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結婚したら呪いがとけた話

両親が可愛い可愛いと褒めて育ててくれたことは間違いないのに、高校にあがった頃からどういうわけか自己肯定感が低迷し始めた。

可愛い同性を意識するようになり、その存在をポジティブにとらえて共に可愛いを目指せばよかったのに私の場合はどういうわけか「私は中の下、いや、中の中くらいだから」と自分を卑下していくようになった。

中学の頃は夢中で撮りまくったプリクラも、高校にあがると美人の隣に並ぶ自分が惨めで、誘われても避けるようになった。おかしな方向にプライドが高かったのかもしれない。ネガティブな感情はまるで呪いのように私にまとわりついて離れなかった。


自己肯定感はひとたび下降しはじめるとキリがなく、両親が「可愛いよ」と褒めれば褒めるほど「親ばかなんだから」「そういうから信じてたのによく見ると私なんて全然可愛くない」と性格までブスになっていく自分がいた。

人一倍ひどかった顔のニキビが私をそうさせたのかと思った時期もあったが、仮にニキビがきれいさっぱり治ったとして自己肯定感が上向いたかと言うとちょっと分からない。


そんな私に変化が起きたのは大学に入学したときだった。軽音サークルに入部したことを機に、自分に対する美意識はおかしな方向に転換していく。まさに今の言葉でいう「こじらせ女子」というやつだ。

バンドサークルの女性ヴォーカルは花形ということもあり、それはもう指折りの美人が集まっていた。今ほど整形技術が進んでいなかったにも関わらず複数個所整形している人造美人も珍しくなかった。到底追いつくことはできないレベルの美人を前に、私は可愛いを完全放棄して「かっこいい」の路線を突き詰めるようになる。

レザーのジャケットを着て、靴は一年中レザーのショートブーツにジーパンをブーツインしていた。たばこを吸ったのもこの頃である。髪に何度もブリーチをかけて金髪はもちろん銀髪も経験した。同性から「可愛い」と言われることはなくても「かっこいい」と言われるうちに、ついに男装するようになる。

こじらせた地点で洋服のほとんどは小さめのメンズサイズを着ていたため男装するときも「男装しよう!」というより「ちょっと工夫したら男と間違われた」という感じだった。キャーキャー言われることが不思議と楽しかった。やっぱり、どこかでプライドが高すぎたんだろうと思う。

母は、男装した私を見てもなお「いいね、イケメンだね」と私を褒めた。恋愛対象は今も当時も男性のみだが、母としてはもっと色んな可能性を想定しての褒め言葉だったのか、ただの仮装者としての私を褒めたのか、そこは今でも分からない。

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model:わたし(男装) photo:ユウ


社会人になりスーツのスカートを着用したとき何とも言えない気持ちになったことを鮮明に覚えている。男っぽさを保ち続けるより女っぽさを頑張ってみたいと思えるようになったきっかけがこの頃だ。自己肯定感が復活して、と言いたいところだが、実際は「社会人になったら結婚を視野に入れよう」と考えた私の計算高さだった。

働きながら紆余曲折いろんな恋愛を経て、今の夫に出会う。

一緒にいて安心する、頼りになる、知的で物知りである。そんなところが好きになり結婚することになった。夫は私のことを「イイ子」だと人に紹介することが多く、私としても結婚は外見ではなく内面だから、と別に外見を褒められなくても気にしないようにしていた。


結婚後すこしして、結婚式にこれなかった夫の幼馴染が「改めて結婚のお祝いをさせて」とディナーをごちそうしてくれた。思いがけずこのときに、私の往年の呪いが溶けることになったのである。

はじめまして、と私が頭を下げると彼は夫に「ほんとだ、美人さんだね」と笑った。「またまた、そんな」と形だけ謙遜すると、「いや、ずっと聞いていたんだ。見た目も素敵で、性格もとてもいい子で、本当に好きなんだって聞いてたよ」という。

初耳だった。本当に夫からは聞いたことがなかったのだ。

ほかにも彼を通して夫が私の知らないところでいろいろ褒めてくれていたことを知り、気恥ずかしさと同時に私が私にかけていた呪いが解けた。

両親がずっと褒めてくれても、同性が褒めてくれても、いつかの恋人が褒めてくれても埋まらなかった正体不明の寂しさがすぅっと消えていくのを確かに感じた。

かつてどうしてあんなに見た目に囚われていたのか本当に分からなくなった。いや、自分なりに見た目を諦めなかったからたどり着いた“ゴール”なのだろうか。

もうすぐ結婚二周年を迎える私たちだが、「なんか今日化粧ノリがいいね」と何とはなしに褒めてくれる夫のおかげで自己肯定感が保たれている私がいる。自己満なのであまりここに書いても仕方ないのだが、「帰ってきて妻と子どもが笑顔で迎えてくれることが嬉しい」と言葉にして伝えてくれる夫が本当に大切で大事な存在だ。

産後は、私には似合わないと長年避けていたピンク色やパステルカラーをメイクで使うようになった。「可愛い子」じゃないと使ってはならない禁じ手の色だと思って生きてきたが、それもある種呪いのひとつだったように思う。(ピンクが特別好きな色だというわけではないが、徹底して避けてきた自分にとってピンクのシャドウを手に取ることはあの頃は考えられなかった)


「夫が褒めてくれて嬉しい」という内容を2,000字も使って書いてしまったが、褒め言葉にはそれほどの力があると断言する。呪いが解けてからは尖っていた性格もいくぶん丸くなったように思う(当者比)

新婚と言われる時期を過ぎると「結婚は墓場っていうの分かってきた?」と茶化される機会も増えてきたが、私にとってはまだまだお花畑だし、この先も地に足着けつつそうでありたいと思った今日だった。


惚気のような、奢りのような、そんな話をここまでお読みいただいたあなたに感謝を。おやすみなさい。

2020/09/30 こさい たろ

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