。すごいよなあ。あと、終盤、百姓娘を馬に引っ張り上げて敵陣から走り去る動きも素晴らしい。

 後半部分での大きな不満点が1つあって、それは太平と又七の扱いだ。あれだけ深く「一行」として物語の進行に関与していると、もはや2人はコメディー・リリーフの領域に留まっていない。そうなると、最後まで役立たずで、六郎太や雪姫たちを置いたまま逃げ出してクライマックスには全く関与しないってのは、キャラの動かし方として上手くないと感じる。
 とは言え、彼らが六郎太や雪姫を助ける義理は何も無いので、その前に六郎太か雪姫が彼らの命を救ってやるようなシーンを用意して、「だから恩を返すために何か行動を起こす」という展開にしておけばいいんじゃないかと。

 後半に登場する田所兵衛は、「裏切り、御免」という本作品で最も有名なセリフを口にするキャラクターだ。六郎太、雪姫、百姓娘が処刑されそうになった時、兵衛は黄金を積んだ馬を解き放つ。
 さらに六郎太たちの縄を切り、仲間の兵たちに槍を向けて戦う。そして雪姫に「兵衛、犬死には無用!志あらば続け!」と言われると晴れやかな顔で馬に乗り、「裏切り、御免」と言って走り去るのだ。

 この兵衛という男、敵将ではあるが、最初から好漢として描かれている。六郎太が陣地に迷い込んで来た時、大勢の兵たちがいるのだから、一斉に襲撃させれば、仕留めることは簡単だっただろう。鉄砲があれば、それで撃たせるのもいい。
 だが、兵衛は六郎太から「やるか」と言われ、彼との一騎打ちに応じた。互いの腕前を認めた者同士だけに分かり合える絆で、2人の心は結ばれているのだ。もちろん敵ではあるが、それ以上に「良きライバル」なのだ。

 そこでの戦いは、だから少なくとも兵衛にとっては、「山名」とか「秋月」という国は関係が無い。そういうものを背負っての戦いではなく、あくまでも個人と個人の勝負だ。だから、六郎太が家紋の付いた陣幕を槍で破った後、自分も戦いの中で平然と破っている。
 その行動は、「仕える主君や国など気にしていない」ということを象徴している。槍をへし折られても、まだ矢じりは残っているから戦おうとすれば戦えるのに、彼は「参った」と観念する。その潔さ。敵ながら天晴である。
 だから、出発までの尺を早めて、もう少し兵衛の出番を増やした方がいい。最初の登場シーンで六郎太と戦って、次に登場すると、もう主君から顔に傷を付けられているんだよな。

 前述のように、六郎太たちは処刑されそうになったところで、裏切った兵衛に助けてもらう。セオリーからすると、そこは主人公サイドが何か作戦を立てるなり、敵の隙を突くなりして、自分たちの力で窮地を脱して敵を倒すべきだろう。
 だから、そこは構成としてはマズいはずなのだが、そのマズさを気にさせないだけの力がある。その要因は、雪姫の存在だ。その前に彼女の言葉があって、それに打たれて兵衛が裏切るという展開になっているのだ。

 六郎太たちが敵に拘束された後、そこへ兵衛が会いに来る。その顔には、主君から受けた大きな傷が付いている。その段階では、「観念したのに斬らなかったせいで恥をかかされ、そのせいで罰を受けた」ということになるわけで、だから情けを掛けた六郎太に恨みを抱いている。
 だが、そこで雪姫が「人の情けを生かすも殺すも己の器量次第じゃ。また家来も家来なら主も主じゃ。敵を取り逃がしたと言って、満座の中で罵り打つ」と言う。さらに、詫びる六郎太に向かって「姫は楽しかった。この数日の楽しさは城の中では味わえぬ。装わぬ人の世を、人の美しさを、人の醜さを、この眼でしかと見た。六郎太、礼を言うぞ。これで、姫は悔いなく死ねる」と語る。

 この場面で、姫君の人間としての素晴らしさに、兵衛は心を揺さぶられたのである。この心意気、気高き魂、器の大きさに惚れたのである。つまり、兵衛の裏切りを発生させたのは雪姫の力なので、間接的ではあるが、「自分たちの力で窮地を脱した」という風にも解釈できる。
 雪姫を演じる上原美佐は、少し力を入れてシャベルと声が裏返るなど、お世辞にも芝居が上手とは言えないのだが、姫としての威厳や風格がある。そして、ものすごく目力がある。だから、そんな彼女の言葉に兵衛が心を打たれて味方をするというところにも、充分な説得力が生じている。

(観賞日:2011年10月16日)

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