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警鐘の咲く庭

赤ずきんは不思議な顔で狼に近づく


寝息をたてた狼は
深く被ったキャップから透かし目を


幼い彼女には
狼がどんなものか知らない


久々に会うおばあさんが少し黒ずんで
声がしゃがれてるなんて

看病しにきたのだから
なにも変じゃない

狼はいつも彼女を見ていた

無邪気に村の人と遊ぶ彼女を
自分のものにしたくて
今日は一大事


もう後戻りは出来なかった

「ねぇ、おばあさん?
起きて一緒にぶどうパンを食べましょう?」

お母さんからもらった差し入れを
丁寧にかごから出して

狼の肩を揺らす


「んん…赤ずきんや、私は今のどが痛いんだよ…」

無理に目を開けようとしない狼


「そぅ…。ならこのワインを暖めてあげましょうか?」


お母さんがいつも風には暖かくしたワインが良いって言ってたことを思い出した


「ありがとう…。でも私は君がこうやって近くにいてくれたら…うれしいな」


思いがけず本音が漏れる狼は
薄目を開けて、心配する彼女を見つめた

「おばあさんったら、私はお医者さんじゃないわ(笑)」

少しあきれた声で笑った赤ずきんの顔は、狼には初めて自分だけに見せた顔だった…


─僕の腕が毛むくじゃらで、指にも爪がなかったら、
君を近くによせられるのに…

「本当に大丈夫なの?」

また心配そうに聞く


「大丈夫だよ。そうだ赤ずきん、良かったら今日咲いたはずの庭のすずらんを少し積んできてくれないか?」

「すずらん?…私とお母さんが去年植えたものね‼」

「そうだよ、ようやく咲いたんだ」


「わかったわ」


赤ずきんはなにも疑わず
ベッドを離れると、
かごをテーブルに置いて出ていった

「…」

心臓が止まりそうな狼は
これ以上の会話は出来ないと思ったのだ…


ベッドから出ると
変装したキャップもローブも脱ぎ捨ててる


「今日は僕の一番の記念日」


少しにやけた彼は
テーブルの上のぶどうパンをひとくちかじった


窓の外の赤ずきんを見たとき

息が停まる


─おばあさんだ…!


出掛けてたはずのおばあさんが
赤ずきんに近付いていた…

花に夢中な赤ずきんはまだ気付いてなかった

あせった狼は

食べかけのぶどうパンを握ったまま


急いで家から出た

嬉しそうなおばあさんが
赤ずきんに話しかけると
びっくりした彼女は
手に積んだすずらんをおばあさんに見せる


狼は走った


留守を狙うのが悪いことも


すずらんを摘ませたことよりも

自分が狼だとわかるのが怖かったから。

「おばあさん、このくらい摘めば大丈夫かしら?」

「どうして今日咲いたってわかったの?」

「え?」

その言葉に怪訝な顔をする赤ずきん。

「だってさっき、おばあさんがベッドで言ったじゃない…?」

「いやだわ、赤ずきん。私は今お薬をもらいに出掛けてたんだよ、家には誰も…」

そういいかけた瞬間、すぐにおばあさんは顔色を変えて家の中に目をやった

「そんな、だっておばあさん、今の今までベッドに…」


赤ずきんも急いで家へ走る


「……」


静まり返った家の中。


誰もいない。

「赤ずきん、目に見えるもの全てが知り合いではないのよ」


「え?」


「その人はどんな声だった?」


「黒くてしゃがれた声で、横になってたわ…。」

「そう…(微笑)」

「おばあさん、とてもひどい風邪なのかって思って…」

「赤ずきん…」


おばあさんはそう言って彼女を抱き締めた。

「それはあなたを狙う獣よ」


「ケモノ?」

「そう、彼らはいつだって私たちに成り済ます。そして隙を見て私たちを頂くの…」


「お化け…なの…?」


「お化けよりはっきり見えたでしょ?」

赤ずきんはもう一度、頭の中で
さっきまでの彼を思い出した

「庭のすずらんが今日咲いたから…」


彼の言葉は
そんな風に思えなかった


赤ずきんは現実に目を向けた


テーブルの上のパンがなくなっていたことを知った


─やっぱり本当だったんだ…


それでも赤ずきんは
ちっとも怖くならなかった

抱き締めるおばあさんの力はとても強いのに


赤ずきんはずっと不思議に思った


次の日、赤ずきんはおばあさんの家を出た。


ドアを開けたすぐ下に


沢山のすずらんがまとめられていた…


「…ケモノさんだ(笑)」


赤ずきんは笑顔のまま

空のかごに
そのすずらんをいれた…。



2020年11月12日作

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