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【365日のわたしたち。】 2022年4月11日(月)

真夏のような暑さだった。

いや、真夏はもっと暑いのか。

もう一年前の感覚のことなど、覚えてはいない。

でも、日差しは春のわりには厳しい。朝のニュースの気象予報士さんも同じように言っていたので間違いないだろう。

こんななかを外回りを行かないといけないなんて、営業とはなんと悲しい仕事なのか、と心の中で嘆く。

一方で、何かと外に出る理由を作れる営業は、自分で逃げる場所とタイミングを作れる救いのある仕事だな、とも思っている。

果たして、汗だくで後ろに付いて来ている新入社員くんは、この営業職の辛さと魅力の両方を感じ取れるだろうか。

「大丈夫?汗だくじゃん。取引先の会社入る前に、きちんと汗拭いて涼しい顔に戻せそうかな?」

「はい、多分、大丈夫です...」

自信なさげな回答。

なんとも心配な後輩である。


そんなことも想定して、実は約束の時間の30分前には取引先の会社が入っているビルに到着できるよう、オフィスを早めに出発していたのである。

このビルの前には、穴場の喫茶店がある。

人も少なくて居心地が良いその喫茶店は、私がよく打ち合わせ前に使わせて貰っているところだ。


「よし、商談前に決起集会だ!」

「え、もう10分で商談の時間ですけど、どこ行くんですか?」

「はいはい、実は商談は13時45分からです。ウソつきました。ごめんなさい。」

慌てふためく後輩くんを横目に、カフェへずんずんと向かう。


いつも通り、少し地下に入っていく階段の先にある扉を開けると、チリンチリンとベルが鳴って、冷房の風がフワッと店内から外へ流れて出てきた。

二人席めがけて進み、なかなか奥の席に入りたがらない後輩くんを無理やり押し込む。

正面の椅子に座って、後輩くんに希望を確認したのち、スピーディーにアイスコーヒーを二つ頼む。

店内には、私が行くといつもいるおじいさんが、いつもの席で新聞を読んでいた。
その他には、マスターがコーヒーを淹れている姿が見えるのと、オーダーを通し終わったウェイトレスが少し暇そうにカップを拭いている、というだけ。

なんとも居心地が悪そうで、どうにも居心地がいいカフェなのである。





「...それで、これをもし検討するってことだったら、こっちの提案書を渡して今日はおしまいって流れ。大丈夫そう?」

「はい、一通りは頭に入っています。」

カフェに入って少し落ち着いたのか、さっきよりも返事がしっかりした後輩くん。

「よし。じゃあ、あと10分したら取引先向かおう。」

「はい。」

そう言うと、束の間の沈黙が流れた。

沈黙を破ったのは、後輩くんの方だった。

「先輩って、3年目ですよね?」

「そうだよ〜。」

「なんだか、すごいですね。俺、3年で先輩みたいになれるか不安です。自信もあって、仕事もできて。こんな風に穴場のカフェで商談前の精神統一したりとか。すべてが計算し尽くされた行動で。」

後輩くんの突然のお世辞によって急激に締まった喉が、飲んでいたアイスコーヒーを押し戻してきて、私はむせ込んでしまった。

「大丈夫ですか?!」

そういって後輩くんが渡してくれたおしぼりを受け取って、ひとしきり咳払いした後、後輩くんに返答しようと前を向いた。


後輩くんの姿を改めて正面から見つめたその時、私は3年前の春の事を思い出した。


3年前の春、私は今日と同じ取引先に来ていた。

私の前にこの取引先を担当していた先輩に連れられて。

先輩は、私の三つ上だった。

その先輩こそが、私にこのカフェを紹介してくれた人なのだ。


私もあの日、この席で先輩の正面に座っていた。

そして私も、まさに後輩くんと同じようなことを先輩に言ったことを覚えている。

「私、先輩みたいになれるか自信ありません。こんなに色々先回りして考えてて、やってること全てに自信が溢れてて。すごいです。」

その言葉を聞いた先輩は、ぶははっと笑った。

そしてひとしきり笑った後、私の目を見てこう言ったのだ。

「そう見えてるなら、よかったよ。死ぬ気でやってきたんだ。」



そっか。

あの時の先輩は、こんな気持ちだったのか。

最初から、すべてを出来たわけじゃない。

必死で、

死ぬ気でやってきたから、たどり着いたところ。

自分の成長を、後輩からの何気ない一言で気付かされ、そしてちょっと、自信をもらえたんじゃないだろうか。



むせた後、一言も発しない私を心配そうに見つめる後輩くんの目を見て、私はこう答えた。


「そっか。そう見えたなら、とっても嬉しいよ。私、必死でやってきたからさ。」



後ろの方で、バサッと新聞紙をめくる音がした。






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