世界に必要なもの

【小説】

 

 北川ミナ?

 どういうことなんだ――。

 北川ミナは死んだはずだ。僕は彼女が死んだときに一緒にいたじゃないか。いや、一緒にいたどころじゃない。彼女は僕を助けて、僕を守って、スカイツリーから飛んで地上に激突して死んだんだ。生きているはずがない。それが何故、三年も経ったいま何故、目の前にいる?!
 しかも記憶をなくしている。僕のことがわからない? 病衣を着て包帯も巻いている。また闘っているというのか、僕の知らないところで。

「な、何をしている」

 榊怜子の登場だ。さあ、説明してもらおう。

 

*****************************************

 

「何故、彼女に席を外してもらったんですか」

 榊怜子はいつものように不機嫌な顔をして窓の外を見ている。僕と目を合わせるつもりはないらしい。

「彼女に聞かれてはまずい話なんですか?」

 皇居の濠のあたりに目をやりながら、榊怜子がおもむろに口を開く。

「結論から言う。北川ミナは細胞片から培養した」

「培養?!」

「そうだ、培養だ」

「培養って、まさか、クローン技術じゃ――」

「そうだ」

「クローン技術のヒトへの活用は、法律で認められていない!」

「それがどうした」

 それがどうした、だと! この人は、政府は、人権を、いや、生命の尊さを冒涜するのか!

「そんなことが許されると思っているんですか」

「許すも許さないもない。それがこの国の政府の方針だ。北川は、闘うために再生された」

「彼女は、彼女はそのことを知っているんですか?」

 榊怜子は、三白眼で睨むように初めて僕を見た。僕らは三年ぶりに目を合わせた。でも……その目には不安の色が浮かんで見えた。あの横暴なまでに自信に満ちた力強さが瞳のどこにもない。

「北川ミナには、欠損ヵ所を部分再生した、と言ってある。そのためにコールドスリープさせていた、と。だから、彼女は自分の〈すべて〉が再生されたとは思っていない」

「彼女の遺体から……細胞を摘出して……もう一度、作ったというのか、また、闘わせるために」

「そうだ!」

 壁を両手で叩き、榊怜子が叫ぶ。

「そうだ! h因子を持つ唯一の存在なんだ。ほかに替えはないんだ!」

 叫ぶ声に悲痛の色が混じっている。

「それは……誰の言葉ですか? 誰の言葉なんですか、榊さん! 誰に言わされているんですか、それがあなたの望みだったんですか、どうなんですか、答えてください、榊さん!」

「うるさい!黙れ!」

 振り向いた榊怜子は目を赤く充血させている。彼女が、泣くのか?!

「あなたに何がわかる! 闇の拡散は止まらないんだ。それともあなたがすべて倒してくれるのか、それができるならそうしてくれ! いったい今日の闘いぶりはなんだ! たかが十体の闇も倒せないで、偉そうに私を非難するな! 政府には、いや、世界には、あの子が必要なんだ!!」

 

――病室に沈黙が流れる。

 これ以上、何を言っても無駄だ。榊怜子はすべてわかっているのだ、それに――。それに、北川ミナはもう再生されてしまったんだ。でも――。

「でもね、榊さん。世界に必要なのは北川ミナじゃないんだ。世界に必要なのは、まったく新しい概念なんだ。これまでの価値観をすべて打ち壊した、まったく新しい世界なんだ。
 嫉妬や恐怖や孤独や嘲りや蔑視や不安や、闇と化す人の心の傷みの背景をいかに、いかに減らし、そして傷んだ人をいかに癒すか、そんな世界を再生すべきなんだ。この世界は、行き着いてしまった。行き着いてしまった世界は、後戻りしない。もう一度、作り直すしかないんだ。もはや対処療法は効かない。世界の再生、それを実行すべきなのが政府で、決して、北川ミナの再生ではないんだ」

 榊怜子が唇を噛んで堪えている。何に対して堪えているのか知らないが、僕は彼女に同情などしない。彼女は間違ったのだ。だから、その間違いを自ら正し、世界がより良くなるように、世の中の軸が曲がらないように、努力をしなければならないんだ。

 北川ミナは闇の出現を「結界が壊れたから」と言った。スカイツリーから落ちてゆく死の間際に。あれはやはり夢じゃない。闇と合体した北川が最後に僕に伝えたかったこと。闇の出現理由、世界の再生、闇のいない世界……。

 新しい北川ミナは、あの北川ミナのままなのだろうか――。
 僕はふと、新しい北川ミナのことが心配になった。

 

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※本作は、マガジン『闇との闘い!』に掲載した以下の作品の続編です。

※本エピソードは、『ハイキックの少女(仮)』から繋がるシリーズです。初めての方はこちらからお読みください。

 

真昼の決闘

3分間の決闘

決闘!ヒーローショー』(全3回連載)

ハイキックの少女(仮)』(全7回連載)

再生

啓蟄

憐れみ

0.0000000003%のリスク

Sparring ーRound 1ー

Sparring ーRound 2-

モンスター

モノホシザオ

再会

『世界に必要なもの』

 

tamito

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