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虫が怖くなったのはいつからだろう

突然ですが、実家って虫いますよね?うちはいるんです。夏は特にですが、網戸をしていても洗濯を取り込む時などに家の中に迎え入れてしまいます。もちろん歓迎はしていません。

この間も、足が長〜い蜂がリビングにいました。私は虫がいることには慣れていますが、触ったり潰したりが気持ち悪くてできないので、そのまま2日くらい一緒に過ごしました。もちろん、ネットで調べてその蜂が刺さないと確認してからですが。
その刺さない蜂の行末はというと、うちの猫ちゃんに見つかって、トムとジェリー状態になり出ていってくれました。


そんな感じで、そもそも自分でやっつけられないので虫に関しては、「何もしないなら居ていいよ〜」のスタンスです。

で!その調子で、少し前からうちの脱衣所に蛾がいました。それも信じられないくらいの大きさで、片手くらいのサイズはあります。信じられませんが、本当に。

目視していましたが、ジッと動かないのでそのまんま動くな〜と唱えて生活していました。

が!昨日の夜お風呂上がりの一番さっぱりしてるときです。右腕に栗でも置かれたかなっていう、ちょっとチクチクした硬い感触がありました。

もう0.1秒台で、「あいつだ!あの蛾だ!」と気付きました。もう怖くて見れませんでした。

腕がとれるくらい降って降って振り落とし、慌てて風呂場に逆戻りしたら滑ってこけそうになるし、もう無様としか言いようのない有様でした。でもその時の私は必死で、なんとか蛾と距離を取ることに成功しました。蛾の方も振り落とされたことにびっくりしてバサバサと相当取り乱している様子でした。

「おい!話が違うぢゃ〜ん」と睨みを効かしながら何とか脱衣所を駆け抜けて難を逃れましたが……

ただ、なぜか右腕の蛾の感触はなかなか消えません。思い出すだけでもう、顔が歪みます。しがみついて離れない蛾の感触を、水で洗い流しながら思いました。

「私っていつからこんなに虫が嫌いになったんだろう」

幼少期の私は虫が嫌いではありませんでした。どちらかというと虫は興味の対象で、積極的に触れていました。

幼稚園のときは、土の上のミミズを拾うと、土に枝を刺してできた穴にミミズを返してあげていました。
小学校の時は、見つけたカマキリの卵を観察するためにファービーの箱(半分がフィルムで中が見えるもの)に入れて学校に持っていき、教室中を赤ちゃんカマキリまみれにするような子供でした。キモくてすいません。

知らないことが興味の対象だったのに、いつのまにか怖い、キモい、触れたく無いに変わりました。

きっと"わからない"ことが原因だなと思いました。
何を思っているかわからない
どこに飛んでくるかわからない
何でそこにいるかわからない
何歳かわからない
何を食べるかわからない

自分が知らないことが怖いのだと。

子供の頃は知らないことが楽しくて、よく母親に「200歳まで生きてる人っているかな?」「縄跳び10000回飛べる人っているかな?」と思いつき放題質問をぶつけていました。

成長するにつれて、母親に聞いても答えて貰えないことが増えました。大人が何でも知っているわけでは無いのだと、自分も大人になって知りました。

興味のないこと、知らなくていいことのカテゴリーに自然といろんなことを放り込み、子供の頃に比べると随分つまらない考え方になったと思います。

知人に、虫ばかりを絵に描く人がいます。きっとその人にとっては、虫が興味の対象なのでしょう。絵として見ると、虫が生命力、生命の神秘を表すと捉えることもできます。面白おかしく虫からの視点を想像することもできます。

知らないことが怖くて逃げるのではなく、子供の頃のように楽しんで立ち向かえる人でありたいな〜と。1匹の蛾から話は派生しましたが、そんなことを思いました。

でも、また腕に蛾が載ってきたら、確実に振り落として逃げますが……

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