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短編110.『作家生活11』〜新・担当くん篇〜

 それを”型”とは呼びたくないので、敢えて横文字で”スタイル”とするが、あらゆる自己表現はそれを繰り返しているうちに、ある種のスタイルが出来上がってくる。

 自分の根底にある魂に根ざした、代替不可能なもの。

 それが私の云う、”スタイル”だ。

 スタイルさえ出来上がってしまえば、後はそれをバネとして跳ぶことも、そこから逸脱するも戻るも自由だ。

 スケール(音階)を熟知している音楽家がフレーズの途中でスケール外にアウトしても難なく戻ってこれるのと同じように。(むしろそっちの方が音楽的にスリリングだったりもする)

 あらゆる表現には通底した基盤としてのーーーーーー。

          *

 そこまで書いたところで、インターホンが鳴った。モニター画面には着物を着たおかっぱ頭の女が映っていた。ーーー座敷わらし?大人の?

 受話器を口元に持っていく。「…はい」人見知りが全開になっていた。

「文芸編集部から参りました、本日からセンセの担当をするよう申しつけられた者でおす」
 スピーカーから聞こえてくる声は”はんなり”としていた。京都という名の蛇口が全開だった。

 北海道に帰った前担当編集者くんの顔が頭をよぎる。無事、お見合いは果たせただろうか。結婚までの間、あの冷酷さを隠し通せるものなのだろうか。

          *

 八つ橋をもらった。ニッキ味だった。京都人は八つ橋を食べないという噂は嘘だったらしい。

「センセの作品はどれもみな素晴らしい出来でおすなぁ」
 書きかけの原稿を覗き込んだ新・担当くんは言った。
「私、センセの作品の大ファンなんどす。今回このように担当にしてもろて大変嬉しおすなぁ」
 なんだかとても良い担当を付けて貰えたような気がしてきた。”京都人”ということは敢えて無視することにした。”ぶぶ漬け”だろうがなんだろうが居座ってでも食べる所存だ。

「お茶、入れまひょか?」と新・担当くんは言った。「作家さんの仕事って大変なんどすぇ?少しでも書くことに専念してもらえるよう、担当として頑張りますぅ」

 前・編集者くんのように勝手に一人で珈琲を飲むこともなければ、こちらを気遣ってもくれる。名コンビになれそうな気がしてきた。これは…ノーベル賞が近い。

「作家は大変な仕事だよ。でも」他人に淹れてもらったお茶は美味い。「金がないせいで、誰にでも出来るようなクソ仕事をやっていた頃に比べたら、今は天国みたいなものだね」嗚呼、お茶が美味い。「自分の文章でお金が貰える。これほど幸せなものもない」
「属人性、ゆうものですなぁ」
「そうだね、ゾクジンセイ。文章を書くって行為には、『確かに自分がやっている』という手応えがある。何もない白紙ページが言葉で埋まっていくのを見る時、生きていることを実感するんだ」

 新・担当くんが来てから、私はまだ煙草を吸っていないことに気付いた。ストレスフリー。前・編集者くんの頃は山と吸っていたというのに。煙草まで止められてしまうかもしれない。最終的に、路上を走り出す気配さえあった。『羊をめぐる冒険』を書き始めた頃の村上春樹大先生のように。

          *

「あの…”洞察”こそが作家の仕事だとは思うんだけど、敢えて聞こう。…出身どこ?」
「鹿児島どす」

 南国だった。桜島の申し子がやって来た。謎の京都弁を操る”薩摩おごじょ”が。


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