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本が読めない

アンリ・ベルクソンの『物質と記憶』を読みはじめた。

最近、シャルル・ペギーの『クリオ』やら、美術史家アンリ・フォシヨンについて書かれた本など、19世紀末から20世紀初頭にかけてのフランスで活躍した著作家のものに触れている。特にそうしようと思っているわけではないのだけれど、手に取るものがたまたまそうなっている。

この『物質と記憶』も同じく1896年に書かれている。
1914年頃書かれたとされるペギーの『クリオ』や、フォシヨンの『かたちの生命』が1934年の発行だったりするので、その2冊にもベルクソンへの言及があった。
それもあってのことだ。
もともとドゥルーズの著作などでの紹介も通じて読みたいと思っていた『物質と記憶』を読みはじめたのは。

本なんて、そもそも読みにくいもの

ところで、その『物資と記憶』の「訳者解説」をチラ見したところ、「『物質と記憶』は、ベルクソンの著作の中でもいちばん難解だ、と言われることが多い」と書かれていた。

そうなの?と思った。
ちょっと嫌な予感はした。
だけど、いま60ページちょっと読み終えたところだが、言うほど「難解」とは感じていない。

もちろん、それはわかりやすいとか、簡単だということではない。
まあ、他の本と同じくらいむずかしいということだ。

そう。本というのは、そもそもむずかしいものだ。読むのはそれなりに大変なのが当たり前だと思っている。

ここは多くの人々が勘違いしてることだと思う。
特に本を読まない人が誤解してる点だろう。

本を読む人は、読むのがむずかしく感じないから読めているわけではない。
読みながら何を言ってるかわからないなとか感じつつも、それでも読む理由を感じるから読めている。それだけだ。

別に、本を読める/読めないがあるわけではない。
読むか/読まないかだけだ。

読みやすい本だからいいとか、わかりやすい本だとかは、本の価値でも何でもないと思う。
むしろ、価値を低くするものではないか?とさえ思ったりもする。

だって、本に限らず、新しい物事に触れた時って、そんなにすぐさま、自分に馴染んだり、良さを感じとったりできないものじゃないかと思う。
ようは、わかりやすいものはわかっているものだと思う。
読みやすいのは知ってることだからだと思う。

本を読めない?
いや、読まないだけだ。

何か新しいものを得たいなら、新しい知識に触れようと思えば、多少は難解であるのは当たり前なんだと思う。

知らないものを表現しようとすれば暗喩的になる

わかりやすくするため、読みやすくするためには、読み手がわかっているであろうこと、知っているであろうことをうまく混ぜて、比べられたりできるようにすることで、未知なもの、理解がまだのものについて優しく紹介することになる。
けれど、より多くのものを手っ取り早く効率的に手に入れたい人にとっては、その「優しさ」は邪魔で、同じ量の新しいものに触れるためにそれ以上の既知のものに触れさせられるという厄介なものでしかない。

ビジネス書とか、そういうまどろっこしさしかなくて薄っぺらで好きになれない。
わかりやすい、読みやすい文章が優しいなんてことが絶対的に真だと思っていたら、大きすぎる勘違いだと思う。

だからといって、むずかしいだけの本を読む必要はない。基本はむずかしいけど、読みたくなるテーマを扱った本を読めばいい。ジャンルも関係ない(ビジネス書を除けば)。

知らないことについて書かれた文章を読むのはむずかしい。
それは知らないからむずかしいのか、文章というのがそもそもむずかしいからなのか、どちらだろう?

おそらく両方だ。
知らないことを知るのでも、文章で説明されるより、実物を見せられた方がもうすこし受け入れやすい(かえって、ショックが大きすぎて、何かはわかったけど、受け入れられない!というものもある)。
文章を読むということ自体、むずかしいことだ。

そもそも、ある出来事を文章で表現するのはむずかしい。
言うなれば、それは喩えることだから。

そして、知らないもの、わかってないものを言葉で表現しようとすれば、余計にむずかしくなる。
それは直喩的ではなく、まどろっこしい暗喩的なものにならざるを得ないからだ。知らないというのは、それを表現する言葉を知らないということでもある。だから、知らない何かを、知られている言葉の組み合わせで代替的に表現するのだから、暗喩的にならざるを得ない。

