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私が管理本部長だ! vol.7.5

中途採用は気が付かない

我が社は創業5年目の会社だ。新卒採用など無い。

正確には、社員を一から育てるための決まったフローが社内に存在しないため、「会社に育ててもらおう」と社員入社した人材は決まってガッカリしてすぐに辞めてしまう。
だが逆に、自分から率先して動くタイプは出世するのが早く、即戦力と見られる人材はすぐに会社に馴染んでしまう。

そのため、アルバイトで実務を覚えてから社員登用されることが非常に多いのだが、最近ではそれなりの経験を持った人材が社員として中途採用で入って来ることも増えてきた。

だが、この『それなりの経験』と言うものが、最初は良いが結構面倒くさいことを引き起こしたりもするのだ。

*****

「ちゃんと実績を評価してくださいよ!」
最近武蔵小山店で店長になった巴山は明らかにイラついていた。

この日は視察のために各店舗を回っていたのだが、そこで巴山に「高良川さん、今日ちょっと時間ありますか?」と呼び止められたため、急遽バックヤードで打ち合わせをすることになった。

巴山は半年前に中途採用で社員入社した。
遠慮の無い物言いや態度で誤解されることも多かったが、前向きに売り上げを上げようと動き続ける姿勢が評価され、入社三カ月で店長に抜擢された。が、そのタイミングで給料の額が変わることは無かった。

「僕が店長になってから明らかに店舗の売上は上がってますよね。なのに、なんで評価してもらえないんですか!給料ももうちょっと上げてもらっても良いと思うんですけど!」

「巴山くん、、急ぐ気持ちはわからないでもないですが、まだ店長になって三カ月じゃないですか」

「いやいや、もう三ヶ月ですよ!僕は、この会社はすぐに実績を評価してもらえるって聞いたから入ったんですよ!」

「そうですか。。ちなみに、君の言う実績とは何のことですか?」

「それは売上に決まっているじゃないですか!」

今の武蔵小山店では、毎月阿部取締役から売上目標が出されていて、ここ三ヶ月はその目標を少し上回っていた。

「そうですか。確かにそれも一つの実績ですね。ただ、会社の考える実績はそれだけじゃありません」

私は一呼吸おいてから続けて言った。

「巴山くん、君は会社全体やこの店舗の営業利益のことは考えていますか?」

巴山は少しだけ息を飲んだ。

「・・いえ、あんまり考えてないです。そんなの教えてもらってないですし」

「そうですか。では、評価されたいと言うのであれば考えてください」

*****

割と勘違いしている人間が多いのだが、管理本部長である私が給与査定に関わることはほとんど無い。だが、雇用契約書の作成を担当しているので、昇給や降給の連絡は私から行うことが多い。

ちなみに、武蔵小山店の査定担当は阿部取締役だ。

「武蔵小山店はなぁ。。家賃も高いしあんまり利益出ないんだよな。。」
阿部取締役は月締めの収支表を見るたびにそうこぼしている。

「巴山が店長になって少し売上も上がったけど、あいつ中途採用だからちょっと人件費も高めだしなぁ・・」

と、自分が決めた人事にも関わらず、数字を見るとブツブツと言い始めるのだ。

*****

「目標設定の仕方は担当者にもよりますが、それを達成したかどうかだけが査定に関わるとは限りません。ちなみに巴山くんは、自分の給料はどこから捻出されていると考えていますか?」

「・・僕は自分の給料は自分で稼ぎたいので、今は武蔵小山店の売上から出ていると考えています」

なるほど。

「そうですか。では例えばですが、武蔵小山店は先月の売上目標220万に対して250万の売上でしたが、ここにかかった経費はザックリどのくらいだったと考えていますか?」

「・・たぶんですが、、確か店舗の家賃は100万円くらいだと聞いているので、僕の給料が手取りで22万くらいでバイトが月18万が3人、派遣は2人・・派遣って一人20万くらいですか?」

「本人の手取りはそのくらいかもしれませんね。今、派遣会社への支払いは1時間2,400円です。武蔵小山店では何日くらい入れていますか?」

「えーっと、、8時間で15日くらいだから、、だいたい30万くらいですか。。」

巴山は電卓を叩きながら少し考えているようだった。

「どうですか?」

「今聞いたのを計算すると、だいたい経費は230万から240万くらいだと思います・・」

「はい。あとは、そこにみなさんの社会保険を含む法定福利厚生費や交通費などがかかりますね。そして、店舗の水道光熱費なんかもランニングコストですし、宣伝費や商店会費なんかもそうですね」

「・・・」

「プラスして、ここの物件は3年更新で更新料が家賃1ヵ月分なので、その辺りも含めて考えていくと、だいたい毎月260万くらいの経費がかかっていると言えます」

「!」

巴山は一瞬驚いたような表情をした後に、少し口ごもるように声を出した。

「・・いや、それは確かにそうかもしれませんが、、ただ、その辺りは会社の経費じゃないですか・・」

「はい、そうですね。会社の経費です。ただそれを言えば、結局は全部会社の経費なんですよ。役員の方々は全体バランスを考えながら目標設定していきます。武蔵小山店は結構大きめの店舗なので、キャリアさんからの見栄えをよくするための看板店舗です。なので、利益よりは店舗の稼働を活発化させることに重きを置いています。この店舗だけの売上目標を達成して「実績だ」と声を上げても、それはなかなか通りづらいかと思いますよ」

「・・・じゃあ・・」

「はい」

「じゃあ、何で役員の人たちはもっと細かく教えてくれないんですか!」

巴山は少しイラっとした大きめの声を出した。

「僕が前にいた会社ではみんな店舗の売上目標を追いかけていて、達成したらメチャクチャ褒めてくれましたよ!それ以外に必要なことがあるんだったら先にそれを言ってくださいよ!そんなのわかんないっすよ!」

まあ、入って半年では普通わからないだろう。

「とりあえず、すぐに結果が欲しいと言うのであれば他のエリアの社員たちとコミュニケーションを取ってみてもいいんじゃないですか?言われたことをやっているだけだとなかなか実績を出すのは難しいので、まずは自分から色々聞いてみて、色々やってみても良いかと思いますよ」

「いや、そういう場は会社が用意してくれてもいいと思うんですよね。前いた会社にはありましたよ」

は?

「そういうのを会社がやってくれないから色々わかりづらくなるんですよ。社長とか専務とかも何回かしゃべりましたけど、何か冗談みたいなことばっかり言われましたし、飲み会ばっかりやってるみたいですし」

は?

私は心底イラっとしたが、表情には出さないことにした。

「そうですか。そうかもしれませんね」

「はい、しかも結構いいかげんですよね。前にいた会社では在庫移動一つでもちゃんと申請書とか作ってましたよ。この会社って、何かぬるいですよね」

私はもう一度イラっとしたが、表情には出さないことにした。

「そうですか。そうかもしれませんね」

*****

その後も色々と会社への不満を吐き出した巴山だったが、最後の方は少しスッキリした顔だった。
そして、「とりあえず色々考えてみます」と言うことだったので、そこで打ち合わせと言う名のストレス解消は終わった。

私は管理本部長。
『前にいた会社』を引き合いに出すやつは、一生その時の会社にいればいい。


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