そのものズバリを見せられればわかりやすいというのとは、まさに真逆の方向に位置するのだから、文章による新しい物事の表現がわかりやすいはずなどない。

本が読めれば複数人の空中戦の整理も難なく

だから、本を通じて、文章を読むことを通じて、新しい物事の知識を得ようとするのは、そもそもにおいてむずかしいに決まっている。そう思う。

僕自身がむずかしい本が好きなのはそういう理由だ。

むずかしい本にこそ、得るものはある。

むずかしければ得るものが多いとは限らないけれど、簡単に読める本から得るものは少ない。

苦労するためにむずかしい本がいいわけでは当然ない。得るものがあるからむずかしくても読むわけだ。
さらに読む以外にその知識を得られないと思うから読むわけだ。

これまた気づいていないだろうけど、読む方が本当は聞くより簡単だ。
でも、実際には話を聞く方が簡単に理解できることが多い。それは言葉で話すというやり方では、言葉で書くようなむずかしいことは語れないからだ。話すという方法では書くことよりも簡単なことしか語れない。

書かないと組み立てられないことがある。もしかすると、書かれた文章を朗読してもらえれば、難易度は下がるのだろうか? いや、むしろ読む以上に難解になるだけだろう。

だから、だからだ。
むずかしくても知識を増やすために、本を読んだ方がいいのは。

むずかしい本を読んでなんとか理解できる力が増していくと、他人の話を理解するのが簡単になるから。

本来理解がむずかしい話というものも、普段から読むことで言葉の理解力をアップできていれば、複数人の会話の論旨の掴みにくい空中戦的なやりとりも頭の中だけで整理して、異なる人同士の論点がどこでズレていて、どこが共通しているかが理解できたりする。

これは僕自身の実感としてあるので、間違いない。
普段から難解な本の読解をしていると、日常的なビジネスシーンでのやりとりくらいであれば、聞きながら整理できる。そして、このスキルが役に立つのは言うまでもないだろう。

知恵が必要とされる時代に

文章が読めない。
本当にそうだとしたら、きっとここまでたどり着いていないだろう。

そういえば似たようなことは前にも書いていたな。

本を読まないとこの複雑な時代を心地よく生きていくのに必要な知恵というものは身につかないだろう。

知恵がいまほど万人に必要になっている時代もなかったのではないか。
SDGsなる目標に向かい、誰もが自分の社会における責任が問われ、みずからの考えでまわりと協力しあいながら行動することが求められる時代に、他の人の話を理解して会話を紡いだり、解決のための方法を探るためにいろんな知識を得続けたり。
そういう時代に知恵を得る方法を身につけているかどうかはすごく大事なことだろう。
僕はそう思っている。

本を読むのは誰にとってもむずかしいものだ。
ただ読み慣れていくことで、そのむずかしさにも耐えられるようになってくる、むずかしさとの付き合い方がわかってくる。
むずかしくなくなるのではないのだ。

だから、むずかしいから読めないというのは何も言っていることにはならないのではないだろうか。

P.S.

『物質と記憶』と並行して読んでいる『アンリ・フォシヨンと未完の美術史』にここで書いたことに通じる話が紹介されてたので追記したい。
1937年に出版された『フランスにおける社会科学』を巡って、こんなことが書かれている。

ブーグレは、各国における社会科学諸分野の研究と教育を知ることが国際理解(つまり、相互の社会を理解すること)に資すると考える。そしてこの相互理解は、戦争を避け平和を構築することことに貢献すると彼は述べる。その意味で社会科学はそのまま「人文科学」、すなわち人間の学でもあるのだ。つまりこの書物は、間近に迫りつつあった大戦を回避するための―― 不幸にして最終的な局面に立たされた、ぎりぎりの―― 努力の一環であった。

「理解」という言葉が見えるが、それがこの本に託されている。しかも、託されたのは、間近に迫っていた世界大戦の危機だ。もちろん、歴史が明らかにするように、それは回避されずに起こってしまった。それをこの本が読まれなかったゆえの「相互理解」の創出の失敗と言ったら言い過ぎだろうか?

ただ、諍いが起こるのは、他人の言葉を理解する力が欠け、他の人々のことを考えるための知識や知恵に欠けるからだとくらいは言ってよいのではないか。

これほど、他人の声が簡単に聞こえてくる時代だからこそ、その声をちゃんと理解せずに自分たちの都合だけで非難することばかりしていたら、あまりにこの世界は苦しいものになってしまうだろう。


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棚橋弘季。人間の思考はどんなふうに作られているか?を問うことがライフワーク。とりわけヨーロッパ文化史に興味あり。中世後期から19世紀あたりまでを広く守備範囲に。渋谷のロフトワークという会社で働いてます。
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